第75話 一般的プレイヤーの痛み耐性について

「僕のターン、ドロー!」


 久方ぶりの気を抜いたドローに大鎌がふにゃりと応える。

 そこはかとなく切れ筋の悪い痕からカードがまろびでる。


「……なるほど」

「良いカードは引けた?」

「残念ながら、君をこの手番で倒せるカードじゃあなかった」


 新たに引いた神秘ミスティックを手札に押し込む。


 この手番でヒメリカを詰めに近い状況まで持っていくには、アタッカーがもう一枚欲しい。

 可能なら【フラワリィ】、でなければ何枚か入れている前衛用の戦闘力が高めのカード、どちらかが来れば両サイドから一転攻勢をかけられたのだが。


「仕方ない、さしあたっては【暁の星アズールステラ】の特殊能力を重ねがけしておこうか!」

「同一強化バフを重ねがけ、できるの……!」

「倍率は落ちるがな!」


 一般的な強化バフ能力は、同じサーヴァントによる同対象への重ねがけ……二回分の強化を同時に機能させることができない。

 ほとんどの強化が1ターンで切れるのが理由だ。あるいは効果を継続するために、他の行動に制限がかかることが多いからでもある。【ラビッツオーケストラ】がそれだ。


 しかし【暁の星アズールステラ】は違う。


 一度かけたら対戦中はずっと継続する。しかも強化に必要なコストは行動力1だけと来た。

 加えて回数制限のテキストもない。二度目以降は倍率が落ちるけれど、盤面に出せる妖精の数にも限りがある。強化の機会を逃すよりもよほど有意義だ。


 1ターンに一回しか使えない切り札だが、僕が何を差し置いても使えるようにしたかったというのが分かるだろう。


 僕の宣言と共に現れたコインを大鎌の先端で地面に叩きつける。

 本来であればシステム的に干渉不可を示しすり抜けるであろう大鎌デッキホルダーの一撃は、資格を得た僕の意に従い、表面を上にしたまま地に貼り付けられた。


「これで【暁の星アズールステラ】の強化倍率は二・五倍……250パーセント増しだ!」


 心なしか瑠璃色の妖精フェアリィが纏う輝きが増しているようにも感じる。


 ヒメリカがそこで口を挟んだ。


「質問」

「答えよう」

「その倍率だと、行動力は小数点以下が発生する。どういう扱いになる?」


 こういう中途半端な倍率を見ることは希少だ。

 ほとんどの強化は固定値、あるいは整数倍率になるからであり、その扱いは確かに気になるところだろう。


「残念だが判定としては切り捨てになる。小数点以下は数値として存在はするが、その時点では行動力には寄与しない」


 半分だけ動けるとかになっても逆に意味が分からんから当然かもしれない。

 個人的には切り捨てではなく切り上げにしてほしかったが、そうすると倍率を下げている意味がないか。


「これは事前に戦乙女ヴァルキリー女史に確認した裁定だから安心していい。何なら、今ここでもう一度確認しようか?」

「いえ、構わない。このターンで行動力7のバケモノが、次のターンに9まで成長するであろう目眩がする事実を知っただけで十分」

戦闘力バトルポイント生命力ライフガードも、【ラビッツオーケストラ】の影響下ではとんでもない数値になるけどな」


 【暁の星アズールステラ】自体の基礎能力はさほど高いわけではない。

 戦闘力、生命力共に300と初期のうさぎ並、妖精フェアリィとしては少し強いくらいの基礎性能だ。

 普通に自己強化しかしていないのなら、いくら重ねがけしたところで750までしか伸びておらず、いくらでも撃破のチャンスが生まれてくる。


 だが【ラビッツオーケストラ】が絡んでくるとそうもいかない。

 すでに四倍まで伸びた強化倍率で1200、その数値をさらに二・五倍で3000に届かせてくる!


 準備が必要とはいえ、初期300のカードが十倍の数字を持つのはかなりの快挙だろう。現在の主流はわざわざそんな長い時間をかけて強化するより、最初から強いカードを使うのが強い、という思考に傾いているからな。

 ここまでくると『プレイヤービルダー』でもないプレイヤーカードはサーヴァントの攻撃に耐えることが困難になる。


「ではダメージを喰らいにきた君に、お望み通りダメージをプレゼントしよう。【暁の星アズールステラ】! 増えた行動力分を含め、六連続攻撃をヒメリカに仕掛けろ!」


 もはやトス用のコインも現れない。

 この対戦中は僕に従うことにしたのだろうか。

 であれば、助かるな。慣れないことをしたせいか、舌の根が焼けるように痛いので。


 【暁の星アズールステラ】が指先を持ち上げる。


「攻撃の仕方が分からないのは困る……口頭宣言するしかなくなるから。全ての攻撃を『プレイヤー防御ガード』で受ける!」


 ヒメリカによる『プレイヤー防御ガード』宣言。


 口頭による宣言、つまり補助AIへの助けを求める形でプレイヤーが攻撃を受けると、痛覚カットしても50%以上の痛みを受ける箇所に被弾が確定する。補助AIを頼る仕様というか、もはやペナルティだ。


 個人的には腕とかを欠損する方が痛くて辛いと思うのだが、主には胴体から頭にかけての被弾が多い。生死に関わるからなのだろうか。

 ヒメリカも痛みの少ない箇所で受けたいのはやまやまであろう。しかし、ぷいぷいっと指を振ってダメージを与えてくる相手に、どこを守ればいいのか分かるヤツはそういない。


 今回も【暁の星アズールステラ】は、ぷいっ、と構えた指を曲げただけだった。


「ギッ……、ぎあ……ッ!!!??」


 効果は絶大。

 そう言わざるを得ないだろう。


 攻撃を受けたらしきヒメリカが、ツインテールを振り乱して頭を抱えだした。

 苦悶の悲鳴が、声になっていない。


 妖精が二度、三度と指を振るごとに、ビクン! と身体を震わせ、【シャルロッテ】を落としても気付かぬ様子で地面に倒れ伏す。


 六度目の攻撃を終える頃には、もはや痙攣する余裕もないとばかりに、ぐったり力なく溶けた様子のヒメリカが残っていた。


「……だ、大丈夫か?」


 ちょっとばかり想像を絶する光景に思わず声をかける。僕が指示したのだが。一体どんな攻撃をしたら、こんなダメージを受けるんだ。

 擬似的な痛みだから本当に死ぬようなことはないはずだが、心配になるほど不安なダメージの受け方をしていた。


「大丈夫」


 問い掛けから一分ほども待ってから、弱々しい声音で返答があった。


 子鹿のように震える足でゆっくりと立ち上がるヒメリカ。

 自然に流れ出る涙をスーツの袖で拭い、テディベアを吸って心の平穏を取り戻す。ついでによだれもテディベアに押し付ける。


「こんな痛みを普段から受けようと考えるのは、本当に意味が分からない。こんな機能を付けた運営も意味不明。くたばってほしい」

「じゃあ即死して敗けていた方が良かったか?」

「それとこれとは話が別」

「痛いのを我慢すればキーカードの損失を排除できるんだから、神システムだろうに」

「そう言えるのはエルスとかアッシュみたいなマゾだけ」

「僕は違うからな! 仕様として存在しているんだから有効活用しなきゃもったいないだろ! 普段から使って痛みに慣れておかないと、こういう場面で使いづらいし!」

「一般的な日本人はそう思えない。エルスはマイノリティ側」

「そ、そんなばかな……」


 僕は他人との感性の違いに悲しみを覚えつつ、ターンを終えた。

 いや、違うはずだ。一般的なへきのはず……。

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