ノルニルの世話をせよ! ~新作VRカードゲームを始めたら駄女神が集まりだした件~
近衛彼方
第1話 一年前のプロローグ
「おーい、苑田〜! ちょっと来いよ!」
窓の外から飛んできた大声に僕はうんざりしながら応えた。机に置きっぱなしの端末に向かって話しかける。
『なんだよ、灰島。あと恥ずかしいから家の外で大声はやめてくれ』
「すげぇんだよ! 絶対行かねえと後悔するから! 行くぞ苑田っ」
『分かった。分かんないけど行くから静かにして少し待っててくれ』
灰島にデリカシーの類を期待した僕が間違いだった。
恥ずかしいって感情をきっと産まれる時に落としてきた男だ。窓から見ると、今にも駆け出しかけないほど高速で足踏みしている。
僕は溜め息を吐いて、中学二年生最後の日を灰島と過ごすべくクローゼットを開けた。
珍しくも自転車ではなく電車に乗って向かったのは、東京都心の方角であった。
近所の公園か灰島の家、あるいは自転車で行けるニュータウンのショッピングセンターかと思っていた僕は、降りた駅を行き交う人の多さに面食らっていた。
「僕、こんなとこ初めて来るぞ」
「オレも! めっちゃ人いるな!」
「おい! 大丈夫なのかよ!?」
「平気だって、ナビもあるし」
灰島はそう言って改札を出ると、ホロホ――ホログラムユニットをイジり始めた。
前世代のスマートフォンに代わる携帯情報端末。その名残りでホロホなどと呼ばれているが、その性能差は歴然としている。
うちの母さんやお爺ちゃんはまだスマホを使っているけれど、考古学者などと揶揄する心ない人もいるぐらいだ。
灰島が左腕に装着したブレスレット型の子機にタッチすると、淡く光り始める。今は親機の認証を受けた灰島にしか見えないホロディスプレイが展開されているはずだ。
公共の場所では音声認識を使わない。学校から口うるさく注意されていることを守って、灰島は空中に人指し指を踊らせている。
しばし待つと、灰島の左上に道路標識みたいなポップアップアイコンが浮かび上がる。
「よし、行こうぜ!」
「走るのはやめろよ? ナビ使ってんだから」
一般的に使われているナビアプリであれば、道路上に矢印がホロ表示される形。使ったことがあるから知っているけれど、矢印を追うことに集中してしまって、周囲への注意が呆けがちなのがナビの難点だ。
灰島がナビ付きで走り出してしまえば、すぐさま誰かにぶつかってしまうことは分かりきっていた。
「だいじょーぶだって! ほら、みんなナビ使ってるしよ!」
「そういうことじゃないんだけど」
確かに都会のターミナルだけあって、地元と比べたらナビアイコンを浮かべている人は多い。
しかしながら人とぶつかるかどうかは別の話だ。
どこに飛んで行くか分からぬ灰島を抑えつつ、彼の後ろをついて歩くこと、少し。
人混みが外まで溢れているビルに辿り着く。
長大な並びとなっているソレに加わりながら、ようやく僕は用件を尋ねた。
「それで、これは何の並び?」
「知らないで来たのかよ!?」
灰島は大げさにのけぞって驚いてみせた。
「いや、僕は家でのんびりしていたところを灰島に連れ出されたんじゃないか」
「そうだっけ? 何も言わずに付いてくるから、俺はてっきり知ってるもんだと思ってた」
「そんなわけないだろ……それで、今日はここでどんなすごいことが起こるワケ?」
改めて尋ねると、灰島はうーんと口籠った。言いたくないとかではなく、口に出す言葉を悩んでいる。
「分かりやすく言うと、新作のバーチャル系ゲームの発表と試遊会だよ」
「ええ……。僕がアクション系苦手なのは知ってるだろ」
バーチャル系統の
完全没入すると自意識がバーチャルに引っ張られて現実での身動きが難しくなるので携帯するのは向かないが、自宅で例えばゲームをするなら何はなくともVRという時代だ。子供の僕らは法的に五感全部をバーチャル移行する完全没入は不可なのだが。
