第176話 パティシエ見習い佐藤の職技能

 僕の予想を外した佐藤は絞り器を仕舞って、ボウルとかき混ぜるやつを取り出した。


「よーく観てろよ! 『ピエール菓子店:パティシエ見習い』職技能ジョブスキルお菓子作りベイキング』!」

職技能ジョブスキル!?」


 佐藤が構えたボウルの中に、出陣させたサーヴァントたちが粒子となって吸い込まれていく。

 渦巻きながらサーヴァントたちが混ざり合って、すっきりボウルいっぱいにまとまると、


「うおおおおおおお!!!!!」


 力を込められるだけ込めて、佐藤は高速でかき混ぜるやつを回してさらなる撹拌を行う。

 中身が結構飛び散っているがそれはいいのか。


 表現しづらい色味になったところで、佐藤がボウルを両手で構えた。


「いでよ俺の最強サーヴァント! 【クリームアイズモンスター】!」


 バケツの中身をぶちまけるが如く、を放り投げると、それが帯となって青マス前列中央に折り重なっていく。

 全量がうず高くつもると、一瞬の熱波。思わぬ熱気に目を閉じ、そして開けると焼成が終わっていた。


 周囲全面を真白いホイップクリームに覆われた、見上げるほど巨大な二段ケーキがデデンと居座っている!


「俺の『お菓子作りベイキング』は特定の要素を持つカードを混ぜ合わせて、一枚のサーヴァントに合体させられるんだぜぇっ! 今回はケーキだけどよ、パンケーキとかパフェなら女子ウケもバッチリだろ!?」


 拳を握りしめながら佐藤がアピールポイントを主張する。


 しかし、僕らはそれよりも大きさに気を取られていた。


「でっか!?」

「家ぐらいの高さはあるな……」

「おかしい。あんな雑なホイッパー使いでこんなに膨らむはずがない」


 一人だけ調理技術について言及している。あの道具、ホイッパーっていうのか。


 【クリームアイズモンスター】の戦闘力は1600と時間を掛けた割には低めだが、行動力がケーキのくせに4もある。どうやって動くんだ。

 それはともかく、世間話ゴシップ級を四枚しか使っていないことを考えれば、カードに対するパフォーマンスは非常に高いと言える。


 『一つ星』や『二つ星』における低レアリティ同士の戦いなら無双も可能かもしれない。


「……職技能ジョブスキルをもう習得しているとはな」


 職技能ジョブスキル

 それはバージョンアップで追加された、主職メインジョブに付随するプレイヤースキルだ。


 副職サブジョブとなった剣士やシャーマンはプレイヤーの成長方向性を大まかに定めるものだった。集まるカードに指向性を持たせることはあっても、対戦等には寄与しない要素であった。


 ちなみにお騒がせAIには素養ってことで説明されたはずだが。無職だったはずなのに、バージョンが変わったら勝手に副職サブジョブが覡(シャーマン)になっていた。

 今となっては副職サブジョブと素養の違いは不明である。分かり辛いとか苦情が入ったのかもしれない。


 話を戻そう。


 主職メインジョブに習熟することで入手できる職技能ジョブスキルは、明確にプレイヤーカードの強化が目的となっている。


 これまで対戦中のプレイヤーは突くべき弱点ウィークポイントであり、あるいは手札のサーヴァントを運ぶ空母、ダメージストップをかける肉壁だった。

 それを逆手に取ったのが『プレイヤー育成ビルダー』戦術だが、やられたら敗けるプレイヤーを前面に立たせ続ける必要のあるリスキーな諸刃の剣だ。無理やり役割を付け足しただけにすぎない。


 本質的にはプレイヤーは護られるものなのだ。


 職技能ジョブスキルはそこに一石を投じる。


 例えば神秘力皆無で敵サーヴァントに囲まれた時、以前はここで敗け確だった。

 何しろ自分のサーヴァントは出陣させられない、神秘ミスティックは使えない、非力なプレイヤーでは敵サーヴァントを倒せない、とないないないの三拍子。打つ手がないのだから。


 だが職技能ジョブスキルが実装された今ならば、上手く使えば包囲を脱出する可能性が生まれる。もちろん逆に包囲をしやすくなるパターンもあるだろう。


 現状見つかっている職技能ジョブスキルは『プレイヤー最強!!!』を実現するものではなく、ゲームを加速させる、あるいは窮地にワンチャンスをもたらすものが多かった。


 これまでサーヴァントにしかなかった特殊能力をプレイヤーに付与する、と言うのが分かりやすいか。対価さえあれば自由に神秘ミスティックを使えるのがプレイヤーの技能だろ、とは思わなくもなかったが。


 ゲームシステムによって新たな役割を付与されたプレイヤーカードの使い方は今後研究が進められていくことであろう。

 就職して、その職に慣れないと技能は入手できないようなので、やり直しが非常に面倒くさいことだし。


「見習い系は職技能ジョブスキルを入手するのが早い。性能は高くないみたいだけど」

「役職が育っていくと、職技能ジョブスキルがレベルアップするんだったか」


 職技能ジョブスキルを入手するにも、職業によって難易度の差があるらしい。

 本人の適正もあるが、就職した当日に職技能ジョブスキルを習得するような業種もあるとかないとか。


 とはいえ、職技能ジョブスキルを活かすにはそれなりにやりこむ必要があるはずだ。きちんとデッキ戦略に組み込んでくる以上、佐藤もゲームをそれなりにプレイしているな。


 一つの職業に対して複数の職技能ジョブスキルを習得可能だが、対戦で使用できるのはその内の選択した一つ。デッキや相手に合わせて変更する柔軟性も必要だ。


「オレはまだ、どこに就職すっかも決めてねえんだよな……お前らは?」

「私は人形工房……」

「ああ、マリカはそうだろうな。ってか、ノル箱にも人形師がいるのか」

神秘人形ミスティカルドールというのがある。自律人形の一種らしいけど、仕組みはまだよく知らない」


 その情報にアッシュは表情を固くした。

 リッカに合いすぎている就職先。この先、職技能ジョブスキルを習得したら、今よりもさらに手強くなることは必至だ。


「エルスは……なんだったか、星騎士ステラナイツだったか?」

「なんかいつの間にかそれになってた。見習い扱いなのに見習いじゃない難易度っぽいから、まだ全然職技能ジョブスキルを習得できる目処は立ってない」

「……習得難易度が高すぎるならいつでも辞めた方が良い。すぐにでも辞めるべき」

「それも考えの一つだなー」

「辞表、出そ?」


 僕がレアそうな職技能ジョブスキルを習得するのがそんなに怖いのか?

 リッカがそこまで辞めさせたがるのであれば、せめて多少の職技能ジョブスキルを習得できるまでは頑張るか。


 二人の対戦は、鈴木のターンに移ろうとしていた。


 せっかく【クリームアイズモンスター】を出陣させたのに、佐藤は特に何の行動もさせずターンを終えたらしい。


 女ウケバトルでもあるし、鈴木の主力がお目見えするまで待機するのだろうか。確かに鈴木が出す前に対戦が終わったら可哀想ではある。


 鈴木が「俺のターンだ!」とドローをして、ニヤリと笑った。

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