第4話 キャラメイク完了

 いかん、あいつに付き合っているとまた時間が失われていく。

 灰島はきっともうキャラメイクを終わらせてスタートダッシュを決めているに違いない。僕もこれ以上遅れるわけにはいかない。


「キャラメイク、後はもう容姿とかだろ? とりあえずパッと見たら僕だって分からなければいいから調整してくれよ」

「ふふん、お任せあれ!」


 そう自信有りげに言って、フラワリィは指を弾いた。音は出なかったが。

 僕のアバターが気泡に包まれ、そして生まれ変わった姿を現す。


 手足は短く!

 背も低く!


 誰もがハッと振り返るような……美幼女の姿がそこにあった。


「どーです! これならどれほど観られたところで絶対に戦士の魂さんご本人だとはバレませんよっ!」

「そこまでしろとは言ってねーよっ!」


 怒鳴ってしまってから、僕は額に手を当てて呟く。落ち着け。勝敗の分水嶺は冷静な者だけが見極められる……。

 よし。


「ふぅ……。いや、曖昧な指示を出した僕が悪い。性別は変えず、あまり美形にせず、身長とか体重もあまり変更のない感じで再調整してくれ」

「えっ?」


 再びアバターに視線を向けると、すでに新たな姿に変更されていた。

 地面を這うように四足歩行している体躯の先端から垂直に伸びた首だけで身長の八割を稼ぐバケモノがいた。


「ウワアアアアアアアアアッッッ!!!」

「かなりご希望に沿う形に調整できましたねっ」

「冗談でもやめろや、マジで!!!!!」

「でもこういう動物もいるでしょう。黄と黒の」

「キリンは人面じゃねえんだよ! 僕のアバターで遊ぶんじゃねえっ」

「ぶぅ……」


 フラワリィも遊んでいる自覚はあったのか、僕の本気の叫びに大人しくアバターを元に戻した。あまりにもおぞましい物を見てしまった……。

 唸る心音を宥めていると、フラワリィがまたしても指を打つ。


「おい、ちょっと勝手に……」


 さすがの僕も咎めようとしたが、気泡の中から出てきたアバターの姿に言葉を止める。

 今度のアバターは、ちゃんとした人間だったので。ちゃんとしているかは諸説あるかもしれない。


 縦に引き伸ばしたように身長が高くなっている。表情を隠す前髪の半分だけが白い。

 他の部分はほとんど変更が無いように見えるが、それだけで現実の僕とは似て非なる存在になった。


「なんだよ、できんじゃん」

「むふふ。現状から考えて清く正しく健やかに成長した姿を想定しましたよぉ。フラワリィさんのスペシャルアバター、お気に召したということでよろしいですかね?」

「ちょうどいいと思う。あんまり現実離れしたアバター使うとなんか変な感じだし……でも成長して、このガリガリ具合はやばいな。肋骨浮かび上がってるし」

「筋力もそーですけどエネルギーの摂取がかなり不足してるんじゃないですかねえ。魂の成長期にエネルギー枯渇していると、よく生きるのに不備が発生しますからきちんと飯と酒と女を頂いてくださいませませ」

「お前子供に何を言ってんだ!?」

「我らがノルニルのお友達をお手本にしてくださいな」

「大概、ド畜生ばっかじゃねえか! キャラメイクは終わったんだろ、もう先に進むからな!」

「まだですよ」


 そう言ってフラワリィが提示したのは――、ああ、確かに必須だ。


 僕の名を納めるボックスが表示されている。


「汝、ノルニルに捧げる名は如何に?」


 不敵に笑う妖精が、その小さな手を差し出した。瀟洒なペンが乗っている。


「……色々と呼ばれることはあるけど、僕の名前はいつもこれだ」


 羽のように軽いペンを取り、さらさらと二回滑らせる。

 フラワリィが確認をするように様子を伺い、それに頷くと、ペンが泡となって消えていく。


「いいでしょう。ノルニルの戦士“LSエルス”よ――ここに盟約が成立した。あなたの行く先々に、ノルニルの加護があることでしょう。よく、強く、生きなさい」


 このゲームのAIは急に真面目な雰囲気をブッ込んでくるから困る。

 急転直下でシリアスを投げ込まれて簡単に打ち返せる人間ばかりだと思うなよ。


「……うまく生きられるかはともかく、精一杯楽しんでくる。手伝ってくれてありがとな」


 もごもごと考えた結果、僕の口から出てきたのは妙に人間っぽいNPCに対する礼であった。想定していたものとは違ったが楽しいキャラメイクであったのは間違いなく、その要因が一人のフェアリィにあることは明らかだから。


 足元から湧き上がる気泡で隠れていく。けれど、面食らって目を丸くしたフラワリィの顔は見届けられた。好き勝手に遊んで時間を浪費させた相手に礼を言われるとは思っていなかったのかもしれない。


 キャラメイクの終わり。


 気泡の幕が頭上から差す光に照らされ、七色に輝く。海面へと近づいていた。

 水の境界線を破り、冷たい空気を吸う。


 晴れ渡った視界の先には――街並みが広がっている。


 海のド真ん中ではなく、街のド真ん中にある噴水の中に僕は立っていた。

 ここがスタート地点のようで、続々と噴水の中から様々なアバターが生まれては飛び出していく。邪魔になるかもしれないと、僕も慌てて噴水から飛び出して、それから新たな通知が鈴なりになっていることに気付く。

 最新の通知を確認して、膝から力が抜け落ちた。


『フェアリィの“フラワリィ”から加護【悪戯】を授かりました。本人が解除する、もしくはプレイヤーが見抜くまで【悪戯】は解除されません』


 僕は一体なにをされたんだ……。礼を言って損した! 名前、紛らわしいんだよクソが!




   ◆ ◆ ◆




 ――フラワリィは上機嫌でたった今、送り出したプレイヤーについて想いを馳せた。


「楡の死神、最後に残る者ラスト・スタンド、白夜……。錚々たる二つ名が並びますけども、やっぱり終焉を告げる者エンディング・ウォーカーがフラワリィさんのイチ押しですねえ」


 過去のゲームプレイ履歴から素性を把握している、自律ナビゲーションAIの一人であるフラワリィは、思いがけず担当をすることになったからかい甲斐のある著名人をたっぷり楽しんで気分が良い。

 生体管理までホロホに任せている人の多い昨今、インターネットを少し渫えばあっという間に個人へと辿り着ける。外部と接続可能な一部の自律AIだけに許された行為ではあるが。


「さてさて、マーカーは付けたので活躍を追うのも朝飯前。今から楽しみですなあ」


 ぐふふと笑うフラワリィの姿は厄介なファンに酷似していた。

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