第77話 『おともだち』で作るドラゴン

叙事詩エピック……! 君も持っていたのか!」

「うん? このステージに上がる前、解説が叙事詩エピックは三枚だと話していたはず。あたしの【古竜の血】、アッシュの【シャニダイン】、そしてエルスの【フラワリィ】」


 僕はアッシュが二枚持っていることを知っている。

 だから【山断ちの剣】を含めた三枚なのかと思っていたが、とんだ伏兵だ。


「ああ……、それで【古竜の血】とやらはどういった効果なんだ。古来よりの凶暴化ウイルスを撒き散らすのはやめてくれよ?」

「そういったものじゃない。使用にあたって要求神秘力は0、代わりに必須条件が二つ」


 超古代の得体の知れないウイルスが箱庭フィールド中に撒かれて、通常攻撃以外できなくなるなんて悪夢をイメージしたがそういうのではないらしいので一安心。


 血液なんて道具アイテム、およそ三つくらいしかファンタジー的な使用用途が出てこない。


 病原体などの保存、感染源。

 魔法や魔術など、神秘の媒体。

 そして、生物の設計図としての役割。


「『夢想懐く結束人形レギオンフレンズ』みたいに、複数のカードを統合して、新生するサーヴァント作成時に使用しなければならない。それから、『素材』に蛇やトカゲなど、ドラゴンの系譜に連なるサーヴァントを含んでいること!」

「蛇だろうがトカゲだろうが、末端も末端じゃないか? どこがドラゴンの系譜なんだよ!」

「見た目?」

「それでいいのかノルニル!?」


 それでいいらしい。


 ヒメリカがそっと掲げたカードが、金色の叙事詩エピックエフェクトを放ち――巨大な丸瓶に姿を変える。

 大の大人が二人は入りそうなフラスコと表現してもいい。


 怪しげにぼこぼこと泡立つ、深みある臙脂色の液体が瓶いっぱいに揺らいでいる。酸化した赤ワインみたいな色をしている……で合っているだろうか。


 普通に考えたら重機でもなければ持ち運びも危険なその瓶を、そこはさすがゲーム、ヒメリカは掲げた手のひらに乗せて危なげなく支えていた。


「第一球、投げる」


 投げ逃げが確定しているプレイボール。二球目があったら僕が逃げる。


 放物線を描いて巨大ロボ【レギオンフレンズ】の頭上まで放られたフラスコが、尖っているカドに当たって脆く割れて漏れ出した。

 ロボの全身に臙脂色がぶちまけられて、そこかしこから白い煙が上がりだす。


「おいおいおいおい、竜の血みたいな危険物、扱う免許は持ってるのか?」

「自然の物だから安全。舐めても欠損は後で治る」


 硫酸も驚きの超溶解力をお持ちのようで。

 ちょっとぶつかったくらいで割れるようなガラス瓶で保存するもんじゃないだろうな。


 この演出が十数秒も続いたか。

 【レギオンフレンズ】の影は高さを家屋一階分ほど減らして、平米の方を増やしていた。なんでだよ!?


「ロボの体高が減って体長が伸びている……ということか……?」

「素材が蛇だったから、『おともだち』の身体が伸びるのは妥当」

「そういうもの?」


 身体を溶かすほどに反応していた【古竜の血】による影響がなくなったのか、徐々に立ち込めていた白い煙が晴れていく。

 そこにいたのは――


「……ドラゴン?」

「ドラゴン以外のなんだと?」


 なんだか妙にふわふわと丸みのある長い……ぬいぐるみが鎮座していた。


 確かに造形自体は翼があったり、鱗の模様があったりとドラゴンの欠片を感じなくもない。どちらかと言うと東洋の龍に近いだろうか。

 しかしながら、柔らかそうな身体ときゅーとなご尊顔が、なんかこう危険な血液から生まれた存在にしては気を抜いてくる。


 巨大ロボ【レギオンフレンズ】は【古竜の血】を得て、巨大ぬいぐるみに変態してしまった。


 僕にとっては初見、しかも叙事詩エピックの演出なのに首を傾げてばかりだ。もっとはっきりバッチリ怖がらせてほしいと思うのはワガママか?


