第3話 トラブルハンター・フラワリィ

 深海にも関わらず、フラワリィの周囲を漂う花びらは軽やかに追随する。急に華やかな絵面になったな。

 手のひらサイズの人形妖精フラワリィはくるりと回ってウインクをした。


「はてさて、今宵のお客様は何がお困り? と言ってもフラワリィさんには分かっちゃってるんですよ! ズバリ、キャラメイク……お悩みですな?」

「まあ……そうだけど」


 勢いに気圧されつつ、それは合っているので頷いた。


「そのお悩み、ごもっとも! 我らがノルニルの用意なされた戦士の器、その選択肢はまさに無限大! いかな英雄と言えど、その最初の一歩で果断のない決断を無数に行うのは大河を割るような偉業でございましょう」

「そんなに?」

「ええ、ええ! でもご安心ください! そのために我々トラブルハンターがいるのですから! 世界樹の舟に乗ったお気持ちでお任せを!」

「世界樹で舟なんか作っていいのか……?」


 ともかく、キャラメイクを手伝ってくれることだけは理解した。

 どうやら都度、NPCの補助を受けられるようだ。その搭載AIはオープニングなども鑑みるとかなり特徴的なようだが。

 気を取り直して、僕は訊いた。


「大舟に乗った僕は何をすれば?」

「あれがしたい、これがしたい、こんな姿がいい、胸は小さいのが正義、顔はイケメンに直して等、ご意見を伺って、それをフラワリィさんの独断と偏見でアバターに反映いたします! それを続けてご満足いただけたところで確定、でいかがでしょ」

「確かにイケてる顔とは自賛できんが言うほどか? 泣くぞ?」


 あと僕はどちらかと言えば大きい方が好きだ。小さいのにも趣きがあるのは否定しない。


「プレイスタイルの展望まで話す必要あるの?」

「ええ! 戦士の素養をも鑑みてキャラメイクしなければ、せっかくノルニルの知己を得た魂を無駄にしかねませんからねえ。誕生した瞬間に世界最強! みたいなトンデモパワーは授けられませぬが、生きるのを助く程度の素養ぐらいはね、なんとか!」

「例えばどんな感じになるんだ?」


 フラワリィはうーんと口だけで悩み、


「そうですねえ。魔術師の素養をお持ちになれば神秘の扱いにも多少は慣れやすく、またそういった方に神秘も集まってきやすいかと。逆に暴力を用いる素養に長けていれば、自らを強化する術に詳しくなっていくはずです」

「ふむ」


 まとめると、プレイヤーにも才能の項目があって、それによって行動にボーナスが付いたり、集まるカードが偏りやすくなる……かもね、ということか。

 ゲームが進むとプレイヤーカードにも就職強化が入るのだが、結構最初から方向性については考えさせられるようだ。

 僕はおおよそ決めているので問題はない。


「そうだな……僕は指揮官コマンダー型、僕自身はあまり動かずにサーヴァントを駆使する戦い方を考えている。だけどサーヴァントを矢継ぎ早に繰り出すのではなく、強化と神秘を活用して育てあげたい」


 このカードゲーム『ノルニルの箱庭』は簡単に言うとライフ制を採用している。プレイヤーに規定のポイントが与えられ、それを削り切ると勝利になる。

 カードに封じた無数のしもべサーヴァントを戦場に解き放ち、また神秘ミスティックと呼ばれる古より伝わる絶技を駆使して、どちらかが倒れるまで戦うのだ。


「なるほどぉ、数は力と言いますが、それには頼らず何にもない初手から一騎当千、古今無双のサーヴァントを求め苦難の道を進む快感を好むのですね!」

「さっきから言葉の受け止め方に悪意がないか? 少数精鋭が好きなだけだよ!」

「分かっておりますとも! で、あれば。純粋に使役するサーヴァントとの適正を重視するよりも、神秘に親和性の高い覡――シャーマンが良いのではなかろうかと愚考しますよ。自然派の魔術師みたいなもんですから」

