第103話 吹き抜ける先輩風

 三十階層ではついに敵の行動力が10にまで伸びた大ボスとのご対面となった。

 このタイミングで出現数が一枚になり、出てくる敵の威圧感が目に見えて増した。


「敵もレベルアップしてきたな……!」


 扉の前にいるのは、なんとか抱えられるくらいの大きさをした鳥。

 羽毛は黒く、ただしその中に白い模様が点在し、まるで星空のよう。

 つぶらな眼が愛らしく、鋭い嘴は命を啄むカタチをしていた。嘴が鋭すぎて光を反射している。敵として一番重要なところはバッチリ凶悪であった。


「【ミニスタークロウ】。戦闘力と生命力は計3200。行動力10は脅威」


 リッカが情報を確認して呟く。

 扉を開けても待機所から出なければ、交戦範囲に囚われることはないと分かったので、内部に入る前に情報をチェックするように改善した。


「大統領って感じの顔じゃないが、普通に【暁の星アズールステラ】だと敗けるなあ……」


 【暁の星アズールステラ】自身の強化は五倍を最後に止めている。これ以上の強化はコストパフォーマンスが悪い。六倍になるには、十六回もの特殊能力使用が必要になるのだ。


 使わないのももったいないので、マスの空いたリッカに『おともだち』としてコントロールを明け渡した妖精を強化して、防御の足しにしていた。それも二十五階層の一斉攻撃で破砕されてしまったけれど。


 今思えば、特殊能力の範囲攻撃がマス全体でなくて良かった。

 おそらくはランダムな対象に飛んで行き、隣接マスの対象にもダメージを与える、みたいな効果だったのだろう。プレイヤー防御で受けられるのはありがたい。

 というよりは、攻撃系特殊能力のほとんどはプレイヤーが受けられるのかもしれない。明確な神秘との差分はそこか?


 【フラワリィ】も手札に引いてきている。捨て札に神秘は十分以上溜められている。


 それでも、ここまで出陣を我慢したのは、特殊能力の全ブッパに対して二枚以上のカードを護りきれないと判断したからだ。


 特殊能力は【フレンドラゴン】の『ドラゴンブレス』みたいに対象の戦闘力で減衰計算の発生するものが多数ある。しかし、もっとも厄介だと思うのは『固定値』ダメージを与える特殊能力である。


 その性質上、数値は高くならないけれども確実にダメージを重ねてくる。

 たとえ300ダメージだとしても、外部強化が無い【暁の星アズールステラ】なら五回でやられてしまう。【フレンドラゴン】でも二十枚から固定値攻撃を受けたらやられてしまうのだ。


 一回一回は小さいが、けして油断できない能力だ。

 【フラワリィ】を温存したのは固定値を懸念したからでもある。強化が進むまで、【フラワリィ】の生命力は羽虫も同然、すぐに殺虫剤でやられる可能性があった。


 とはいえ、敵の初手特殊能力全ブッパ戦法はある意味では助かったとも言える。


 強力な攻撃系の特殊能力は、行動力を多用するものが多い。特殊能力の行使と引き換えに、通常攻撃の圧力が減るということだ。

 単体で強いカードを手配できているのであれば、枚数をかけた行動力の飽和攻撃が、最もシンプルな手法だけに対処が難しい。それを初手で捨ててくれるのはかなりありがたかった。


 どちらがマシかという話であって、特殊能力ブッパも痛すぎは痛すぎだ。


「ミニスター、じゃなくてミニ・スターじゃないかしら」


 僕の感想に対してそんな指摘を入れたのはフルナだ。新たにサーヴァントを出陣させながら、【ミニスタークロウ】を観察している。


「ホシガラスでしょう、アレは。英名はスタークロウじゃなかったと思うけれど」

「ふーん……『公使鴉』じゃなくて『小さな星鴉』ってこと?」

「イベントの名前からしても、まあ、そうでしょうね」


 ミニスターは大統領ですらなかったらしい。そういえば連休明けに英語の小テストがあるとか言ってたな……。勉強しておこう。


「ともかく、ようやく『星灯舞踏会スターライトオリンピア敵の出番ってワケだ。ここからが本番かもな。がんばっていこう」

「本番前にチームはボロボロ」


 リッカがやる気に水を差す。

 そんなのは始める前から分かっていただろうに。


 現状、まともにサーヴァントを出して戦えているのは僕とリッカだけだ。申し訳ないが、イクハとフルナは戦力外通告を出されており、毎階層一枚ずつサーヴァントを出しては肉壁として消費しプシュケーが減る速度を落とす行動に終始している。


 そして僕とリッカにしても、戦力として数えられるのは【フレンドラゴン】だけになりつつある。

 外部強化無しの【暁の星アズールステラ】が戦場に置いていかれそうになっていた。


 正直なところを話せば、僕のデッキはダンジョン用に組み上げたものではない。ダンジョンアイテムを追加しただけの、先日の大会で使った対戦用デッキだ。

 自陣の9マスを使う前提のデッキをそのまま持ってくるのは止めておけばよかったと今更ながら強く実感している。


 【フラワリィ】が居る関係もあり、必要神秘力が少なくなりがちな単体強化バフ神秘ミスティックを全く入れていない。僕が必要性を感じていなかったのだけれども……勉強になった、一枚くらいはプレイヤー始動で基礎能力を底上げするカードを入れるか考慮しよう。


「……そろそろ出陣のさせ時だな。僕はここで【フラワリィ】を出しておこう。手札が多すぎて怖いのもある」


 リッカに続いて僕も山札は無くなっている。

 すでに山札を引き切って、手札が山を作っている。


 普通に考えたら、最大枚数の百枚フルデッキでも、この巨塔のレギュレーションだと最後までたどり着く前にカードは引き切る計算になる。十中八九仕込んでいるドロー供給源ソースを計算にいれるなら、かなり早い段階で山札は無くなる。


 カードゲームプレイヤーにとって、手札は何枚あっても嬉しいもの。だが多ければ多いほど、不安に襲われるものなのだ。


 得体の知れない僕の第六感が囁いている。

 【フラワリィ】はここで出しておくべきだと。


「大会決勝では出番のなかった【フラワリィ】にトラブルを討伐ハントしていただこうか。出陣……【トラブルハンター・フラワリィ】!」


 金色の光から飛び出した【フラワリィ】が、


「…………」


 いつもの前口上をせず、くるりと一回転してから腕を組んでふんぞり返り、【暁の星アズールステラ】に視線を向ける。

 【暁の星アズールステラ】は明らかに「うげっ」って顔をして、珍しくも僕の背中側に移動した。


「……【フラワリィ】、何か変なものでも拾い食いしたのか?」

「そのへんのペットとか分別のない子供みたいな扱いをされてるっ!?」


 あまりにも様子の違う【フラワリィ】が心配になって問いかけると、ガーンと打ちひしがれていた。よかった、いつも通りだ。


「名乗り口上をやらないから調子が悪いのかと思って」

「これは挨拶を待ってあげているんですぅー」

「挨拶?」


 【フラワリィ】は厳かに頷いた。


「新入りが先輩に挨拶もせず、大舞台で大活躍したとお聞きしまして? まあ? フラワリィさんは心が広いので? 後輩の態度次第では? 快く褒めてあげようかと思いまして?」

「めちゃくちゃ根に持ってる……」

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