第185話 音楽性の違いに近しいそれ

 せっかく顔見知りでプレイしているのだから、と週に一回、月曜日の夜に集会を開いている。


 集まれるメンツで集まってカードの交換をしたり、要望があれば対戦や指導をしたり。

 どちらかと言えば、僕らに利があるものではなくて、カードを始めたばかりの四人に対する初心者講習の度合いが強かった。


 ゆえにアッシュから次の意見が出るのは当然とも言える。


「そんじゃあ、さしあたって『騎士の試し』大会……KoTだったか? そいつが終わるまでは各々頑張ろう、ってことで」

「ToKだな。トライアウト・オブ・ナイツでToK」

「おっと、逆か。まあ、そういうことで」


 言うだけ言って、来たばかりの集会から去ろうとするアッシュ。


 僕に異論はない。リッカにも異論がない。


 瞬く間にこの集まりにおけるトップスリーで合意が取られた。それに嘴を入れたのはやかましさでは一目置かれる鈴木である。


「ちょいちょいちょい! ちょいと待てい!?」

「ん?」

「こういう時はグループで頑張るもんなんじゃねーのか!?」

「そーだ、そーだ! 七人全員で全国大会を目指すシーンだろ!?」


 佐藤も参加して一致団結して頑張ろうなどと寝ぼけたことを言い始めた。


 アッシュは頭をボリボリと掻いて、


「あー……。別にお前らが団結する分にはいいんじゃねぇの? オレは一人でやるが」

「なっ! 協調性がないぞ、協調性が!」

「協調性の問題じゃないからなあ」


 口論には僕も参加する。

 今のうちに参加しておかないと、後で面倒くさそうだ。


 イクハが首を傾げて尋ねる。


「週に一回集まるのもしばらく無しになっちゃうんでしょ? そこまでする必要があるの?」

「ある」


 リッカも一言で参戦してきた。


 教師役をしていた三人が揃って賛成していることに言葉を詰まらせる佐藤と鈴木。


「別にこの集まりが嫌なワケじゃねー。だからToKが終わったら、またやろうぜ」

「そのToKを勝ち上がるのが大事なんだろーが!」

「知ってんよ。だから集まりには参加しない、って言ってんだよ」

「一人でやるより、大人数で協力した方が有利だろ!? 俺らもお前が使えそうなカードあったら譲ったりするしよ、一緒にがんばろーぜ!」


 それは一般的なオンラインゲームの話だろう。


 人数を掛けた集合知や物量は、とても一人では実現できない攻略法であることは確か。多人数を動員することでカード集約や相手の情報など、本大会に向けて有利に動ける要素を拾える可能性はある。


 だが、その案には決定的な欠陥がある。


「ハッ! おいおい、スズキング。忘れたのか?」


 アッシュは鈴木の提案を鼻で笑って一蹴した。


「オレが倒したいのはそのへんの有象無象じゃねーんだ。わざわざ手の内を晒してやれるほど、オレに余裕なんてないんだよ……!」

「……あっ」


 そう――日頃つるんではいるが、アッシュの宿敵はこの僕LSなのだ。

 対戦相手が中身のいないモンスターではなく、意志のある人間とのタイマンであることを考慮していない提案だった。


 僕に勝つための一手を、僕が知ってしまっては興が冷める。


 アッシュは僕を、僕はアッシュに宛てて新たなサプライズを用意する準備期間というワケだ。


 万全を期すためにも僕から離れるというのは今までもずっと行われてきた。今回は少しばかり期間が長いけれど、いつものことだ。


 さらに、もう一人。


「そもそも、全員で勝ち上がろうという考えが、相手を舐めている。優勝者ラストスタンドはたった一人。ここにいる六人全員を倒して、あたしがそれになる。――そう思っているなら対戦相手の手札を覗き込むようなことは言えない」


 目を細めてリッカが言った。


 仮に全員が協力して『六つ星』になり出場権を得たとして……大会で当たったとしたら、とても辛いことになる。


 お互いのデッキを知り尽くしているがゆえに、勝ち上がりたければその弱点を突くのは当然だろう。

 本来、対戦相手には何の情報も与えられずに戦いを開始するもの。戦う前から弱点を明確に見切られていることを“アンフェア”だと、一瞬でも感じてしまえばその対戦から先は地獄と化す。


 リッカはあくまでも“フェア”な立場で戦うと言っている。


「アッシュとリッカが不参加なら、僕は参加しても構わないけどね。僕もデッキの調整できるし、時間あれば対戦してもいい」


 二人の意見を受けて、僕はみんなにそう言った。

 佐藤と鈴木がグッとガッツポーズ。息が合ってるなあ。


「おおっ、マジか!」

「リッカたんまでああ言うからダメかと思った!」

「私もしばらく不参加ということにしておいて」


 不意に混じりこんだ台詞に、場の空気が一瞬硬直した。


 言葉を発したのは静かに佇んでいたフルナ。

 端正な輪郭の端々に、ビリビリとしたイラつきを纏っている。


 どうやら僕の真意を掴んだらしい。


「フルナたん!?」

「たんはやめろと……ああ、もう」


 気の抜ける呼び声に頭を抱えるフルナ。彼女にやはりイクハが尋ねる。


「フッさんはなんで?」

「なんでも何も……私のゲームプレイヤーとしての血が、負けっぱなしを許せないだけ。こんな舐めたこと言われて……! 絶対、私の足裏舐めさせる!!!」

「怖いなあ」


 僕はフルナの言に対し、肩を竦めるだけに留めた。


「舐めたこと?」

「だって、そうじゃない! あの二人は良くなくて、私たち四人の相手はする……手の内を知られたところで全く問題ないほど弱いと思われてるのよ!」

「それは……」


 事実、その通りなのだから仕方がない。

 アッシュとリッカに塩を送るような真似はできないが、初心者カルテットならば何の問題もない。


「エルスくんの余裕をぶっ飛ばすぐらいの成長をして、びっくりさせるのは?」

「一から十までおんぶにだっこで勝ったとしても、それって本当に勝ったと言えるのかしら。基礎を身に付けた以上、ここからは個人の努力次第。私の努力がドットも入っていない状態で勝つなんて、私のプライドが許さない」

「いいね」


 僕は素直に感想を述べた。

 もしかしたら、また怒らせてしまうかもしれないけれど。


「強い挑戦者チャレンジャーは望むところだ。強い人を倒して勝つのが一番楽しいから」

「余裕見せてるのも今のうちだから」

「大会で戦えるのを心待ちにしておくよ、フルナ」


 ふん、と鼻息も荒く、フルナはアッシュを押しのけて集会所を出ていった。


「おお……ヤル気すげぇなあ。オレも負けてらんねぇ。じゃな」


 アッシュも後を追うようにして出ていき。


「エルス、また決勝で会おう。今度は勝つから」

「途中で敗けないように頑張るよ。リッカも僕と当たるまで敗けるなよ」


 お互いを激励してリッカを送り出す。


 それから残った三人に訊いた。


「ええと……対戦会でもやる?」


 佐藤と鈴木は顔を見合わせて、鈴木が代表して答えた。


「……解散で」


 みんなそれぞれで頑張ろう、ということになった。

 カード大会は個人戦なのでね。一緒に頑張るのはチーム戦の時に取っておこう。

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