第186話 エンジョイは人それぞれ
みんなそれぞれで頑張ろう、ということになったはずだが。
「君は何を?」
「エルスくんを独り占め?」
カードストレージを眺めてデッキを考えている僕の、耳たぶを摘まんでいるイクハが答えた。
痛みとかは無いから別にいくらでも摘まんでもらって構わないが、絶妙に集中できない力加減だ。
「準備期間に入ったワケだけど、イクハはもう準備万端ってコトか?」
「え、そんな全然」
イクハは朗らかに笑って言う。
「わたしはみんなと違って、そこまで貪欲になれないかなー、って。勝てたら嬉しいけど、それよりみんなと遊びたいんだ」
「なるほどね。イクハはエンジョイ勢なのか」
「エンジョイ勢?」
「どういうプレイヤーかっていう、タイプ分類の一つだよ」
主にはガチとエンジョイの二極で分けられる分類だ。
どちらが優れているとかいう話ではないのだが、対立関係になりやすいのもこの二派閥である。
「ガチ勢が勝利とか結果、データを重要視するタイプだとしたら、エンジョイ勢はその過程、対戦してて楽しかったかとか感情を重視するタイプだね。ノル箱みたいに1on1の対戦方式だとあんまり問題にならないけど、3on3とか複数人数制のランダムマッチングだと結構荒れる」
「へー、そうなんだ。どっちも大事だと思うけどなあ」
「結果を重視するガチ勢の方が、ストイックにゲームを研究しがちだから。敗けた時も味方のエンジョイ勢が「敗けちゃったけど楽しかった」って言うのを見てるとイライラしちゃうんじゃないかな」
「気持ちに余裕がないのかな」
「一敗が付くと勝率下がっちゃうからさ。イクハも小テストでずっと100点だったのに、一度でも99点を取ったら、良い点数だけど残念に思わない?」
「ケアレスミスならやっちゃったなー、とは思うけど」
例えるのが下手くそだが、他に思いつかなかったのでしょうがない。
「んーと……、ガチ勢の中には自分ができるから、それ以上のことを味方に要求する人がいる。で、ダメだとすごい貶す。そこが起点になって、思想対立になりがちなんだ」
「それは貶す人が悪いんじゃない?」
「貶されるほど下手なのが悪い、って考える人も少なからずいたりするんだな、これが」
僕にはあまり理解できない考えだけど。
敵のプレイ精度を煽るのは戦術的な利点を考えてのことだが、まともな思考を持っていれば味方のプレイをこき下ろすのはパフォーマンスを落とす利敵行為だと気付きそうなものだ。
瞬間的に怒って発散することで冷静さを維持する行為だとしても、コストパフォーマンスは悪いだろう。
味方と連携しなければ勝てないゲームで、そのように連携を乱す行為を連発するプレイヤーは、いくらプレイ精度が高くても『ゲームが上手い』とは言えない。
対戦が終了した後でSNSとかで晒す人もいるが、その対象がよほどヘイトを買ってる相手でなければ晒した本人の悪印象を植え付けるだけになる。
ご利用は計画的に。
「まあ、ノル箱だと1on1だし、カードゲームだしでそういう人はあんましいないはずだよ。僕も気持ち的にはエンジョイ勢に近いし」
でなければ気持ちの良い台詞を言うためのプレイングなんかしないだろうな。
「じゃあ、わたしとエルスくん以外はみんなガチ勢になるの?」
「どうだろうなー。リッカも昔はガチ勢だったけど、今はエンジョイ勢に近いんじゃないか?」
環境を無視した好きなカードを入れるファンデッキで大会に出てくる以上は、やはりガチよりもエンジョイ勢に近い。
それでも勝てるデッキに仕上げてくるからこそ一目置かれていたのだし。
そもそもノル箱はカード入手の難易度からして、プレイヤー全員がエンジョイ勢に近い。
全カードから導き出した理想的なデッキ構成を組むことは不可能だからな。
「なら、みんなで一緒に遊んだ方が楽しいと思うのになー」
「楽しみ方にも種類があるってこと。アッシュとリッカは、新しく秘密兵器を携えて、本番でお披露目したいタイプなんだよ」
初見のカードをブチ込むのが一番勝率高いと見込んでいるからだろうが。
「えぇー? じゃあフッさんとか、おさとうさんとかは?」
「佐藤と鈴木はどこからどう見てもエンジョイ勢だな。割と問題に巻き込まれるタイプの」
「それは分かるかも」
「フルナはガチ勢寄りのマインドかな? 元々、対戦系のゲームに親しんでたからか、勝ち敗けの価値を高く設定してるよな」
FPSの先頭を目指すようなプレイヤーがガチでないとは考えにくい。僕と対戦して敗ける度にすごい悔しがるし。
どんなゲームでも対戦という自分以外の意思が加わると、運とかいう目に見えない不確かな要素に左右される。
カードゲームもかなり運に左右される部類のゲームだけど、フルナはキチッと運とミスを切り分けて、ミスを起こしたことを悔しがっていた。
あの様子なら今度の大会ではものすごく成長した姿を見せてくれるのではなかろうか。
「楽しみだな……」
「そう?」
「ああ、だってみんな僕を倒すためにとっておきのとっておきを用意して遊びに来てくれるんだぞ? それをブッ倒すのが今から楽しみすぎる」
「わたしは残念かも。せっかく仲良くなってきたのに遊べなくなるのは」
「ノル箱以外のことで遊べばいいんじゃないか? それに……」
僕が言葉を詰まらせると、イクハは不思議そうに尋ねた。
「それに?」
「夏休み前には魔の期末試験が待っている……! イクハの望みはそこで叶えられるだろうな」
「き、期末試験……うぅっ……」
地獄の中間試験を思い出したのか、見るからにイクハのテンションが落ちた。
振り返る度に、人間はきちんと睡眠を取らねばならない、という事実を思い出す。寝不足による集中力や認識力の低下が大事故を引き起こすのだ。
今回もリッカとフルナに教師役をお願いしたいところだが、今回はリッカも大学の試験があるだろうし、フルナがどこまでガッチリ線引きするのかは分かっていない。
「そ、それはともかく……エルスくんはわたしと遊んでくれるんだよね」
「僕も色々と準備はしたいから、事前に連絡をもらえるか、予定が空いてれば」
彼女を優先しろ、という言葉が聞こえてくる気がしないでもないが、家に帰るまでは優先しているし、ゲームをする時間くらいは欲しいというもの。
ランクマッチに潜り続ける中で、息抜きのフレンドマッチで遊ぶくらいが僕としてはありがたい。
「今からは?」
「集まりのために時間作ったから行けるけど」
「それじゃ、対戦しよっ!」
「いいね、新デッキの調整をさせてもらおうかな」
僕はカードストレージを閉じると、構築したばかりのデッキを掲げた。
イクハもなんだかふわふわした毛玉のようなデッキホルダーを取り出して、コツンと僕のデッキにぶつける。
「御指南お願いしますっ」
「楽しんでいこう」
一日が終わるまで、僕とイクハは飽きることなくフレンドマッチを繰り返すのだった。
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