子供がやってもいい視覚、聴覚、触覚の三感没入だって捨てたもんではない。現実ではできない体験、空を飛んだり、魔法を使ったり、世界の危機を救ったり。ハリウッド女優みたいな女性と恋だって。それをリアリティのある臨場感抜群どころか、自分自身が体感できるのだから流行って当然だ。僕は古き良きコントローラを指先でカチャカチャするゲームの方が得意だけど。
VRゲームの難点として、自分自身がプレイヤーになることが多いので、かなりのジャンルで個人のスペック差が出ることを挙げられる。
つまりは運動神経に難を抱えている僕のような人間に楽しめるVRゲームは希少度が高い。なぜなら今のVRはアクションを伴うゲームが全盛期を迎えているからだ。
新作VRゲームの発表と聞いて心が踊らないのは、そういうネガティブな経験が根底にあった。
「大丈夫だって言ってんじゃん! むしろ苑田向けのゲームだと思うぜ」
灰島に曰く、運動音痴でも問題のないVRゲーム。
「一人プレイ用のゲームってこと?」
「や、対戦ゲーだから。オンラインだよ、MMO」
不特定多数が集まる
「全く想像もつかないんだけど……」
「まあまあ、見りゃ分かるって! ほら、アレだよ!」
灰島が指差したのは、列の先、頭上に掲げられた宣材巨大ホロポスター。
イメージキャラクターらしき、妙にトゲトゲした髪型の少年少女が向かい合って火花を散らしている。
二人の指先には特徴的な意匠の“カード”が構えられていた。
VRMMOトレーディングカードゲーム『
調べる限りでは北欧神話なんだかギリシア神話なんだか。ごっちゃになって分からない世界観が舞台のようだ。
ともかく運命の三女神が織った世界で、そこでは表題の『ノルニルの箱庭』と呼ばれるカードを用いたゲームが生活の糧、日頃の娯楽から決闘に政治まで、あらゆる活動に関わってくるというカードゲーム至上主義社会へと降り立つことになる。
とはいえ、その辺りは今のところ、ただのフレーバー要素らしい。後々は不明だが、国家の闇に巻き込まれるようなことはなさそうだ。
プレイヤーができるのは、他のプレイヤーと対戦すること、それから『カードハント』を目的としたダンジョンの冒険。全く新しい
もっとも肝心のカードゲーム部分が面白くなければ、この先のアップデートも捕らぬ狸の皮算用というやつではあるが――。
「なあ、灰島」
「どうした、苑田」
「このゲームっていつ発売だっけ」
「今月末……ゴールデンウィークに入る直前だな。やる気になったか!?」
「ああ、いや、これ……めちゃくちゃ面白そうじゃないか?」
そうなのだ。このカードゲーム、僕の目にはパッと見て面白そうに感じられるのだ。
現実におけるTCGシーンに新規参入するのはかなり難しいが、VRTCGとしては初のタイトルだ。上手くいけば、このまま覇権を取りかねないポテンシャルを秘めている。
灰島も瞳を煌めかせ、コクコクと頷く。
「だろォ!? 今日来て良かっただろ!?」
「それは本当にそう。マジでありがと、めっちゃ楽しみになってきた!」
「へっへへ……、始まったらとりあえず対戦してみよーぜ!」
募る期待感にウキウキの僕たち。
そして発表会場でもらったパンフレットの片隅に記載されたレーティングマークで絶望した。
レーティングHo5。ホロファイブ。
心身の健全な成長を損ねるとして子供に禁じられた完全没入が必須。
解禁されるのは僕らが十五歳になってから次の四月一日。
つまりは丸一年、高校生になるまでプレイできないことが判明した。
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