第2話 ノルニルの箱庭、開始
あれから一年が経ち、僕らは高校生になる。
全世界一億人の十五歳はそんな新たな生活への不安はさておいて、何のセレモニーも行われないただの四月一日が、待ちに待ってきた特別な日がようやく訪れたことに歓喜している。
一日千秋の想いで待ち望んだレーティング障壁解除の日だ。
指折り数えてこの日が訪れるのを待っていたプレイヤー予備軍は冗談抜きで世界中に山ほどいるはず。
覇権を取る、と見込んだ僕らの目は確かだった。瞬く間にTCGシーンの上位に躍り出た『ノルニルの箱庭』は世界中でブレイクし、サービス開始から一年も立っていないのに、各国で公式に国内大会が開催されるほどの人権を獲得していた。
現実の認定カードショップで自分のデッキレプリカを出力することも可能とあって、リアルでもVRでも『ノルニルの箱庭』を四六時中プレイする人がいるくらいだ。
僕と灰島もプレイこそ年齢制限に阻まれてしまったが、試合自体は完全没入しなくても動画で観られるし、有志が作ったカードリストとデッキ構築の考察アプリで『ぼくのかんがえたさいきょうのデッキ』を夢想する遊び等はいくらでも可能なので、すでにかなりの時間を注ぎ込んでいた。
もうすぐ一周年ということで、何らかのイベントが行われることは確定的に明らか。
しっかり春休み中も遊び倒して、イベントを楽しむ土台を作っておこうというのが僕と灰島の計画だ。
二人ともが同時にスタートを切る予定であり、であれば、ゲーム開始直後は会わずにおこうという話になっている。
フレンド対戦による実績解除でアイテムをもらえるらしいが、実績のためにしょっぱいデッキで塩バトルをするよりも一週間ぐらいかけてきちんとデッキを構築して、ガチンコの勝負をするのだ。そっちの方が絶対に面白い。
「……よし、やるか!」
ベッドに寝転がって、ペンダント型のホロホ端末に触れる。
ホロホが起動すると同時に僕の視界が部屋の天井から星の海へと変わっていく。自室にいる時だけ有効化される壁紙だ。星海の中に淡く光るディスプレイが投影される。
無数のアプリが並ぶ中から、リビングに置いてある親機にインストールしておいた『ノルニルの箱庭』を選択。
今までなら厳格なレーティングのポップアップが進行を許さなかったが、約束の日を迎えた今日、初めてエラーコードに苛立ちを覚えることなくゲームが起動する。
「っしゃあ! 待ってろよお……!」
思わず取ったガッツポーズが途中で落ちていく。
自意識をバーチャルに転化していく最中、寝落ちるようにして記憶が抜けた。
:端末認証 OK
:年齢認証 OK
:
:遊技記録 NG
『今日は多いわね……、はいはい、ちゃんとやるってば! んん……ごほんっ! 「――目覚めなさい、私の認めた戦士よ」
聞こえていてはいけない気がする台詞の後、威厳たっぷりのボイスが流れ――暗闇にあかりが灯されていく。
目蓋をゆっくりと開いているのだと気付いたのは、眩しさを感じると同時にあかりの奥で動く何かを見たからだ。
「まだ何も分からないでしょうが、あなたには私の――私たちの戦士として、彼の地に赴き、そして戦いに勝利をもたらす英雄へと成長してもらわねばなりません」
もやもやとした視界が下方へと向けられる。
そこには広大な大地が広がっており、中央に豪勢な城を基礎とした街があることだけ、はっきりと捉えられる。
「いずれ必要が訪れれば、姿を現すこともできるでしょう。ですが、今は未だ、その時ではない」
僕の意識が街へと引っ張られ始め、急速に落ちていく。
「まずはよく生きる術を見つけなさい。そして、強く育ちなさい。ノルニルの戦士なのだから」
その声が遠くへと消えていく。
一際深いもやもやの中に突っ込んでしまい、視界の全てが不明になる。
そして次の瞬間、もやを突き抜けた。
視界に飛び込んできたのは、鮮明な色彩。
もやに阻まれていた世界がその全景を露わにした!
