第63話・創世王と神聖女



「ちょっと待って、ユリウス! 私を特別な存在みたいに言わないでよっ!」


 私だってステータスに神聖女とか書かれてはいるけれど、どうすればいいかわからない。


「だいたい、神聖女って、一体何者なの? 何した人なわけ?」


「あー、それは、ね……」


 ユリウスは立ち上がると、本棚から一冊の絵本を持って戻ってきた。

 ちなみに私たちは、まだ人前に出られない格好のままで、目のやり場に困っていると、再び逞しい腕に捕まえられて、横にされてしまった。


「創世王と神聖女のことは、この絵本で大体のことはわかると思うよ。この世界の人間は、みんなこれで知るんだ」


「へぇ、そうなんだ」


 渡された絵本を見ると、表紙には、創世王と神聖女、というタイトルが。

 そのまんまだなぁと思いながら、本を開く。

 ちなみに私がこの世界の文字が読めるのは……魔法が何でも使えるってところから考えても、何かしらの補正がかかっているんじゃないかなと思う。

 便利でとてもありがたい。

 絵本を開いた最初のページには、褐色の肌、銀色の髪、金色の瞳の男の人と、その隣に白い肌、黒い神、青の瞳の女の人のイラストがあった。


「え?」


 と驚くと、


「まぁ、神聖女の姿は正確には言い伝えられていないから、本によっていろんな記述があるんだけど、俺が持っている絵本は、オリエの色と同じだね」


 とユリウスが言った。


「君の事は最初から気になっていたけれど、君が今の姿になってからは、本当にどうしようもなかったよ。胸が高鳴って、同時に張り裂けそうだった。ジュニアスに連れて行かれてしまったからね。本当に、無事でよかった」


 私を抱きしめる腕に、ぎゅ、と力が込められた。私もユリウスの体に腕を回す。

 ユリウスに辛い思いをさせたくないから、これからはできるだけそばにようと思う。






「ねぇ、ユリウス。この本、どんな内容なの?」


「おとぎ話のようなものだよ。昔、この世界を神が創られた時に、神の力に反発するかのように、人よりも先に魔物が生まれてしまった事。それから、神は人間を創った。最初に作られたのは、褐色の肌、銀色の髪、金色の瞳の男だった事。男は異世界から現れた聖女と共に、魔物で溢れる世界を少しずつ変え、人が住める世界へと変えていった。そして、男は創世の王となり、その傍らには美しい神聖女が寄り添っていた、という話さ」


「そうかぁ。有名なお話なんだね」


「でもおとぎ話だから、創世王にしても、神聖女にしても、具体的にどうしたのか、と言うところまではわからないよね」


 確かにそうだ。そして、わからないから、不安になる。

 でも、何かをしなければいけないのなら、そのうちそれがわかる事かも知れないし、何もしたくなければ、何もしなくてもいいんじゃないかなと思ったりもする。

 ユリウスは、もっと肩の力を抜いていいんじゃないかな。

 私がそう言うと、ユリウスはふっと笑った。


「そうかな? それでいいと思う?」


「うん、そう思うよ。だって、何をすればいいのかわからないのなら仕方ないし、緊急性がないのなら、何かしたくなるまで何もしなくてもいいと思う」


 ロールプレイングゲームをしている時に、迷った時と似たようなものなんじゃないかな。

 まぁ、人生をゲームみたいに表現するのは、不謹慎かも知れないけれど、人生ってなるようにしかならないところもあるし、何をすべきか、何がしたいのかがわからない時は、立ち止まってゆっくりするのもいいと思うんだよね。

 ちなみに私がこの考え方ができるようになったのは、ここ一、二年からだ。

 いい年になって、やっとうじうじ悩まず、開き直る事ができたんだよね。


「やらなければいけない事がわかって、ユリウスがそれをやろうって思ったら、すればいいと思う。誰も、ユリウスがルリアルーク王だってことは、知らないんだし」


「ありがとう、オリエ。そう言ってもらえて、少し肩の力が抜けたよ。俺、この見た目もあって、頭が固かったのかもしれない」


 ふう、と深い息をついたユリウスが、苦笑する。

 どうやらユリウスにとって、ステータスに書かれているルリアルーク王という肩書きは、かなり重いものだったようだ。


「誰だって、そうなっちゃうと思うよ。私だって、この世界に来てから、ステータスがどんどん変わっていくし、戸惑ったもん」


 大聖女→真聖女→神聖女。


 呼び名だけが、どんどん変わる。

 変わったのは職業の呼ばれ方だけで、できる事は何も変わっていないんだけど、呼ばれ方はこれがゴールだよね。


「ねぇ、ユリウス。私は、あなたが何者だろうと、大好きだよ。私は、あなただから好きなんだよ。あなたのステータスにルリアルーク王って書いてあるから好きなわけじゃない。この気持ちが、一番大切な事だと思う」


「俺も、俺も、そうだよ。君が何者であろうと、構わない。君をずっと離さない。ずっとそばに居る」


「うん、私もだよ。私もずっと、ユリウスのそばに……」


 そばに居たい、と、ちゃんと伝えたかったのに、最後まで言えなかった。

 嬉しそうに笑ったユリウスに、ベッドに押し倒されて、唇を塞がれてしまったからだ。


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