第12話・この世界での生き方


「うわぁ、こんなの漫画やアニメでしか見た事ない! 骨付き肉、最高! めちゃくちゃ美味しい!」


 私がかぶりついたのは、今の言葉通り、漫画やアニメでしか見た事がない骨付き肉だ。

 子供の頃からこの肉にずっと憧れていたものの、元の世界ではお目にかかった事がなかった。

 それがこの異世界では、普通に食べる事ができるらしい。

 はしたないかもしれないと思ったが、大口をかけてかぶりつく。

 口の周りが旨味たっぷりの油でギトギトになってしまったけれど、もうおばさんだから気にしないのだ。

 それに、このお肉はこうやって食べた方が美味しいに決まっている。


「いい顔して食べるね」


 骨付き肉を一気に食べ、口元をナプキンで拭っていると、私の前に座ったユーリが、言った。

 仮面のせいで表情はわからないけれど、唇の端が楽しそうにくいと上がっているから、また優しく金色の瞳を細めているのだろう。


「ごめんね、はしたない食べ方をしちゃってるよね」


 一応謝ったけど、ユーリは首を横に振った。


「いや、その肉はそうやって口元を油でギトギトにして食べるのが美味しいんだよ」


「そうそう、気持ちいい食べっぷりだよ」


 と、ジャンくんも言ってくれる。


「でも、せっかく買った服が汚れちゃうから、気を付けたほうがいいわね」


「あぁ、そうよね」


 私は元居た世界から持って来ていたリュックサックからハンカチを出すと、首元にかけた。


「ありがとう、モネちゃん」


「どういたしまして」


 ユーリもジャンくんもモネちゃんも、みんな私よりはるかに年下だっていうのに、すごく面倒をみてくれている。

 みんなよりはるか年上として、これはどうなのかと思ったが、気にしない事にした。

 今の私は、異世界から来た、ちょっと頼りないおばさんでいい。


「ユーリは、食べないの?」


 ユーリの目の前には、飲み物しかなかった。


「うん、朝食べたし、今はいいかな」


「そう? お腹減っちゃうよ?」


「大丈夫。また夜、オリエが作ってくれた物を食べるから」


「じゃあ、今日も頑張って作るね!」


 ここでは食べなくても、食欲が出てきてくれた事は嬉しい。

 今夜は何を作ろうかなと考えると、ジャンくんとモネちゃんが反応した。


「ユーリ様、食事ができるようになったんですね! アルバトス様もですか?」


「良かったです! 本当に良かった! ありがとう、オリエさん!」


「本当だよ! ありがとう、オリエさん!」


 ジャンくんとモネちゃんは目を輝かせて、私にお礼を言ってくれた。

 ものすごく、ユーリとアルバトスさんの事を心配していたみたいだ。


「病は気からって言うもんな! 食欲が出てきたのは、いい事だ!」


「そうよ! しっかり食べて、元気になってもらわないと!」


「うん、そうよね! 私も頑張って作って、頑張ってユーリとアルバトスさんにご飯を食べてもらうよ!」


 私たちは意気投合した。

 ユーリは何も言わなかったけれど、唇の端は困ったように少し下がっていた。




「ちょっと質問してもいいかな? この世界の人は、いつもどんな生活をしているの?」


 私の問いに、ジャンくんとモネちゃんは少し考え込んだ。


「そうだな、俺は、畑で作物を育てたり、家畜を飼ったりしているから、その世話をしてるな。あとは、親父の手伝いかな」


 そう言えば、ジャンくんは村長の息子なんだっけ。いろいろと忙しいんだろうなぁ。


「私も、うちの店の手伝いが多いかな。こっちの食堂も手伝ったりしてるし……」


 モネちゃんのお父さんは、ハロン商店という店を経営しているだけでなく、この食堂も経営していて、モネちゃんは商店と食堂を行き来して手伝っているらしい。

 モネちゃんも、ものすごく忙しそうだ。

 ハロン商店には、服だけでなく、食べ物、薬など、いろいろなものが置いてあった。

 剣や槍、盾とかも置いてあって、ゲームみたいでちょっとドキドキした。


「この村の人たちは、さっきジャンが言ったように、作物を育てたり家畜を飼ったりして暮らしてるし、ハロン商店やこの食堂で働いている子も居る。あとは、そうだな……森に入って狩りをしたり、魔物を倒して生計を立てている者もいる……」


「わぁ……」


 やっぱりゲームみたいだ、と私は思ったが、それを口に出す事はしなかった。

 この世界の人たちにとっては、これが日常なのだ。

 きっと、怪我をするような危ない事で、死んでしまった人だっているはずなのだ。

 だけど、どうやら私の目は、キラキラしていたらしい。


「オリエさん、冒険者に興味があるの?」


 とモネちゃんに聞かれて、私は苦笑しながら頷いた。


「じゃあさ、冒険者登録する? うちのハロン商店で受付できるよ。素材の買い取りとかもしてるし」


「いいの? じゃあ、登録させてもらおうかな」


 元の世界に戻れないなら、ここで生きて行くしかない。

 ユーリとアルバトスさんは、私が元の世界に戻れるように協力をしてくれているけど、戻れない可能性も考えておかなければならない。

 私に冒険者ができるかどうかは別として、とりあえず登録しておけば、後々便利だと思う。


「あの、魔物って、強い?」


「うーん、魔物によるなぁ。でも、この近くの村に現れる魔物は、弱い方だと思うけど、油断はできない。怪我したり、場合によっちゃ死ぬかもしれないし……」


「そうだよね……」


「それに第一、オリエさんはどうやって戦うつもり?」


「それは……」


 ジャンくんに聞かれて、私は考える。

 ジャンくんとモネちゃんも冒険者登録をしているらしく、ジャンくんは槍、モネちゃんは弓を使うらしい。

 私には何ができるだろう? いや、何かできるのか?

 太って動きも鈍い私に、魔物と戦ったりできるのか?


「オリエは、呪文を覚えたらいいんじゃないかな。大丈夫、私と伯父上で、サポートするから」


 私が元の世界に戻れない時の事を考えているように、ユーリやアルバトスさんも、同じように考えてくれているのがわかる。


「ありがとう、ユーリ」


 私は心の底からユーリとアルバトスさんに感謝した。


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