第163話 手札か? くれてやる!
僕の声が幾分か固くなったことに気付いただろうか。
意識して声音を制して平静を装い、さらに言葉を畳み掛ける。
「ドラゴンにすら致命の一撃を与える大魔術、なんじゃなかったのか? 英雄どころか、騎士のお歴々すら討滅させられないとは、まったく過大広告がすぎる」
「少年、ドラゴンを舐めてはいけない。奴らは常に我々の想定を上回る生き物だ」
エドアルドの精神はここに至って、穏やかな安定を取り戻していた。僕の煽りに対しても明らかに揺らがない。
自らの優勢が目に見える形でやってきたからか、それともこれが本来のエドアルドの姿なのか。
それは全く不明であるが、エドアルドが僕に勝利した先のことではなく、ようやく僕との戦いに集中し始めたのは確かなようだ。
「試算では嵐竜の息の根を止められる、そのはずだった。しかし、嵐竜は直前にとりわけ強力な風の神秘的防御を行った。【竜撃】はかなりの威力を相殺され、翼を潰すだけに終わったという。そして、取り付いた位置がよく、たまたま生き残った討伐隊の一人が――」
「英雄【黄金騎士:ピッカリン】というワケか。豪運も英傑の資質というが……」
「運が良かったのは十二分にある。だが、翼以外は五体満足で暴れまわるドラゴンを屈服させる武が、【ピッカリン】には備わっていた。……出来損ないの模倣品を耐えるには十分な理由であろう?」
実家の秘事……とまではいかないが、史実に残る伝説の一戦に使用された戦術をそこまでくささなくても。
再現したという
「僕のうさぎたちを掃討しておいて、出来損ない?」
「その通り。この神秘の最大火力は2000しか出ないのだからな。本来の威力からは程遠い」
消費神秘力1000で全画面2000ダメージを叩き出すのなら相当に強いカードだろうが!
僕の持つ【山の怒り】に自我があったら怒り狂ってしまう。
エドアルドは、役目を終えて捨て札へ消えていく【竜撃の陣】を見て言った。
「この【竜撃】儀式魔術陣、最大の欠点は発生地点をフィールド中央から動かせないことだ。発動に複数の人数を要し、位置をも固定せざるを得なかった古い術式の再現ゆえ、な。そして術式の中心部は最も高いダメージを与えられるが、1マス離れるごとに威力が拡散してしまう」
互いの中央前列2マスには最大の2000ダメージ、そこから上下左右の1マスごとに威力が半減する、ということか。
ログを確認すると、左右の前列と中央中列には1000ダメージ、さらに1マス離れてお互いの左右中列と中央後列には500と加速度的に減っていく。左右後列にいたっては端数が切り捨てられて200ダメージと元の一割しか残らない。切り捨てられるのは拡散性が強いからだろうか。
さすがに民話級で全画面2000ダメージは許されなかったらしい。
他の神秘が泣いてしまうから仕方ないだろうな。
「さらに戦闘力で減衰が可能な設定まで加えられてしまったのでな……。少年が私の想定通りに【フラワリィ】を運用していたのならば、【竜撃の陣】が活躍することもなかったであろうよ」
「僕があいつらを抜いたのが裏目に出たとでも?」
四隅に立っていたうさぎの内、【イリュージョニスト】が本物なら生き残っていた計算だが、残念ながらそいつは偽物トークンだったようだ。本物は【竜撃】の光に灼かれてしまった。
「少年の【ラビッツサーカス】には翻弄された。結果的に上手くいっただけで、そこまで言えるはずもあるまい」
やけに物分かりが良い。懐が深くなった。
ついさっきまで打てば響くように感情を乱してくれていたのに、会話につけたトゲを上手いこと毛抜きで排除されてしまっている。
「さて、移動をしてターンを終えようか。なに、まだ少年に痛みを覚えさせる時間はたっぷりあるから安心してくれたまえ」
このサイコパス具合も改善してくれないか、頼むから。こんなやつばっかかよ、この国は。
エドアルドは敵陣後列まで下がり、【ピッカリン】も敵陣中央後列まで後退。【精鋭ピッカリン騎士団】は自陣の前列中央に移動した。
敵陣の左側後列に立つ僕は【ピッカリン】に接敵されている形だ。
【クラウン】たちで思う存分遅滞させるつもりだったのに、とんだ予想外。
……いや、予想して然るべきであった。
対戦相手が攻撃系の
これまで対戦したことのあるスタブライト王国の貴人が軒並みパワー系だったがゆえに、相手が自己強化以外の
むしろ一日の長があるのは、長らく神秘に親しんできたノル箱世界を生きる住人たち――NPCなのだ。
【ピッカリン】に隣接されたからと言って馬鹿正直に空けられたスペースに移動するのは得策ではない。
空けられているルートは【精鋭ピッカリン騎士団】に近付く経路だ。僕が移動すれば、手札を狩られる回数が増えてしまう。
「……逆に考えよう」
「どうした、少年。少年のターンだぞ?」
「手札など、
今、この場で欲しいカードは、たった一枚だけ入っているそれに決めた。
対エドアルド戦において、僕はデッキを短期決戦用……短縮決闘に特化したデッキに編集した。
その中でこれまで使ってきた『フェアビッツ』からは組み立てをあまり変えずに済ませながらも、デッキの重要な核として使用してきた【フラワリィ】【
ここまでの経験からすると思ったよりも捨て札が多く、山札も見えている気がする。【フラワリィ】は実践的に使える可能性を感じたので、抜くのは失敗だったかもしれない。後でうるさく文句を言われることを考えると後悔も多少している。
【ラビッツサーカス】を閉幕に追い込まれた以上、何らかの対策を考えなければならない。下手をすると僕の手札が尽きる前に、殴られすぎてプシュケーダメージを全損する目もある。
敵サーヴァントの攻撃・移動を妨害する、あるいは敵サーヴァント自体を撃破する手段が求められる。
撃破に使える【フラワリィ】は後悔しても入っていない以上、引くことは不可能だ。
――であれば、残しておいたもう一枚のレアカードを引いてくるしかあるまい。
「僕のターン。……、ドロー……ッ!!!」
札鱗のガントレットにギシリと爪を立て、隙間なく敷き詰められたカードを無理やりに剥がし取った!
過剰に剥がしてしまったカードが指の隙間を抜けて山札に戻っていく。
異常な手段でカードを引いた方が望みを通しやすい気がするのはなぜなのだろうか。
システム的に引いてくるカードは管理されているから何にも寄与していない行為のはずだが。
「つまり、オカルトってやつなんだろうな」
「オカルト……?」
「成功体験による勘違いさ。運武天賦に、自意識を介入させたくなる愚かな人間の試みだよ」
ジンクス。験担ぎ、縁起。占いでもなんでも良いが、より良い未来を引き寄せるために、効果も定かでない特定の行為に意味を見出す非科学的な結果論の思想。
それでも人間は――僕は未来を変えられると信じてカードを引くのだ。
「でなけりゃ、こうも引いては来れないだろうからな……! ビリッと来たぞ!」
僕の手元にやってきたカードの等級は、
カード名称、【花の妖精境:ティルナノーグ】。
『フェアビッツ』が誇る最強の博打カードが虹色に輝いた。
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