第60話・大宴会のその後は・・・


 みんな、お酒を飲んで、ご馳走を食べて、大騒ぎだ。

 私もお酒を貰って飲んだ。

 さっきアルバトスさんがくれた少し甘めのオレンジ水の、お酒バージョン。

 口当たりが良くて、喉が渇いていたのもあって、一気に飲んでしまって、少し酔っぱらってしまった。


「オリエ、もしかして、お酒、あんまり好きじゃない?」


「んー……嫌いじゃないんだよ? ただ、飲むとすぐに顔が赤くなって、酔っちゃうみたいなんだよねぇ」


 顔、赤くなってる?

 そう問うと、ユリウスは笑いながら頷き、私の火照った頬に手を伸ばした。

 ユリウスの手は少し冷たくて気持ちいい。


「ユリウスは、何を飲んでいるの?」


「ん? 飲む?」


「うん……え? これ、お水?」


「あぁ、そうだよ」


「ユリウス、お酒、嫌い? それとも、私と同じで、あんまり飲めないタイプ?」


「いや、そうでもないんだけど……」


 ユリウスは私から水の入ったグラスを受け取ると、テーブルに置いた。


「飲めないわけじゃないし、嫌いじゃない。だけど、俺が飲むともったいないから、好きな人が飲めばいい」


「もったいない?」


 どういう事だと首を傾げると、その理由はアルバトスさんが教えてくれた。


「オリエさん、ユリウスはね、ザルを軽く通り越して、枠なんですよ」


「枠?」


「そうです。ユリウスは、どれだけ飲んでも酔わない……どれだけ強いお酒でも、水みたいに飲んじゃうんですよ。もったいないでしょう?」


 そう言ったアルバトスさんは、少し顔が赤くなっている。

 アルバトスさんはお酒に弱いタイプなのかなと思っていると、


「オリエ、伯父上は顔に出るだけで、俺と似たようなものだからね」


 とユリウスが教えてくれた。


「えぇ、最初に少し飲むだけで、そろそろお酒は止めておきますよ」


 どうやらユリウスの体質は、母方の血筋からきているようだ。

 もしかすると、少しでも村の人たちに楽しんでもらいたいという配慮もあるのかもしれない。

 それに引き替え、うちの子……サーチートはどうしたものか。

 サーチートは村の女の子に小さなコップにお酒をついでもらって、がばがば飲んでるし、子供たちにあーんしてもらって、いろんなご馳走を食べまくっているし……あ、今度は歌って踊り始めた。


「ぼくの名前は、サ~チ~ト~。オリエちゃ~んの、す~まほ~だよおぉ~」


 サーチートの自己紹介ソングが、今回は何故か、演歌っぽくなっている。

 これは、かなり酔っぱらってるんじゃないかな。


「サーチートの飲み食いしたものって、どうなってるんだろうね」


 ぽつり、ユリウスが呟くように言った。

 私は、わからない、と答える。

 サーチートは、ぬいぐるみのはずなんだけどね。

 時々、普通のハリネズミっぽくなるけど、正直な話、よくわかんない。


「今日のサーチート、ちょっと調子に乗りすぎだよね、連れ戻してくるよ」


 そう言ってサーチートの元へ向かおうとすると、


「大丈夫ですよ、サーチートくんは私が見ていますから」


 と、アルバトスさんにやんわりと止められる。


「オリエさん、今サーチートくんを連れ戻すと、あなたたち、邪魔されますよ?」


「え?」


 どういう意味だろう? 首を傾げた私を見て、アルバトスさんが苦笑する。


「大丈夫だよ、邪魔させるつもりはないから」


「えぇ、絶対に邪魔させませんから、安心してください」


 ユリウスとアルバトスさんは、顔を見合わせると互いにしっかりと頷いた。






 ふああ、とあくびをしたところで、眠い? と聞かれた。


「うん。お腹もいっぱいだし、お酒も飲んだし、眠い、かも……」


 元々、お酒を飲んだらすぐに眠くなっちゃうしね。

 正直なところ、横になりたい気分ではあるけれど……この宴会って、私とユリウスのために開いてくれているんだよね。

 だから、もう少しここに居るべきなんだろうなぁ。


「オリエさん、そろそろ家に戻られては?」


「え? でも……みなさんが……」


「大丈夫ですよ、あなたたちのお祝いと言っても、みんな好き勝手に騒いでいるだけですから、満足したらお開きになりますよ。あなたたち二人がそっと消えても、支障はありません」


「そうなんですか?」


「えぇ、大丈夫です。こちらの事は、何の心配もいりませんよ」


 アルバトスさんが大丈夫だと太鼓判を押してくれたから、私とユリウスはこっそり帰らせてもらう事にする。

 あと、アルバトスさんは今夜、村の宿に泊まって、家には戻らないらしい。


「伯父上、お気遣いありがとうございます。オリエ、じゃあ、行こうか」


「うん、じゃあ、失礼します」


 ユリウスとこっそりと帰ろうとすると、私たちに気付いた人たちは数人で、優しい笑顔で見送ってくれた。

 無理しないように、とか、ほどほどにね、と言う人も居たんだけど、なんの事だろう?


