第148話 第一次定期試験大戦の果てに

 試験前の三日間はまさしく激闘であった。

 おかげで高校初めての中間試験には気負いなく挑めたと言える。むしろ半ば燃え尽きていた感もある。


 僕らは寝不足でぐらつく頭を殴り合い、物理的に睡眠欲を張り倒すとノル箱のプレイスペースへと向かった。


 自己採点をするまでが試験期間だ。最期のバトルが待っている。

 回収した問題用紙に記載した回答を元に、リッカとフルナが採点を行っている。


 これまでは各科目の一番高い点数で競ってきたが、本番については五科目の総合点での勝負。一科目だけ点数の高いやつには敗けんぞ……!


「よし、終わったわ。リッカとダブルチェックしたから、間違いはないはずよ」

「高校最初のテストにしては難易度そこそこ高かった」


 ついに審判の時……!

 点数を記したメモを手に、フルナが口を開ける。


「まず言っておくけれど、みんなよく頑張ったわ。あの惨憺たる有り様から、ここまで点数を上げられるとは思わなかった。というか、できるなら普段から勉強してちょうだい」

「ゲームをやりたいのはとても分かるけど、周りを黙らせる学力がないと逆に遊ぶ時間はなくなる」


 まったく反論のできそうにない正論に生徒五人が一斉に目を反らした。

 正論は人を殺したことはあっても、人を救ったことはない。という名言を知らぬのか。


「そいつは今後の課題にしておこうぜ。とにかく、先に点数を教えてくれ」


 アッシュの台詞に心を痛めた僕らは力強く頷いた。


「仕方ないわね……。それじゃあ三位からいくわよ」

「三位から?」


 中途半端な位置から始まる内容に首を傾げると、フルナはくすりと笑った。


「あっさり結果が分かっても面白くないでしょう? 三位、二位、一位の順番で発表するわ」

「ってことは……」

「最終決戦はビリとブービーか……」

「どれくらい取れてるかは自覚あるだろうから。多少なりとも点数近い方がワクワクするはず」

「ドキドキと動悸が止まらないの間違いだろ」

「それは病気の可能性があるから検査を受けた方がいいわね」


 そう言って、フルナは立てた指を口元に寄せる。

 静かにしなさい。その合図だ。


 誰かが唾をごくりと呑んだ。


「三位は合計376点、平均約75点で……スズキングくんよ!」

「……ちぇっ、八割取れてねぇか!」


 台詞の割には嬉しそうなSUZUKI。ガッツポーズなんかしやがって。

 そんなにビリじゃなかったことが嬉しいか。


「二位は合計で402点、平均80点超えね。おめでとう、さとうしょうゆくん!」

「っしゃあッ!!!!! あざっす!!!!」


 砂糖のくせにやるじゃないか……。


 笑顔で返却された点数を見る砂糖の様子とは対極的に、僕とアッシュ、そしてイクハの表情は硬さを増していく。

 次で名前が挙がらなければ、屈辱のビリ対決だ。


 祈るような気持ちでフルナの発表を見守る。


「栄えある一位は合計点、434点! 平均86.8点! これまでの小テストを含めても最高得点ね」

「オレか!?」

「いや、僕だ!」

「わたしかも……!」


 僕らの掛けた圧をフルナは流し目で脇に流し、


「最終ランキングの一位は――イクハよ、よく頑張ったわね!」

「やっ」


 鋭く声をあげたイクハがその場にへにゃへにゃと崩れ落ちる。


「……たぁ……! はぁ……、安心したら急に力が……」

「おめでとう。ケアレスミスがなければ満点の科目もあった。今後もしっかり基礎を覚えて、応用を学べば点数は取れるはず」

「リッちゃんとみっちゃんのおかげだよ~!」


 自分よりも華奢な姿の二人に抱きつくイクハ。年齢的には正しいのだろうが、外見は逆転しているだけに変な光景だ。

 僕の気のせいかもしれないが、なんだか前より仲良くなっているような……。あの三人が仲良くなる分にはありがたいのだろうか。


「さて、残すは二人。しっかり立って」


 リッカに言われて僕は膝を付いていることに気が付いた。

 知らぬ間に大ダメージを受けている。立ち上がろうとしたが、膝が笑ってしまってよろけた。


「くそっ、膝に受けた傷が……!」

「情けねえなエルス……ッ!」


 ハッとしてアッシュに視線を向けると、アッシュは毅然と仁王立ちしてその時を待ち構えていた。

 噛み締めた口の端から血脈が零れ落ちていく。


「お前、臓腑の傷が!」

「エルス、貴様と決着を付けるには十分な時間がある。さあ、立て!」


 僕は脚を殴りつけ、震えを止めると、アッシュの隣に並び立つ。

 どのような結果が出ようと、受け入れてみせようではないか。


 フルナが最後の発表を行う。


「合計点数の差はわずかに4点。ちなみに三位と四位も僅差で、5点しか離れていなかったわ。あと二問、いえ一問の差が命運を分けた。それくらいギリギリの勝負だった」


 僕とアッシュは息を呑んで、次の言葉を待つ。


「四位! 合計点数は371点で――」


 フルナの視線がふらりとアッシュへと動く。

 それを察したアッシュが拳を握り、突き上げ――


「――LS。LSが四位よ!」

「よおおおおおしッッッ!!!」

「ゴフッ」


 フェイントに引っ掛かったアッシュは血を噴いて、腕を突き上げた勢いでぶっ飛んで倒れた。

 その背に追撃の宣告が入る。


「ビリのアッシュくんは合計367点ね。二人とも苦手科目が足を引っ張ったみたい。LSは少しだけやってたけど、アッシュくんは全然苦手科目の勉強しなかったでしょう。その差が出たわね」

「グッ……! だが、苦手なものより得意なものを伸ばすべきだ……!」


 倒れ伏して言い訳をするアッシュに、リッカが正論を叩き込む。


「点数に上限がないのならそれも正解。だけど現実として、アッシュの得意な歴史は100点が限界値。残りの400点は他の科目から拾ってくるしかないのに、歴史しか戦う手段を持たないのは怠慢」

「か……返す言葉も、ないぜ……」

「あ、アッシュ……っ!」


 アッシュは自らの敗北を認め、プリズムとなって消えていった。

 それからメッセージが届いた。


『寝る』


 テンションを上げて茶番までやったが、ビリが確定して気力を失ったようだ。


 無理もない、僕らはリッカとフルナ以外、敗けたくない一心でおそらくはほとんど寝ずに勉強していた。


「アッシュくん、寝ちゃうの? せっかく80点を超えた科目があるのに」

「えっ、砂糖とイクハだけじゃないのか?」

「平均で言ったらそうよ。でも科目で数えたら全員80点以上の教科があったから、褒めてあげてパック開封の儀をしようと思ってたのよ」


 僕は残った生徒たちと目を合わせ、答えた。


「それは明日にしよう。とにかく、寝たい……」

「せめて一パックだけ開けてみない? 私も開けたいのを我慢してたんだからいいでしょう」

「開けるならさっさとしよう」


 僕はそう言って、メッセージに保管してあるカードパックを一つ実体化させた。

 他のメンツも僕に習って、パックを準備する。


 切り口に手を掛けたのを見計らって、


「中間試験、お疲れ様でしたあああぁぁァァァッッッ!!!!!」


 眠気による無の心を押して、みんなで一斉にカードパックを開封した。

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