太陽をキラキラと反射させるエメラルドグリーンの海。
絶えず噴火し続ける火山は灼熱の溶岩に囲まれている。
氷壁がそびえ立つ極寒の吹雪地帯までもがここからならば見通せる。
僕は今、遥か天空よりパラシュート無しでのダイビング状態にあった。
美しい景色に心奪われたのもつかの間、自殺に等しい状況にいる気付きがパニックを導く……寸前。
【――ノルニルの箱庭――】
「タイトルロゴ出してる場合じゃないだろ!?」
雅やかに装飾されたタイトルロゴが空中に浮かびあがり、僕は思わずツッコんでいた。
「オープニングもなんか変な音声入ってたし、これも実はバグなんじゃないの!」
喚いたところでスカイダイビングは終わらない。
加速度を増して落ちていく。幸いにも落ちるのは海だが、これだけの速度があればコンクリートも水面も変わりはない。
「ダメだ……っ!」
水面が近付いて、衝突する直前。僕は恐怖からギュッと目を閉じてしまった。
どれほど悲惨な絵面に飛散するかと思いきや、とぷん、音を立てて僕は緩やかに水中へと沈み、そして浮力を得る。
その違和感に恐る恐る目を開く。
「なん……ともないな」
深海まで沈み込んだのか、真っ暗な中で、なぜか自分の姿と時折登ってくる気泡を視認できた。
骨折している様子も、どこかの肉が弾け飛んでいるなんてこともない。至って無事な肉体があった。
と、落ち着いたところで[リンリン]鈴のサウンドエフェクトが進行を通知する。
『キャラクターメイキング』
あなたはどのような戦士ですか?
テロップと一緒に、現実と同じ僕の姿が深海に現れる。
プリセットアバター等は用意されておらず、自分の姿を元にプレイヤーアバターを作成していく形のようだ。
長い黒髪と伸び始めたヒゲで輪郭は分かりづらい。一年ぶりに床屋へ行くべきか。現実では常に掛けている丸メガネは当然無いが、アクセサリの項目に似たようなメガネがあったのでそれだけは先に追加しておく。メガネを掛けていないと逆に落ち着かない。
キャラメイクの段階だからか、アバターが着ているのはパンツ一枚。おかげさまで僕の貧相な体躯が丸見えだ。運動が苦手だからと極力逃げていた実績に基づいた筋肉の薄さが際立つ。食も細いので頬すらコケているようで、墓地かスラムが似合いそうな絵面をしている。
正直、自分の見た目は眺めていて楽しいものでもないので、さっさとキャラメイクを終わらせてしまおう。
とは思ったが、いくつもの項目があって、どこから手を付けるか目移りしてしまう。例えば髪をいじるにしても、髪の色から長さ、太さ、髪質をパッと見た感じで百個以上の選択肢から選べる上に、生え際と毛先でいじる項目内容が変わっている。
キャラメイクだけで無限に遊べるやつだ。性別や声質も変えられるところが罪深い。
僕はあまりこういうやつには凝らない質だけれど、ここまで用意されていると少しぐらいはいじりたくもなる。アバターが本人そのままでは良くないとも聞くし。
しかし、どんな風にいじったものか。
項目が多すぎるのも困る。自分の服ですらファッションアプリに任せているのに。
悩んでいると、片隅にあるアイコンが震えて自己主張を始めた。なんだろか、とタップしてみると、お洒落に色とりどりの花びらを纏った妖精が出現した。
「はーい、呼ばれて飛び出てふらわり〜! お困りの皆さん御用達、フェアリィ一番のトラブルハンター、フラワリィさんが参りましたよぉ!」
濃いなあ……。
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