「【古竜の血】を取り込んだ『おともだち集合体レギオン』は新たなドラゴンの『おともだち』――【フレンドラゴン】に生まれ変わる! 戦闘力と生命力は『素材』×二倍、行動力にプラス1のボーナス!」


 名称を聞いた瞬間に「ダッッッッッサ」と言いかけて口を塞ぐ。めっちゃカッコいいと考えていたらヒメリカに悪い。

 それはそれとして、性能の底上げが強いから余計な嘴を入れる気持ちの余裕がなくなった。


戦闘力バトルポイント5000はなかなか強大だ……!」


 ついに【暁の星アズールステラ】の現時点での戦闘力を追い抜かれた。行動力が実質8になるのは見ない振りをした。現実逃避。


 口端を歪める僕に対し、ヒメリカは色味の違う両眼を細めて追撃をかける。


「まだまだ。姿かたちがドラゴンになったのだから、予想できるはず。【古竜の血】最大の特徴は、特殊能力の追加。素材で変わる、今回追加された特殊能力は『弱毒龍の息吹ナロウポイズン・ドラゴンブレス』……! ほとんどの『ドラゴンブレス』は直線貫通攻撃! 覚悟はいい、エルス!?」

「できてないから待ってくれ! この絵面で毒を吐くのかよ!?」

「吐く! 待たぬ! 死ね!!!」

「コンプライアンスーっ!!!」


 僕の悲鳴を尻目に、ぬいぐるみ【フレンドラゴン】が埃の塊みたいな色の『弱毒龍の息吹ナロウポイズン・ドラゴンブレス』を中央に真っ直ぐ放った。


 先頭に立つ【暁の星アズールステラ】が翅を光らせつつ廃屋から溢れた感じの埃の波に飲み込まれ、ついで僕もハウスダストブレスに飲み込まれる。


「っぐ……ぅ……ッ!」


 こんな攻撃でダメージを受けるのは真に遺憾だが、僕はハウスダストまみれのマスで削られたプシュケー1点分の苦痛に唸る。


 ヴェルザンディの配慮か、ダメージ判定が終わるや否や、強い風が吹いてハウスダストを散らしていく。


 前列のマスで【暁の星アズールステラ】がぺっぺと口に入ったブレスをペッとしている。力を失っていないことに安心した。埃だ、ハウスダストだとけなしているが、口に入るようなもんだったのか、アレ。


 攻撃の成果を見渡したヒメリカが訝しげな表情で呟く。


「……おかしい、計算では後列のうさぎまで届くはず」


 振り返ると、青いうさぎが全身を震わせて、自身の身体で守った楽器を構えていた。なんで生きている?


「僕のプシュケーを削るだけで満足しておかないか?」

「後列を排除するのが最優先。『弱毒龍の息吹ナロウポイズン・ドラゴンブレス』でも足りるはず……何をしたの!?」

「いやいや……ヒメリカ、説明が足りないな。僕は『弱毒龍の息吹ナロウポイズン・ドラゴンブレス』のはっきりした性能を知らないんだぜ? 君が何に疑問を持っているのかも分からないってのに、どう答えろと?」


 正直な話、僕もうさぎはやられると思っていた。

 【ラビッツオーケストラ】のような後列に敷き詰める支援サポーターの弱点、それは言わずもがな遠距離攻撃である。


 現状、音楽隊を敵の脅威から守っているのは、距離だ。

 敵陣から遠いところにいる、ただそれだけで身を守っている。


 距離を潰せる遠距離攻撃を持つサーヴァントからしたら餌もいいところである。概ねそういったサーヴァントは近接戦闘に弱いので、対決ファイト能力の高いカードが多い現環境では少なくて助かっている。


 翻って【フレンドラゴン】である。


 近接は5000パワーでぐしゃぐしゃにする。

 本サーヴァントだけで行動力6の俊敏性。

 自陣前列から敵陣後列まで届く遠距離攻撃持ち。


「チートか?」

「違う」


 口を突いて出た愚痴に、ヒメリカが瞬で否定した。

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