第18話・お別れの前に


 魔結晶の作り方のコツを覚えた私は、せっせと大量に作り上げた。

 その結果、翌日の夜には、アルバトスさんからは充分な量の魔結晶の確保ができたって言ってもらえたんだけど、その後もせっせと魔結晶作りを続けている。


 ユーリやアルバトスさん、それにジャンくんやモネちゃん、村の人たちには、短い間ではあったけれど、とてもお世話になったと思う。

 だから、魔結晶が余ったら、村の人たちで使ってくれればいいと思ったのだ。

 あとは、ポーションと解毒ポーションの作り方も覚えたので、森で薬草や毒消し草を摘んできて、作っている。

 こちらも魔結晶同様、あって困ることはないだろう。


 それにしても、魔結晶作りにしろ、ポーション作りにしろ、私ってこの異世界ルリアルークでは、結構優秀なんじゃないかなと思う。

 元の世界に戻るよりも、この世界にいる方が、いろんな人の役に立てるんじゃないかって思う事もあるんだよね。

 でも、私は元の世界に戻る事に決めた。

 みんなもそのために動いてくれている。

 みんなとお別れするのは辛いけれど、元の世界の私は、まだ生きているのだ。

 あちらに戻るのが、一番良いのだろう。




 私を元の世界に戻す準備は今夜中には終わるらしく、明日の朝に私を向こうの世界に戻してくれるらしい。

 煌めく朝日の中で、オリエさんをお送りしましょうと言ったアルバトスさんは、本当に三日で用意をしてくれた。

 あの人、本当にすごい人だ。サーチートが懐くのもよくわかる。

 でも、連日徹夜で私のために用意をしてくれているから、申し訳なくも思う。


「そろそろ、かな」


 もうすぐ、モネちゃんが来る予定になっていた。

 一緒にごはんを作って、ささやかだけどお別れ会をしようと言ってくれた彼女のその気持ちが、とても嬉しかった。

 さっさと魔結晶を作り終えて暇になってしまった私は、忙しそうなみんなの邪魔にならないように、一人で外に出た。

 散歩がてら、モネちゃんを迎えに行こう。






 森の中をぼけっと歩いていると、


「オリエさんっ!」


 と、モネちゃんの悲鳴みたいな声が聞こえた。

 声の方へと顔を向けると、左頬を腫れ上がらせたモネちゃんが、よろめきながらも必死な表情でこちらへと走ってきた。


「モネちゃんっ! どうしたのっ!」


 私はモネちゃんに駆け寄って、腫れ上がった左頬へと手を伸ばした。

 この頬、どう見ても殴られた跡だ。

 一体誰が、こんな可愛い女の子に手を上げたんだー!


「モネちゃん、とりあえず、治そう!」


 モネちゃんの左頬を治そうとヒールをかけようとしたんだけど、


「そんなのいいから! 逃げて!」


 と首を横に振り、モネちゃんは叫んだ。


「に、逃げろって、どういう事?」


「いいから、早く! ジャンが時間を稼いでいるうちに、家に戻って! ユーリ様の元に行って、どこかに隠れて!」


「え?」


「早くっ!」


 泣きながら叫ぶモネちゃんを見て、何か良くない事が起こっている気がした。

 モネちゃんは逃げてと言ったけれど、このまま逃げてはいけない気がする。

 ジャンくんが足止めしてるって言ったけど、彼は一体誰を足止めしているの?

 私が逃げてしまったら、ジャンくんやモネちゃんはどうなっちゃうの?


「モネ! 何やってるんだ!」


「ジャン!」


 ジャンくんの声が聞こえて、モネちゃんが声の方――ジャンくんの方へと走っていく。

 私も声の方へと向かうと、傷だらけでボロボロになったジャンくんが倒れていた。


「オリエさんっ! モネに逃げろって言われなかったのかよっ!」


 私に気づくなり、ジャンくんは怒鳴るように言った。


「何言ってるの! 今は、そんな場合じゃないでしょ!」


「そんな場合なんだよ、くそっ!」


 ジャンくんは、腕や背中を激しく斬りつけられていた。

 もしかして強い魔物でも近くに居るのかと思ったけど、彼の傷は刃物で斬りつけられた傷に似ている。

 一体誰が、ジャンくんやモネちゃんにこんなひどい事をしたのだろう。


「モネ! お前、何やってんだ! オリエさんを逃がせって言っただろ!」


 ジャンくんは、泣いているモネちゃんを、また怒鳴りつけた。

 怒鳴られたモネちゃんは、体をびくりを大きく震わせて、またぼろぼろと涙を零し続ける。

 私が逃げていないからモネちゃんが怒られたようだけど、それはモネちゃんのせいじゃない。

 逃げろと言われても逃げなかったのは、私の意志だ。


「こら、彼女を怒らないの!」


 ジャンくんとモネちゃんは、実は恋人同士だ。

 若い二人が仲良くしているところ、とても可愛いんだよね。

 モネちゃんはジャンくんの怪我を見て泣いているし、早く泣き止んで笑ってもらうには、ジャンくんの傷を治すのが一番だろう。

 私はジャンくんの体に手を伸ばし、ヒールを唱えた。

 少しずつジャンくんの傷が癒え、モネちゃんがほっと息をつく。


「モネちゃんも、治そうね」


 殴られたモネちゃんの左頬に手をそえて、ヒールを唱える。

 回復呪文は、モネちゃんの可愛い顔を元通りにしてくれた。


「オリエさんっ……」


「え? 何故っ!」


 殴られた頬を治したというのに、モネちゃんは泣き続けた。


「くそっ!」


 と、ジャンくんは地面を殴りつける。

 一体どうしたのかと首を傾げると、


「本当に、ヒールが使えたのだな」


 という誰かの声が聞こえた。

 私はこの声を、以前聞いた事があった。


「なんで……」


 声の主は、褐色の肌に黒い髪、赤い瞳の体格の良い男――ジュニアス王子だった。

 その後ろに、赤茶の髪に薄い水色の瞳の男――聖女召喚の儀の術者だった、ノートンも居る。


「なんで、ここに……」


 そう問うた私の声は、震えていた。

 それに答えたのはノートンで、


「それは、あなたが何者なのか、確かめるためですよ」


 と言い、ニィ、と唇の端を釣り上げて、笑った。

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