第114話 『星奏陣』

 完璧に調整された数値。

 それが10000というキリの良さに表れている。【星槍】と合算すれば20000という驚異の生命力となる。実際には別計算だが。


 強化無し、むしろ弱体化している状態でなぜ10000も生命力を持っているのか、これがワカラナイ。比肩する対象が純正ドラゴンとか神々だったりするのだろうか。最低でも人類としての性能は最高峰ハイエンド……であってほしい。これ以上の人類はシンプルに人間じゃない。


 僕は乾いた唇をてろりと舐める。


 ……順序が大事だ。


 システムの理論で話せば【フラワリィ】の攻撃が生当てできればワンパンで吹き飛ばせる。

 そういう意味でも『熾天飾りし花車フラワリィ・リング』で装備している神秘ミスティックを消費するワケにはいかない。二枚も消費してしまうと、間違いなく戦闘力が10000を割ってしまう。戦闘力20000を超えているという事実が勝機に繋がっている点もある。


 もっとも、僕が持っている正統派の攻撃系神秘ミスティックが通用するとも思えないが。


「違うな……思考がズレた」


 ぶるりと頭を振って、パスタリオン攻略に思考を戻す。


 重要なのは、どちらのサーヴァントを用いて攻撃を仕掛けるか。


 【暁の星アズールステラ】は戦闘力こそダメージを与えるには至らないが、相手の行動力を削る役目を果たすには十分すぎる行動力を所持している。

 【フラワリィ】ならダメージを与えつつ行動力を削ることが可能。火力的にも決戦兵器として使うならこちらだ。


 二枚の行動力を合わせたら20点にもなるのだから、何も考えず【暁の星アズールステラ】から順に殴ればチェックメイト……。簡単にそうなるのならば嬉しいが、そう簡単にはいかないのが世の常である。


 僕の手が進行を躊躇う懸念が二点。


 【星槍:ペテルギウス】に秘められた第三の特殊能力。

 そして、パスタリオン自身が持つ特殊能力。


 思考に待ったをかけるのは圧倒的に後者の与件だ。


 馬鹿げた話だが、この第一王子は超絶身体能力に加えて特殊能力まで所持しているのだ。持ってない方がおかしいのかもしれんが……。

 難易度調整のおかげか、他の伝説レジェンダリー級とは違って二つも三つも情報プロパティに記載されていないことだけが救いだ。


 このパスタリオンの特殊能力がとにかく読めない。


 『王の栞』。


 シンプルにそう記載された特殊能力の説明文は「能力所持者が使用可能な神秘術ミスティック・アーツを一つだけ行使できる」。

 自由度が半端なく、臨機応変な対応ができ、さらに言えば僕には想像もつかない神秘ミスティックを習得している可能性が高すぎる。


 『神秘ミスティック』ではなく『神秘術ミスティック・アーツ』と記載されているところに何らかの縛りがあるとは思うが、何の違いがあるのか、詳細を僕は知らない。

 魔術などに限る……ということだろうか。


 読めないのはパスタリオンの『王の栞』だが、だからと言って【星槍】の対処が楽なワケではないことも頭痛がする。


 【星槍:ペテルギウス】第三の特殊能力――『星奏陣セイソウジン』。


 攻撃一辺倒なカード、というパスタリオンの言い振りだったが、開けてビックリ、防御用の能力であった。

 いや、正しくは迎撃用の特殊能力か。


 『星奏陣』の構え時に、攻撃を撃ち合わせた相手の戦闘力分のダメージを吸収するアブソーブ。限界を超えるまでダメージを吸収すると、今度はそのダメージをまとめて全解放し、溜め込んだ数値分のダメージを相手にブチかます。

 限界値は【星槍】の戦闘力依存なので、調子に乗って攻撃していると突然10000ダメージの反撃を喰らう仕組みだ。


 特殊能力を看破できていなかったら僕は【暁の星アズールステラ】で行動力を削るために攻撃を仕掛け、七回目の攻撃時に不意のカウンターを喰らって意味も分からぬまま【暁の星アズールステラ】を失っていただろう。


「……来ないのか? 待ちくたびれてしまったわ」

「焦んな。格下が格上を倒すには準備がいるものだろ」

「結構。我はてっきり人を待っておるのかと邪推してな、許せ」

「人待ち?」


 言われて、そういえばと他に三人来ていたことを思い出す。

 せっかく協力プレイができるのに、全く頭の外にあった。


 交戦連携でタコ殴りにしてもらえれば僕が苦労するまでもなく楽勝なのでは――


「ああ、期待させてしまったのならすまぬ。なかなか健闘してはおるようだが、な」


 リッカの戦場へと視線を向ける。


 【フレンドラゴン】は未だ健在。しかし、相手の星騎士もさして消耗した様子はなかった。

 均衡を保ち、それを打ち破る気配は見られない。


「あちらの婦女子にも申し訳ないが、迷い込んできた以上は致し方なし。ジイの威圧に震えていてもらおう」


 イクハとフルナ。

 彼女たちは腰砕けになった場所から動けなくなっていた。


 動こうとはしている。参戦しようと、立ち上がり、駆け出そうとは幾度もしている。

 だが、その度に控えているジジイが目を光らせて、精神を縛り付けていた。


「あれほど威圧を受けたなら、精神が摩耗して戦意など失うものだがな。見上げた戦士たちよ」

「僕は諦めることを教えたりはしないからな」


 二人から視線を切って、僕は意思を固めた。


 ――長期戦はできない。


 短期戦でいくつもりではあったが、僕の手番だからとのんびり考えている余裕もなくなった。


 僕も幾度となく全国レベルのプレイヤーたちと戦ってきたから知っている。威圧は一方的に浴びせられても、ぶつけあったとしても精神的な消耗が激しい。

 格上の実力者から断続的に与えられる威圧など、極寒の吹雪を素っ裸で受けているにも等しい無茶だ。

 長引かせると、イクハとフルナが風邪を引く、どころではなく凍死しかねない。


 即座にパスタリオンを倒して、あのジジイを止める必要がある。


「行こうか――【暁の星アズールステラ】ッ!」


 瑠璃色の妖精に、“夜明け”による舞踏会の幕引きを命じた。

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