第184話 夏、熱波の予感

 『ノルニルの箱庭』におけるプレイヤーの上下関係を定める絶対の基準。

 それがカード協会で常に参加可能な『ランクマッチ』による所属レートである。


 星の数で表されるレートは、星の数が多いほど勝利を重ねてきたプレイヤーの証となり、四半期シーズン毎にリセットされる。


 とは言っても全くの無となるわけではなく、前期の成績がプロフィールに記載されるし、それに伴って獲得した星の数が累積していく。サービス開始から一年が経った今、二十八個もの累積星があるのなら、常に『七つ星』を獲得してきたトッププレイヤーということになる。


 ――僕が優勝を目指すことになってしまっている『騎士の試しトライアウト・オブ・ナイツ』の出場条件が公表された。


 僕らプレイヤーに求められる条件は、ランクマッチにおける次シーズンのレーティング『六つ星』以上に名前を連ねていること。


 つまり……千、飛んで七人。プラスNPC。人数限定の大会となる。


 ランクマッチは『五つ星』未満と以上で仕様が変わる。

 『五つ星』がいくつかの機能解放条件になっているためか、ここまでは勝利を重ねていけば無条件で上がっていける。


 ポイント制と言えばいいのか。勝ち敗けで増減するポイントを規定の数値まで持っていければ、次のレーティング帯に昇格できる形だ。


 しかし、『五つ星』から『六つ星』へと昇格するためには、ただ勝利してポイントを集めるだけでは足りない。難易度が跳ね上がる。


 『六つ星』と最高レートの『七つ星』には、人数制限が設けられているのだ。

 『六つ星』は最大で千人、『七つ星』はわずかに七人。


 日本の全プレイヤーの中から、1%以下の人数しか辿り着けない最高峰。それが『六つ星』と『七つ星』なのである。


 彼らは千と七人だけの独立した蠱毒なリーグで常に対戦と研究を続け、最先端を征く。


 『五つ星』から『六つ星』に昇格するための具体的なルートとしては、まず規定ポイントを達成するのはそれまでと同じだ。

 そこまで行くと、便宜的に『五つ星+』と呼ばれる状態に移行する。


 これは『六つ星』への挑戦権を持つ状態だ。ここに至ってようやく『六つ星』とのマッチングが実現する。

 『六つ星』の中でも勝率……最もランキングの低い百人が『六つ星-』と定義され、『五つ星+』との対戦を要求される。


 『五つ星+』は三敗するまでに五勝を得ると昇格する形だ。五勝する前に三敗したら、ポイントが激減して挑戦権を入手するところからやり直しとなる。


 逆に『六つ星-』は累計で『五つ星+』に三敗すると降格する。

 ゆえに『六つ星』で居続けるためには勝利を重ねて、ランキング下位の百人に含まれないことが重要だ。刻まれた一敗は『五つ星』に降格するか、『七つ星』に上がらなければ消すことができないのだから。


 こう考えると、『六つ星』以上に毎シーズン常駐しているプレイヤーがどれほど強いか、計り知れるというものだ。


 他のカードゲームで生計を立てていたプロプレイヤーであったり、大会常連、玄人はだしのパフォーマーなど、様々な猛者が鎬を削るのが、この、『六つ星』以上が参加する『星霜圏スターリングリーグ』である。

 このリーグでランキング上位であるならば、雑に対戦を配信しているだけでもちょっとした金銭を得られる程度には需要と尊敬を集められるだろう。


 さて、最も楽に『六つ星』になる手段を考察する。

 さほど考える必要もなく端的に、明確に存在する答えが浮かぶ。


 それはシーズン開始直後、新シーズンが始まった一秒後からランクマッチで対戦を重ね、まっさらとなった『星霜圏スターリングリーグ』に乗り込む。

 一番楽な手段は間違いなくコレだ。


 何しろレーティングリセットされた直後は、本来であれば昇格の道を阻むガーディアン『六つ星-』も『一つ星』からスタートとなっているので素通りが可能。


 最初の千七人は無条件で『六つ星』以上になれる。


 もちろん『五つ星』でくすぶっているプレイヤーたちも、『六つ星』にさっさと戻りたいプレイヤーもがスタートダッシュを狙っている。僕のように学校がある学生、働かなければならない社会人等、別の生活があるプレイヤーにとっては難しい。


 サービスの開始から一年が経ち、現在のノル箱におけるボリュームゾーンは『五つ星』へと移行しつつある。

 そして『五つ星』に所属する大半のプレイヤーは『六つ星』に昇格したことはない。


 『五つ星』の中でも、『六つ星』経験者とその他、という区分けがなされつつあり、『五つ星』経験の少ないプレイヤーは鴨と見られ始めていた。『六つ星』から降格しても鴨からポイントを吸い上げて、再び『六つ星』へとチャレンジする。


 環境の固定化。


 『星霜圏スターリングリーグ』を体験した者だけがぐるぐると循環するような、大きな動きのない環境となってしまっている。


 誰もが上に行きたいのだからそれ自体を悪と断ずることはできないが、新規の流入がないのは悪循環だ。

 新鮮な水と空気の入らない湖は、いずれ濁り、腐ってしまうだろう。


 初の大型アップデートで追加されたカード、プリズムカードパックの実装によるハイレアリティカード所持者の増加。


 未だ戻らぬ第一王女に破壊された『七つ星』の欠落。


 過去最大に激変する環境で、新シーズンでは新たなプレイヤーの台頭が期待されている。

 特に次回シーズンでは『六つ星』になれば、『騎士の試し』大会の出場権を得られ。『騎士の試し』大会を優勝すれば、ノル箱全国大会への出場が大きく近付く。


 誰もが、新星となるのは自分だと信じて疑わず、次なる戦いのために牙を研ぎ始めるのを感じていた。

 熱い夏が始まる。

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