第55話・丸腰バトル


 襲い掛かってきた三匹の狼を、ユリウスは近くにあった木に飛び移って避けた。

 三匹の狼はスピードに乗っていたのだろう、急には止まれなかったらしく、結界であるうっすらと光る壁に激突した。

 結界があるとはわかってはいたけれど、すごいスピードで突っ込んできた狼には心臓が止まるかと思うほど驚いた。

 私はなんとか堪えたけれど、村の人たちの中には、腰を抜かしてひっくり返った人も居る。


 結界に激突してふらふらしている狼を、ユリウスは木の上からウインドアローという風属性魔法で狙い、正確に狼の額を撃ち抜いた。

 バタバタバタ、と、三匹の狼が倒れる。

 ユリウスは倒れた狼に向かって、もう一発ずつウインドアローを撃ち込んみ、しっかりととどめを刺した。


「ユリウス!」


「大丈夫だ、かすり傷一つないよ」


 私はほっと息をついた。良かった、ユリウスに怪我がなくて。

 だけど、安心できたのは、ホンの一瞬の事だった。

 木から飛び降りようとしたユリウスの十メートルほど先に、今度は熊がいたのだ。

 熊の通常サイズがどのくらいかはわからないけれど、軽く二メートルを越え、二・五メートルはあるだろう。

 その熊は私たちの正面に居て、多分私たちに向かって走り出す。

 私たちと熊の間には結界があるけれど、その間には、木から飛び降りたユリウスの着地地点もあった。


「ユリウス、後ろっ!」


「え? うわっ!」


 ユリウスは着地すると同時に地面を蹴り、熊の突進から逃れた。

 突進してきた熊は、結界にぶつかって、ひっくり返る。

 先程の狼の時もそうだったけど、すごく心臓に悪い。

 だけど、この結界は害意を持つものを本当に拒むという事が証明されて良かった。

 これで、村の人たちは安全だよね。


 熊は、よほど激しく結界にぶつかったのだろう、何度か立ち上がってはひっくり返るという事を繰り返していた。

 ユリウスは熊がふらついている間に懐に入り込み、熊の鳩尾に一発グーパンチをお見舞いする。

 強烈なグーパンチをお見舞いされた熊は、「グハァッ」って言って前かがみになった。

 そして、そこをめがけて、首を狙って、ユリウスが長い脚で回し蹴りをして……。


「え?」


「嘘でしょ?」


「ギャーッ!」


 私は……いや、私たちは、信じられないものを見た。

 だって、ユリウスが回し蹴りをした熊が、熊の首が、吹き飛んで地面に転がったのだ。


「え? え?」


 ユリウス本人も相当驚いたようで、何度も回し蹴りをした自分の脚と、吹き飛んだ熊の首を見比べている。


「ふ、普通は、あんな事できませんからね。じ、自分にもできるかもしれないなんて、思ってはいけませんよっ」


 アルバトスさんも、これにはかなり驚いたらしい。

 だけど、平静を装おうとしているのか、のんびりとした口調で、みんなに注意を促す。

 暫くの間熊の首を眺めていたユリウスは、地面に転がる熊の胴体と、三匹の狼を見て言った。


「えと、これ、どうする? いる? いるなら、結界内に持って入るけど……」


「ユリウス様、うちで買い取りますから、ぜひ運んでくださいっ」


 ユリウスの声に一番に反応したのは、ハロン商店の主人である、モネちゃんのお父さんのマルコルさんだった。

 みんな驚いて固まっていた中、マルコルさんは嬉しそうな表情で、


「どちらも毛並みがいい、久しぶりの大物ですよ。肉はどうしますか?」


 とユリウスに聞いてくる。ユリウスは少し考え込んだ後、


「じゃあ、買取代金は、モネに渡してくれ。服を用意してくれた代金だ。肉は、みんなで食べよう。調理はお願いしてもいいかな?」


 と言って、ヒョイと首のなくなった熊を担ぎ上げると、結界内に戻って来た。

 ユリウス本人自身の身長も百九十センチを超えているから、かなり大きいけど、大柄な熊は当たり前だが、かなり重いはずだ。

 いくら頭がなくなっているからって、四百……いや、五百キロ近くあるかもしれない熊を、ひょいと担ぎ上げるなんて、凄すぎだ。

 同じ事を思ったのだろう、結界内に運ばれた熊を前に、マルコルさんが、村までどうやって運ぼうかと頭を悩ませている。

 ユリウスは、狼もひょいと担ぎ上げ、結界内に運び終えると、熊は自分が運ぶと申し出ていた。

 ユリウス、男性の体になって、ものすごく力が強くなったんだなぁ、すごいなぁ……。

 そんな事を思っていると、隣に居たアルバトスさんが、


「自分でも驚いているようですが、あの子、相当パワーアップしてしていますね……」


 と、小さく呟く。


「そうなんですか?」


 と小声で尋ねると、アルバトスさんは苦笑して頷いた。


「今の体は、無理矢理封じていた力に耐えられるものなのでしょう。筋力的にも、体力的にも、魔力の面でも、ユリアナの時の数倍の力があるでしょうね」


「うわぁ」


 スーパーユリウス爆誕だ。そんな事をぼんやりと考えていると、アルバトスさんの腕の中で、


「ユリウスくん、かっこいいねぇー」


 と、サーチートが呟くように言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る