第76話 紫朱狂瞳、最高の主菜
「あたしのターン……! ドロー!」
僕が打ちひしがれている内に、知ったことではないとヒメリカがカードを引く。
流れ作業で【カード割り人形】にカードを二分割してもらったところで、
「中央前列にサーヴァントを出陣させる!」
【シャルロッテ】を片手に自身は中列へと身を翻し、ヒメリカは手札の底にいたカードを嫋やかな二本指で抜き取った。
「そいつが君の本命ってことか」
「はて、さて?」
この後の展開は読めている。
「君の【シャルロッテ】……先のターンを顧みると、一見して
ヒメリカの台詞にサーヴァントを素材として使えない、そういう言質は取れていない。
仮に取れていたとしても、嘘を吐いてはならないルールがない以上、そこを咎められはしないのだが……僕ら、狂月の民はいくら月に狂ったとしても嘘だけは吐かない争いを愉しんできた。
世界は違えど、僕らの規則は違えない。暗黙の了解があった。
僕の指摘に、ヒメリカは湿った唇を軽く開いた。
「そう。訊かれなかったから答えなかったけれど、伏せていたカードには出陣に条件のあるサーヴァントもいた。『おともだち』にできるのは
そのカード名称に僕は眉を潜めた。
初期のスターターに入っていることもある、お世辞にも強いとは言えないカードだ。
『おともだち』にするとしても、『素材』は強いにこしたことはないはず。
実際、銅色の光から現れた腕の長さにも満たない小さな蛇は、小さな妖精に睨まれてぶるりと震えている。今頃、最前線に出すには力不足が否めない。
「本命が他にある……!」
このターン前列に出してくるのは本命以外にないと思い込んでいた。
でなければ、死ぬほど痛い目を見て、マスを守った意味がない。
警戒を露わにする僕を、ヒメリカがくすくすと嗤う。
「ううん、この子があたしの本命」
「それほど『おともだち』にした時の性能が高いと?」
「弱くはないけど、強くもない。ただの『弱毒』だから」
煙に巻くような物言い。
これは何か大事なものを隠そうとしている――のではない。
ただの舞台造り、お膳立てだと察した。
単に僕らを焦らしているだけ。
本命は、この後、すぐに、
「でも――あたしと【シャルロッテ】がちょっと手を加えると、すごく強くなれる」
出てくる。
「あたしのロッテちゃん。『思い出して』。あたしのために、あとちょっとだけ『思い出して』……」
ネガティブカードの第二封印解放。
ヒメリカの囁いたキーワードで、【シャルロッテ】が変容を始める。
二段階になっている以上、いつかは条件を満たして解放してくるとは思っていたが、あまりにも早くないか!?
「さっき解除したばっかなのに、もう!?」
「あたしの推測が合っているのなら、ロッテちゃんの封印は対戦ごとに必要な条件が改めて設定されるのではなくて――おそらくは累計値だから」
「いや、おま、今の今まで封印されてたじゃねーか!」
「そういうカードでしょう。これまでの対戦で規定の累計ターンを合体して過ごしたら、後は合体するだけで解除の条件が整う。というだけで、解除自体は毎回しなきゃならない」
累計ターン! そういうカードもあるのか。
それじゃ正しい使用法なんか見つかるはずもない。
解放されるまでは足を引っ張られまくるカードを長い間使い続けるのはかなりの苦行を伴う。
むしろヒメリカはそんなカードの仕様をよくぞ探し当てたものだ。
「だが性能の割に条件がゆるすぎる!」
「あたしを糾弾してもいいけれど、エルスの妖精も下方修正されるよ」
「条件がキツすぎるから、もっと緩めてもいいかもしれんな」
手のひら高速回転で場を和ませたはいいものの、ヒメリカの場は和やかになってはくれないようだ。
【シャルロッテ】は完全に感情を取り戻し、ガラス玉のように輝く眼を動かしている。単色のそれがギョロギョロと動くのは、間違いなく怖い。洋館に置いてあったら即座に逃げ出す自信がある。
「うふふ、かわいいロッテちゃん……あたしの力になって」
「かわいいか……?」
ぼそりと呟いた台詞が聞こえたらしく、【シャルロッテ】に酷く見つめられてしまった。
そんな熱心に見ないでくれ、怖いから。
「ロッテちゃんが『忘れていた』過去を『思い出した』ことで、二つ目の特殊能力も一緒に『思い出す』。ロッテちゃん! 『
ヒメリカの宣言を受けて、起きたことを順番に並べよう。
まず【カード割り人形】【ランドタートル(中型)】【リトル・サーペント】の三枚に、どこからか飛んできた糸がぐるぐると巻き付いた。
逃れることもできず、繭のようになるほど執拗に巻かれた糸の中から、到底生き物とは呼べない無機質なデフォルメ人形たちが生まれた。かろうじて元の姿がおぼろげに分かる。
そして【シャルロッテ】が小さな手に握った糸の束を振り回す。
束ねられてやっとはっきり見えるほど細い操り糸に繋がった『おともだち』たちはそれに逆らえず、
止まる気配のない渦中で粉々に砕けていく『おともだち』を見上げていて――ふと視線を前に向けたら、巨大ロボが中央前列に立っていた。
「えっ?」
「『
「いやいや、待て、待ってくれ」
意気揚々と解説をしてくれるヒメリカには申し訳ないのだが、僕は片手を伸ばして制させてもらった。
気持ちよくなっているところを止められて、案の定、気をそがれているヒメリカが訊く。
「なに?」
「僕はこいつの出現シーンを見逃したんだが……。まだ上でバチバチぶつかりあってるアレは?」
てっきりあの渦から出てくるのかと思って感情の準備をしていたのに、意表を突かれてコメントが出てこない。
いきなり威圧感が湧いて出たから前を向いたら、演出の途中なのに本命が出てきているとは思わんだろ!
「アレは最後まで観ているとちょっと長い」
「でもほら……決勝戦なんだし……」
「エルス以外の人は準決勝で観たからいいでしょ」
僕にも観せてくれよ!
ヒメリカは僕の要望を一顧だにせず、かなり歪な巨大ロボ……キメラ人形の解説を再開する。
「『
「
合計で2500の攻撃・防御と行動力5を持つバケモンだ。実際には【シャルロッテ】の行動力も使えるようなものだから……素で今の【
【
「だが、これでは――」
「――【
僕の台詞を継いだヒメリカが、僕を見た。
「エルスがいつも言っている。早合点はよくない、と」
「まだ仕掛けがある」
「その通り。あたしはまだ手を加えていない」
ヒメリカは肩に【シャルロッテ】を乗せ、ステージに現れた時からずっと装着していた眼帯に手を掛けた。
ぐしゃり、片手で眼帯をむしりとる!
その下にあったのは、怪我一つしていない、陰りなく美しい朱の瞳。――狂い月。
「上等な素材を用意したら、上質な調理を行う。最高の料理はそうやって作られる。カードもそう」
「紫朱狂瞳の君。最高に至る料理人であると?」
「当然――至高に挑むのだから」
グローブをキュッと締めて、ヒメリカは手札から一枚のカードを選び取った。
「これであたしの
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