第102話 インフレーション・タワー

 十何階層も役立たずであった負い目もあってか、【フレンドラゴン】はリッカが憑依しているのではないかと思ってしまうくらいの暴れっぷりを披露した。恐るべきは【レギオンフレンズ】の強化率よ。


 『夢想懐く結束人形レギオンフレンズ』は最低三枚、最大五枚のフィールドにある『おともだち』を合体させて、一枚の強力な『おともだち集合体』……【レギオンフレンズ】を作成する特殊能力だ。

 【レギオンフレンズ】の基礎能力は合体に使用されるカードのレアリティと枚数に左右される。


 最低レアリティの世間話ゴシップ級を500点として、そこからレアリティが一段上がるごとに500点追加されていく。

 世間話ゴシップ級四枚と民話フォークロア級一枚で製造された【レギオンフレンズ】の戦闘力は2000プラス1000の計3000。合体サーヴァントにさらなる強化をもたらす【古竜の血】で倍となって、戦闘力・生命力共に6000のバケモノが完成する。


「いやー……、僕もよくあんなのに勝ったな」

「怪獣に蹂躙される映画ってこんな感じよね」

「パニック映画というには絵面がかわいすぎる……」


 【イナカミノタウロス】も図体で言えば、縦も横も僕らの倍近い健体だ。


 しかしながら今回の【フレンドラゴン】は、それのさらに倍近い体高を持っていた。いくら丸みがかったぬいぐるみとはいえ、間近で見上げると迫力がすごい。


 僕が対面した【フレンドラゴン】と比較してもかなりデカい。【古竜】の素になるカードの差がここまでデカいとは。基礎能力的には1000点しか変わらないのだが。少し離れて見学している分にはかわいらしい光景であることに遠近法の偉大さを知る。


 大きく息を吸い込んだ【フレンドラゴン】が『ドラゴンブレス』を噴きつける。

 水に棲む生態が素になっているからか、今回のブレスは毒ではなく水。『青泡龍の息吹バブルストリームブラスター』が火を噴いた。比喩。


 ナノ、あるいはミクロン単位の細かい泡で構成された青い閃光。


 汚い腰ミノを洗い流し、一瞬にして【イナカミノタウロス】の生命力をも削り取る。

 バブルシャワーで一掃した後にはポリゴンの欠片すら残っていない。


「倒した!」

「よくできました」


 くるりと振り返り、腰に手を当てて言うリッカに、おざなりな拍手を贈る。


 戦闘力2000にも満たない相手では、残念ながら【フレンドラゴン】の餌となるのみ。

 懸念は割り込みによる連続攻撃。【フレンドラゴン】も行動力は6しかないので、二枚の敵から全攻撃フルアタックを喰らうと、いかな【フレンドラゴン】と言えどやられてしまう。数は力なり。


 ……ちょっと感覚が麻痺している気がする。


 協会の上位ショップが解放される『五つ星』。彼らがよく使うメインアタッカーを最大強化した戦闘力の数値がおよそ4000だという基準から考えれば、6000は異常値に当たる。行動力の6も当然ながら異常値だ。通常は強化できても4が限度だろう。


 脳筋オールファイターで構成されているデッキも珍しくないし、特殊能力や神秘で強化できてもマスの位置など噛み合いが良くないと理論値は出せない。


 ダンジョンの場合は横一列のマスしかないから、仮に支援系サーヴァントを置いても無理やり戦闘に引っ張り出されることもネックだ。


 単体で強力なカードを用意できていないのならば、敵の行動力6は相当に厄介だ。理論値4000を叩き出せているのならなんとでもなるだろうが、そうでないのならじわじわと損耗を強いられるのは想像に難くない。


 【フレンドラゴン】の理想は僕から叙事詩エピック民話フォークロアを残りの三人から一枚ずつ供出して、10000という夢の五桁数値。そこまでやると僕は某妖精から文句を言われるし、二人のキーカードを奪うことにもなるから妥協の6000点なのだ。準備に時間が掛かるだけあって、基礎能力が段違い。


 リッカを倒すにはやはり【フレンドラゴン】を出させる前、『おともだち』を用意させないのが最も楽な手段だな。次までには対処されていそう。


「ようやく四人体制が整った。サクサク行こうか」


 思ったよりも時間が押している。

 明日も休みだが、こちとら徹夜をするつもりはないんだ。




 僕らは【暁の星アズールステラ】と【フレンドラゴン】の二大旗頭を先頭に、鎧袖一触、巨塔を駆け上っていく。


 二十階層では想定通りに、十九階層で出てきた【ダブルスコーピオン】が増量して出現した。猛毒を持つ尾が二又になった恐ろしいサソリだ。親玉の【ビッグダブルスコーピオン】という安易な名前の大ボスが率いてやってきた。イベントダンジョンのくせに関係のなさそうなボスばかりだな?