「自然派の魔術師」


 思わずオウム返しに単語を戻すと、フラワリィはドヤり顔で頷いた。


「シティ派で頭でっかちな魔術師ソーサラーと違って、感覚で神秘を扱う古典派。まー、フラワリィさんたちも神秘の扱いはテキトーなので似た者同士です! サーヴァントは多種多様なお好みございますが、神秘は適正の有り無しが覿面にバッチリ影響するんで?」


 素直にいいねと喜び辛い評点だ。


 だが似た者同士ということは、幻想の生き物っぽいフェアリィとも意思疎通がしやすいのではなかろうか。見るからにレアっぽい種族と親和性があるのなら、今後を見据えてもアリな選択肢の気がする。この言い様では神秘を扱うにあたって適正は必須のようだし、二方面を観ていられるのであればオススメの理由も分かる。


 何よりお助けNPCがそう変なものを押し付けては来ないだろう、そういう考えが頭の片隅にあった。


「じゃあ素養? ってのはシャーマンでいいや。あとは何を決める必要があるの」

「性癖とか持病を持つのがオススメですよう!」

「は?」


 その台詞に絶句してしまった。そんなのオススメされることある?

 フラワリィはぷんぷんと怒ってみせた。


「その顔はなんですか! フラワリィさんはいたって真面目に答えているのに! ……ちっとばかし人気のない要素であることは確かですけど〜」

「そりゃ、誇るべきことであればともかく、汚点になりかねない設定はしないだろ」

「でもでもせっかく盛り込んだんだから使ってほしいなー、って我らがノルニルも言ってたし。ほら、この『マゾ気質』性癖なんかすごいんですよ、ダメージを受けても条件次第ですごい回復するんです」

「いやだよ! 僕はノーマルだから!」

「それなら『高血圧』の持病とかどうですか! プレイヤーの性能が常に一割増し!」

「字面だけ見ると強そうだけど、どうせそれも変なデメリットがあるんだろ」

「たまに頭の血管が切れて2ターンで死ぬぐらいですよ。安い安い」

「ランダムで自死に至るのは全然安くねえから! いらねえよ、そんなクソデバフアビリティは!」


 この妖精をしばきたい。羽を摘んで身動き取れなくしたところで、両のほっぺをぐにぐにと潰してやりたい。

 明確な暴力を働くところまではいかないが、言いたい放題フェアリィの口を閉ざすところまでは、と暗い欲望がめらりと燃える。

 それを察したのか、サッと身を翻してフラワリィは手の届かないところに行ってしまった。くそう。


「ぶー。たくさんサービスしてあげるつもりだったのに。絶対面白くなるのになぁ〜」

「僕が面白く感じなきゃ意味ないことを思い出してくれ。意思の介在しないギャンブルほどつまらんものもないだろ」

「……ふぅん、賭け事自体は好きなんですねえ?」

「カードゲームに血道を上げるやつで、ギャンブルが嫌いです、なんてのは少数派だろ。僕たちは毎ターンの数パーセントに一喜一憂する生き物なんだから」


 カードゲームプレイヤーの心臓が最も熱くなる瞬間、それは間違いなくカードを引き入れる刹那にある。

 特に勝負を決定づける場面でのドローは肝っ玉を青い炎がヒリヒリと舐めあげるような緊張感と相まって、狙いのカードを当てた時は脳天突き抜けるほどの快感が背中を奔り、逆に外した時の絶望感と言ったらない。


 あくまでゲーム、賭けるものが無いというだけで、本質はギャンブルに近いと思っている。異論は認める。


 ――はたと気付く。


「あれ、ホロダイブしてからどれくらい経ってんだ?」

「キャラメイクを始めてから一時間ほどですねえ。ほとんど何にも進んでない!」

「誰のせいだと思ってんだよっ!!!」


 僕が怒鳴ると、おどけたままフラワリィが肩を竦めた。

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