第42話・箱庭の中で



「オリエさん! 私も行きますっ!」


 ユーリと一緒に行ってしまったジャンくんが気になるんだろう、モネちゃんが後を追いかけてきた。

 ユーリとジュニアスの間に、箱庭によって作られた光の壁は、ジュニアスがユーリに向かって投げた槍を弾き、ユーリを守ってくれたはずだけれど、心配でたまらない私は、必死にユーリの元へと走った。


「ユーリ! ジャンくんっ!」


「オリエ!」


 村を出て、少し行った先――ユーリとジャンくんが光の壁の内側に、そしてジュニアスやノートン、オブルリヒトの兵士たちが光の壁の外側に居るのを見た私は、安心してその場に崩れ落ちそうになってしまった。

 二人が無事で良かったけれど、あんまり心配をかけないでほしい。


「ジャン! 無事で良かった!」


「モネ!」


 モネちゃんがジャンくんの胸に飛び込んだ。

 泣いてしがみつくモネちゃんを、ジャンくんがしっかりと抱きしめている。

 モネちゃん、ジャンくんがユーリについて行くって言った時、止めはしなかったけれど、心配でたまらなかったんだろうなぁ。

 二人が抱き合う姿を見て、ユーリとジャンくんが無事だった事を、私は心から良かったと思った。


「ユーリちゃん! 大丈夫だったぁ?」


 私の腕の中から飛び出したサーチートが、ユーリの元に向かう。

 ユーリは近寄ってきたサーチートを抱き上げると、うん、と頷いた。


「ありがとう、無事だよ。心配かけて、すまなかったね」


「本当だよ、心配したんだからっ!」


 私もユーリに駆け寄ると、ユーリに私が知っている傷以外の傷がないかを確認する。

 ユーリの体には、新しい傷はないようだった。

 良かった。私の作った箱庭の結界は、ちゃんとユーリを守る事ができたんだ。






「オリエ……」


 結界の外で、ジュニアスが私の名を呟いた。


「この結界……お前がやったのか?」


 私は答えなかったけれど、ジュニアスは勝手に言葉を続けた。


「オリエ、お前のその力は、素晴らしい。その力、俺のために使え。俺に仕えろ」


「ジュニアス……」


 それが嫌だから逃げてきたというのに、ジュニアスは何度もそう繰り返した。

 もちろん私はまた、嫌だ、と答えるんだけど、ジュニアスはしつこかった。


「大層な結界だが、こんなところに閉じこもってどうする気だ? この結界が壊れた時が最後だとは考えなかったのか? 俺に、この中での生活をして行くとしても、狭い限られた空間の中では、いずれ限界がくるだろう。浅はかな考えだな」


「そ、それはっ」


 ジュニアスの言葉を聞いて、私はアルバトスさんに言われるままに、この箱庭の結界を張ったけれど、本当にこれで良かったのだろうかと思ってしまった。

 確かに、外からの攻撃は防げるけれど、村のみんなで、ずっとこの結界の中で生活していく事なんて、できるのだろうか。


「そんなの、大丈夫に決まってるだろ! この結界は、オリエちゃんとアルバトス先生で作ったんだよ! ぼくたちは、これからこの箱庭の中で、みんなで仲良く、楽しく暮らしていくんだ!」


 私の代わりに答えたのは、サーチートだった。

 サーチートはユーリに抱かれながら、ジュニアスに言い返す。

 サーチートの言葉を聞いて、私は自分が少し恥ずかしくなってしまった。

 そうだよね、みんなで仲良く楽しく暮らしていくために、私はこの箱庭の呪文を使ったんだ。

 だから、この結界の中でのこれからの生活を、私が疑っちゃいけないよね。


「サーチートの言う通りだよ! これから私たちは、この結界の中で、みんなで楽しく暮らしていくの!」


 例え、何か問題が起こったとしても、私が、サーチートが、ユーリが、アルバトスさんが、シルヴィーク村のみんなと協力をして、助け合って生きて行けばいいだけの話だ。


「だからもう、あなたたちと会う事もないと思う。あなたたちの事なんて、どうでもいい。私には関係の話だよっ」


 そう言い切ると、拍手の音が聞こえた。

 拍手をしてくれたのは、ユーリだった。

 ユーリの肩に乗ったサーチートも、小さな手を一生懸命に叩いて拍手をしてくれていた。


「いいね、オリエ。よく言ってくれた。ありがとう。すごく嬉しいよ」


 そう言ったユーリは、金色の瞳を細めて、私が大好きな笑みを浮かべると、今度は表情を引き締め、挑むような瞳でジュニアスを睨みつけた。


「心配は無用だよ、ジュニアス。私の伯父上に抜かりはない。あの人は、天才だからね。ジュニアス、天才アルバトスがこの策を講じた……この意味をよく考えてみるがいい」


 天才アルバトス――これを聞いたジュニアスは、深い層に顔をしかめ、ノートンは悔しそうな表情で俯いてしまった。

 何故アルバトスさんが天才と呼ばれているのかはわからないけれど、やはりすごい人だったのだと思う。

 いつもはおっとり、ほんわかとしている人なのにね。


「この忌々しい結界が消えたら……いや、お前がこの結界から出てくる事があれば、ユリアナ、必ずお前を、八つ裂きにして殺してやる……」


 捨て台詞のようにも聞こえるジュニアスの言葉を聞いて、ユーリは可笑しそうに笑った。


「あぁ、こちらも、全く同じ気持ちだよ。ねぇ、こうも考えられるとは思わないか? この結界があるから、お前は今、命拾いをしたんだ。いずれ、殺してやるけどな」


 ユーリとジュニアスは、互いにとても嫌い合っていて、今までそれを互いに隠して我慢していた分、言動がとても危ない。

 私としては、この箱庭の中でみんなが楽しく暮らせれば、それで幸せなのだけれど、ユーリは少しジュニアスに対して好戦的だ。

 ちょっと困ったものだなぁと思いながら、ジュニアスを睨みつけるユーリの横顔を見つめていると、ユーリは私へと顔を向け、優しく笑ってくれた。


「オリエ、行こうか。私たちの村に戻ろう」


 サーチートを肩に乗せたまま、ユーリが手を差し出す。

 私はユーリの手に自分の手を重ね、結界の外のジュニアスたちを無視して、ユーリに手を引かれてシルヴィーク村へと歩き出した。


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