第5話 世界一受けたいチュートリアル
少しばかり出鼻をくじかれたが、ようやく待ち望んだゲームの時間がやってきた。気を取り直して、プレイを始めていこう。
かなりの広さがある広場を見回すと、あちこちで対戦しているプレイヤーが見受けられる。対戦中の人たちは透明な幕に覆われていて、幕に触れると『観戦しますか?』と表示がポップアップした。野良バトルは観戦自由なのだ。
観戦したい気持ちもあるが、予定が差し迫っている。ここは先を急ぐ。
事前学習をする時間は一年もあったので、ゲーム開始からの流れもバッチリ決めている。
まずはとにもかくにもチュートリアル。これに尽きる。
ゲームルールのほとんどを理解していたとしても、チュートリアルを飛ばしては『ノルニルの箱庭』――ノル箱を生き抜けない。
なぜならチュートリアルを終えると、クエスト報酬としてカードパックがたくさんもらえるのだ。しかも、その内の一パックはレアリティの高いカードを引く期待値の高い、ゴールドパック。初期のカード資産を持っていないプレイヤーにとって垂涎の品と言っても過言ではない。
カードの入手手段は判明しているだけでわずかに三つ。
クエストやイベントをこなして報酬等でもらう。
ダンジョンに赴いて野良の
そしてカードパックを剥く。
以上である。
プレイヤーを除くカードには
そしてカードが封入されたカードパックにもレアリティが設定されており……ゴールド以上のレアパックは店で購入することができないのだ!
ノル箱全体におけるカード資産状況、というのが公式から見られるのだが、それを信じるのであれば
おそらく低レアリティのカードパックは封入されているレアリティに上限が設けられている、あるいは極端に倍率が低いのだろうと言われている。
初動としては、確定でもらえるチュートリアルのゴールドパックで何としても
他にもクエストやイベント、低確率のボスドロップやダンジョンクリア報酬でもゴールドパックは確認されているが……それなりに難易度が高い。
基本的にはチュートリアルでもらえるブロンズパックと合わせて、ダンジョンで低レアのサーヴァントを集め、店でブロンズやシルバーパックを買いながら成長していってね、というプランニングが想定されているのだと思う。
仮にハイレアカードを引いたからと言って、突然強くなるわけでもないのがノル箱の面白いところだ。
低レアに素でブン殴って強いのが集まっているとしたら、ハイレアには特定の条件下でのみ奇想天外に強いというカードが多い。つまり、条件達成を妨害し続けられれば、低レアデッキでも下剋上が可能なのだ。
それに特定の条件を満たすために、自分の気質とは正反対の戦略を強いられることもある。せっかく引いたハイレアを活かせず、泣く泣く手放すというのもよく聞く話だ。
まだ未確認のカードも多数あると方々で予想されている。確認されたカードの中ではこれが引けたら嬉しい、という妄想はかなりの枚数でこなしてきたが、どうせなら新しいレアカードが欲しいもんだ。贅沢を言えば。
と、ここまでチュートリアル報酬の優秀さを述べてきたが、他にも重要な用件がある。
チュートリアルでスターターデッキをもらわないとゲームが始められん。
僕は素振りをしながらチュートリアル会場へと向かった。はい、幻想級。はい、伝説級。ほいっ!