 強化ボーナスは生命力ライフガードにプラス400点。合計で生命力は500点も増えたことになるが、【フレンドラゴン】の前には誤差のようなものだ。

 サソリたちはドラゴンぐるみに丸呑みされて終わった。早い。


 そこからは状態異常系統のゾーンに入ったらしく、毒蛙、蛇と続き、最高記録階層の二十三階層では巨大な蜘蛛が五枚ほどの群れで現れた。


 毒々しい色合いが目に痛く、見ているだけで生命力が削られていくようであった。あまりのリアルな質感に女性陣が気持ち悪がりながら、しかし戦えないとは言い出さなかったのが救いだ。


 むしろ逆に殲滅速度の上がった状態異常ゾーンを超え、二十五階層では単体……ではなく大量のヤバい敵が守護者として立ちはだかっていた。


 その敵はサルの姿をして、片手に本を持っている。賢者の様相。


 交戦範囲エンゲージゾーンがはちゃめちゃに広く、待機所から内部に入ったと同時に四人全員が捕捉される。別々の敵にそれぞれが交戦エンゲージされた。敵側の『交戦連携エンゲージコネクト』!


 都合、九枚の敵から四人に分散して、おそらくは特殊能力による神秘ミスティック攻撃……火炎球ファイアボールが全域に降り注ぐ。不意を突く範囲攻撃に苦しみあえぐ声が聞こえた。


「っぶな……!」


 防御時にのみ使える神秘ミスティック、【交替要請フェアリィトレード】を積み込んだ二枚全て使用し、ダメージを山札に眠る妖精に肩代わりさせ【暁の星アズールステラ】だけは護りきる。


 神秘力を貯蓄してくれた【泉の精】に感謝。彼女は今の範囲攻撃で消し飛んでしまった……。いや、この防御カードは神秘力を使用しないんだった。遺してくれた神秘力は無駄にしないようにするからな!


 僕と同様、【フレンドラゴン】と【シャルロッテ】だけはなんとしてでも護ったリッカと逆襲に転じる。

 特殊能力の使用で行動力を全損したらしく、サルの追撃はなかった。


「ダンジョンでまでプレイヤー防御ガードさせないで……!」


 リッカは不意を打たれたのとは別の恨みがあるようで、御大自らサルに蹴りを入れていた。ダメージ入ってないのに。


 不本意ながらマスが空いてしまったので、【ラビッツオーケストラ】を手札から出陣させておく。すぐにやられてしまうであろうが、この手番だけは有効に使い切れる。


 基礎戦闘力バトルポイント300が【ラビッツオーケストラ】で二倍の600、そこに自身の五倍まで伸ばした『暁の星アズールステラ』が掛かって3000!


 十回行動の3000点妖精と、六回行動の12000点ドラゴンがサル共を殲滅した。【フレンドラゴン】にもオーケストラ効いてる……。


「そういえば、こいつら何て名前の相手だった?」

「え? 視てない」

「それどころじゃなかったよ……」

「私たちは全滅だものね……」


 焦っていたせいで相手の情報プロパティはおろか、階層侵入時に出てくるシステムメッセージも見逃していた。


 イクハとフルナはマスに展開していたサーヴァントを初手の総攻撃で全て失ってしまっている。

 ついに特殊能力で直接ブン殴ってくる敵が現れるに至り、彼女たちは手持ちのサーヴァントで戦線を賄えなくなりつつあった。


 僕も防御神秘ミスティックを切ってしまったぐらいだ。戦闘力に劣り、カードの質が揃わぬ二人には厳しい。


 それを言うなら僕とリッカも全体的には、この階層のレベルには不適だ。

 僕らはそれぞれ一枚の突出したカードの力だけでここに立つ資格を得ている。


 真綿で首を締めるように、資格の有無をふるいにかけられている。


「舞踏会とやらに参加するには、随分と大変な資格を要求されるんだな」

「仮にも王家の象徴を謳うのなら」

「それは……厳しくて当然ね?」

「ガラスの靴とドレスだけで参加させてほしいよ……」

「頼むから馬車も用意してくれ。……ようやく半分か」


 まだ半分なのに、すでにプレイヤーが身を粉にして働いている。

 プシュケーはわずかに20点。一階層に1点ずつ消費する計算でも全く足りない。


「限りあるリソースだけど吐かざるを得ない。確実に登っていくとしよう」

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