第50話・アルバトスさんの話
ユリウスがシルヴィーク村のみんなに受け入れられたところを、私は少し離れたところから見ていた。
みんなユリウスと話をしてみたいのではないかと思ったからなんだけど、思った通り、彼は村人たちに囲まれていた。
多分ユリウスは、自分が村の人たちに受け入れてもらえるのか、不安に思っていたんじゃないかなと思う。
安心した表情で村の人たちと話しているユリウスを見つめながら、私は小さく、「良かったね」と呟いた。
「オリエさん、いろいろとありがとうございした」
先程、サーチートを諭したアルバトスさんは、多分私と同じような事を思ったのだろう、ユリウスを離れたところで見守っていて、もう大丈夫と安心したのだろう、私に声をかけてきた。
「アルバトスさん、体は大丈夫ですか」
「えぇ、おかげ様で、だいぶ回復をしました。もう普通に動けます。ありがとうございます」
サーチートから聞いてはいたけれど、アルバトスさんは彼の言葉通り、元気になっているようだった。
「オリエさん、ユリウスの事、本当にありがとうございました。あの子の事、さぞかし驚かれた事でしょう。秘密にしていて、申し訳ありませんでした」
アルバトスさんはそう言うと、私に頭を下げた。
「止めてください、アルバトスさん。私、ユリウスからいろいろと聞きました」
ユリウス自身から聞いた話だけでも、彼の事を隠しておかなければならないのは充分すぎる程理解できたし、アルバトスさんは必死にユリウスを守りながら生きてきたのだろう。
「オリエさん、あの子から、どこまで聞きました?」
「お母さんが命懸けでユリウスが産まれる前に、魔法で性別を変えて、お母さんが亡くなってからは、それをアルバトスさんが引き継いだ事や、その他の力もアルバトスさんに封じられていた事は聞きました。あなたの命で封じていたって事も」
私がそう言うと、アルバトスさんは頷き、だいたいの事はご存じなのですね、と呟くように言った。
「では、今度は私の話もお話しましょう」
「はい」
「お気づきだと思いますが、私は、あの子を守る事に必死でした。そして、私が死んだ後、あの子がどうやって生きていくのかが、とても心配でした。私なりにあの子を導いてはきましたが、あの子が真の姿を取り戻した時、私はもうこの世には居ないのです。だから物心ついた頃には全てを話し、武器の扱い方や、魔法、この世界で生きていくための知識を叩き込みましたが、それはあの子に、オブルリヒト王家に対しての憎しみを植え付けてしまう結果になりました。正直な話、私は八方塞がりになっていました」
アルバトスさんはそう言うと、深いため息をついた。
「いっその事、自ら命を断ち、あの子を自由にしてやろうと思った事もありました。そして、何故妹を止めて、王子として生まれるあの子を、二人で守り抜く道を選ばなかったのかと、いつも後悔していました。こんな情けない私に育てられたというのに、あの子はオブルリヒト王家に対する復讐心以外は、とても良い子に育ちました。だからこそ、私はあの子を生かすためとはいえ、あの子を私と言う檻の中に閉じ込めてしまっていた事を、いつも後悔ばかりしていたのです」
アルバトスさんは、必死にユリウスを育てながらも、罪悪感に苛まれていたようだ。
「そんなある日、シルヴィーク村を襲った魔物と戦い、私は呪いの毒を浴びてしまいました。私は、やっと死ねると思いました。そして、ユリウスを自由にしてやれるとも思いました。だけどすぐに、絶望しました。何故なら、私と同じように、ユリウスも呪いの毒を浴びてしまっていたのですから……」
アルバトスさんは、やっと死ねるなんてつまらない事を思ったから、罰が当たったのだと言った。
「私は必死に、解毒方法を探しました……だけど何をしても解毒する事ができなくて……それがわかった時、あの子は言いました。もういいんじゃないかって……残り少ない時間を、穏やかに生きて行こうって……。それは諦めというより、自分の命に価値を見出していないように感じられました。私はとても悲しくなりましたが、どうする事もできませんでした。だけど……」
「だけど?」
「この世界に、あなたが現れた。あなたは私とユリウスの命を助けてくれて、私たちに笑顔をくれました。あの子はあなたに興味を持ち、あなたと一緒にいると笑顔を見せるようになりました。本当に、あなたにはどれだけお礼を言っても足りません」
「そんな……」
私は何もしていない……むしろ、迷惑ばかりかけて、ユリウスやアルバトスさんに、私の方がお世話になっているくらいだ。
私がそう言うと、アルバトスさんは首を横に振った。
「いいえ、あなたの存在に、私たちは救われたのですよ。ただ……あなたを元の世界に戻してあげられなかった事は、本当に申し訳なく思っています。約束をしたのに、申し訳ありません……」
「それは、仕方がないですよ」
ユリウスもアルバトスさんも、私を元の世界へ戻そうと、精一杯の事をしてくれていた。
この件に関しては、悪いのはジュニアスやノートンたちであって、アルバトスさんではない。
「ありがとうございます。オリエさんは、本当に優しい方ですね。ところで……」
「はい?」
「その……あの子は、あなたに失礼な事をしませんでしたか?」
「え?」
あの子っていうのは、ユリウスの事だよね?
ユリウスが私に、失礼な事?
一体何の事だろうと少し考えて、腕を引かれてベッドに引きずり込まれた事を思い出した。
だけどあれは、驚きはしたものの、ユリウスが落ち着くならいいやって思ったのは私自身だし、その後は告白をされて……すぐに返事はできなかったけれど、嫌ではなかった。
むしろ……。
「オリエさん、お顔が、赤いですよ?」
「え?」
「もしや、あの子が告白でもしましたか?」
「えっ!」
アルバトスさんは私を見て、くすくすと笑う。
わかりやすいですねぇ、とのんびりと言われ、私は恥ずかしくなって、両手で顔を覆った。
そうか、私って、わかりやすいんだ。
「あの子は、あなたが大好きなのですよ。だから……あなたさえ良ければ、どうかあの子のそばに居てあげてください」
アルバトスさんのこの言葉、以前にも言われた事がある。
それは、彼の命が一度失われかけた時の事だ。
あの時も、アルバトスさんは私に、ユリウスのそばに居てあげてくださいと言っていた。
だから、これは彼の心からの願いなのだろうと思う。
「ありがとうございます、アルバトスさん……私も、ユリウスが……彼が大好きです……。だから、彼のそばに居たいです……」
私がそう答えると、ありがとうございます、とアルバトスさんは嬉しそうに笑った。
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