街にはカード協会というのがあって、ノル箱に求められる遊びの半分ぐらいがここからアクセス可能となっている。
フリーバトルのランダムマッチングも受け付けているし、カードパックの販売や不要なカードの売買、カードオークションも協会主催で執り行われている。もちろん
早速カード協会に入ると、人が集約されることを見越してか、受付の少なさとは逆に待合所は広さがあった。何なら車座になってお茶をしている人たちすら居る。一種のコミュニティになっているのかもしれない。大した不良も無いのに保険を元手にして病院へ集まる老人たちみたいだ。
受付はいくつかに分かれていて、それぞれが宙に明滅するホログラム看板で主張している。最大手はカード関係の窓口で、ここは少なからず並びができている。続いてフリーバトルの受付の数があり、ここは申請内容がほとんど定形だからかあっという間に人が掃けていく。
そして最も受付の数が少ないのがチュートリアルを含む案内窓口だった。虚空を眺める受付嬢が印象的である。僕と同様に今日から始めるプレイヤーで列を成しているかと思っていたが、行列が気配すらないのは予想外だ。もしかしたらかなり出遅れている可能性がある。
視えない物を虚空に感じている受付嬢は少しばかり怖いがそうも言っていられない。僕は受付に立った。
「チュートリアルを受けたいんだが、ここでいいか?」
「……あ、はい」
大丈夫か、こいつで。
不安を覚えさせられたところで、受付嬢の瞳に失われたハイライトが灯りだした。
虫を探すように彷徨う焦点が僕の視線とかち合い、ようやく彼女は自我を取り戻したかのようにブルブルと頭を振った。
「――失礼しました。チュートリアルの申請ですね?」
「ああ。お疲れのところ、悪いけど」
「いえ、ぼうっとして申し訳ありません。ただいまの時間ですと、定期の方はすでに始まってしまっているので、個別講義になりますがよろしいですか?」
「ううむ……」
僕は唸った。
チュートリアルが二種類あるのは知っている。定期的に開催される集団講義を学校の授業みたいに受けるやつと、そのスケジュールに合わない人向けにマンツーマンでみっちり叩き込まれるやつ。
予定では集団講義を受けるつもりでいた。
理由は端的に、所要時間が短いからだ。大多数を相手にし、何度も開催されるだけあって、内容はポイントを的確にまとめているともっぱらの評判。報酬目的なこともあり、短い方がありがたい。
個別講義は担当の講師と二人でやることになるので細かいところに手が届くのはいいが、かなりの部分が講師の裁量に任されており、当たった講師によってはめちゃくちゃに大変な労苦を課されるらしい。
一応、追加報酬が付くこともあるようだが、ゴールドパック以上の報酬でないなら集団がいいなあというのが本音だ。
「次の定期チュートリアルはいつ頃になるんだ?」
「実は大量の申込者が本日いらっしゃり、順番待ちになっているんですよね。それの処理が大変で……しばらくは毎日行う予定ですが、最短で……五日後になりますか」
「オーケー、分かった。すぐに受けられるなら個別指導で頼む」
そこはシステム的に処理してくれないのか。
さすがに五日も待ってられない。灰島とのバトル寸前まで何もできないことになってしまう。
チュートリアルを受けないという選択肢もあるにはある。スキップしたいプレイヤー向けに、この受付でスターターデッキをもらってゲームを始めることも可能だと聞いている。
だが、灰島は必ずチュートリアルを受けるであろうし、カード資産に致命的な差異が生まれる。
実質は選べない選択肢というやつだ。個別講義を受けざるを得ない。
受付嬢はにこりと微笑み、
「ではマッチングをいたしますので、プロフィールを頂戴できますか」
頷いて、僕はメニュー画面を開いた。一番上にあったプロフィールを見る。
名前と職業、素養に加えて自分で設定可能な称号の項目がある。二つ名の欄もあるが、称号とは別口なのか。今のところ、名前と素養しか埋まっていない。
そして見るからに安っぽい初期衣装に身を包んだアバターのバストアップ写真。
自分のことを詳しく知るため、というよりは自己紹介用の項目に見えた。編集もできるみたいだし、おそらくは正解だろう。
出力のコマンドがあったので試してみると、手のひらに収まる程度の胴縁の厚紙が現れた。古より伝わる名刺ってやつか?
「プロフィールカード、拝見しますね」
僕がそれを提示し、受け取った疲れ目の女性は一通り眺めてから、目元を揉んだ。切るようにプロフィールカードを振ると、ポリゴンが崩れて消えていった。
「あなたの――LSさんのプロフィールデータは登録いたしました。ただいま講師役をマッチングしますので、少々お待ちください」
「そういえば、どういう人が講師になるんだ?」
集団講義の方はカード協会にお勤めの方が持ち回りでやっているそうだが、個別講義についてはその辺りが事前調査では不明だった。
「クエストランクを上げたい協会員の方が多いですかね。元々は先達として後続に教えを授けるとのことで、希望の職業を目指す若者に指導するという形だったのですが、段々と教える側にメリットが感じられないと仰る方が増えてきて。協会員のランクを上げるために必要なクエストに設定して、細々となんとか続けているんですよ。やはり必要なことではありますし。最近ではノルニルの薫陶を授かった方も受けてくださるので助かります。……マッチングしましたね」
協会員……クエスト用に用意されたNPCかな?
受付嬢の言葉が終わると同時、眼前にポップアップ。
【
シャーマンの秘奥を知りたくば神秘の門を叩け。
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