「明日、またいろいろとあるから、無理しないようにっていう事なのかな?」


 ぽつり呟くと、隣を歩いていたユリウスが首を傾げた。


「さっき、宴会を抜ける時に会った人たちがね、無理しないようにとか、ほどほどにとか言っていたから、一体何の事かなって思って……」


「あぁ、それね……」


 ユリウスは頷くと、ふう、と深いため息をついた。


「それさ、オリエにじゃなく、俺に言ったんだと思うよ」


「そうなの?」


「そうだよ。でも……聞く気はないんだけどね」


「ん?」


 首を傾げると、ユリウスはまた深い息をついた。

 あれ? もしかしなくても、私、ユリウスに呆れられていない?


「あのね、オリエ……俺は、もう少し待つつもりではいたんだよ? でも、みんなして煽るし、おかしな神父の前でだけど、結婚式もしてしまったので……我慢するのは、止めたんだよ」


 おかしな神父とユリウスが言ったところで、サーチートの事を思い出した私は笑ってしまいそうになったけれど、なんとか堪えた。

 私の手を掴んだユリウスが、真剣な目をしていたからだ。


「あのね、オリエはいろいろとこういう事に鈍そうだけど、一応今夜は、初夜、なんだよね」


「初夜……、しょ、初夜っ!」


 私はユリウスが言わんとしている事に、やっと気が付いた。

 鈍い……確かに、私は鈍すぎる。

 穴があったら入りたい……無いのなら、掘ってでも入って隠れてしまいたいくらい、恥ずかしい。


「そ、そうか……そういう意味、か……」


「うん。さっきも言ったけれど、結婚したから、君は俺のものだから。その……本当に俺のものにするつもり、だから」


「う、うん……。そうだよね……でも……」


「え? 何か問題、ある?」


 ユリウスが情けない顔になったので、私は申し訳なくなってしまった。


「問題って言うか……その……大した事ではないかもしれないんだけど……」


「何?」


「その、ですね……」


 言うか言わないか、しばし悩んだ後に、腹を決めた。

 私とユリウス以外に誰も居ないのに、耳を貸して、と言って、少しかがんでもらう。

 それから小さな声で、呆れないでね、と前置きした後、思い切って告白した。


「お恥ずかしながら、初めてなもので、作法とかわからないんだけど、大丈夫かなぁ?」


 私がそう言うと、ユリウスはそのまま地面に膝から崩れ落ちた。

 どうしたんだろう? 呆れられたのだろうか?

 そっと肩に触れると、肩に置いた手を乱暴に握られる。


「オリエ、君って人はっ」


「え? 何っ! うわっ!」


 ユリウスは立ち上がると、私を肩に担ぎ上げる。

 いわゆるお米様抱っこをして、そのまま足早に歩き始めた。


「あ、あのね、ユリウス! 重いでしょ? 私、歩けるよっ!」


「いいからっ! いいから、大人しくしてっ! じゃないと、ここで押し倒すかもしれないっ!」


「はぁ? 何言ってるの?」


 ユリウスの言っている意味が、全くわからない。

 私がそう言うと、彼はまた深い息をつき、言う。


「あんな可愛い事を言われて、冷静を保とうとする俺を褒めてほしいくらいだよ。大丈夫だ、オリエ。全部俺に任せて、ていうか、俺の好きにさせて!」


「好きにって、ユリウスにお任せコースって事?」


「あぁ、そうだよ! 君は何もしなくていい! 全部俺に任せて! 俺の好きなようにさせて!」


 初夜って、お任せコースでいいのだろうか?

 でも、本人がそう言っているのだから、じゃあそれでいいのかな。


「じゃあ、お任せでお願いします」


 ユリウスの首にしがみついてそう言うと、


「任されたっ!」


 と言ったユリウスは、私をお米様抱っこしたまま、夜の森の中を走り出して――私は落っこちないように、必死に彼にしがみついた。


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