第92話 古き良きしおり作り
「せーどれいになったんだ……」
伊玖がジト目で僕を見ながらとんでもない呟きをこぼす。
「人聞きの悪いことを言うのはやめろ!」
過ぎた話を掘り返すのは本当に止めてほしい。
まだたまに夢に見ては惜しく思っ……違う!
「満輝、伊玖も来たことだし、早く始めよう」
「……呼び捨て……、タメ口……やっぱり、そういうコト……!?」
「会長! 僕たちは何をすればいいんですか!?」
ノル箱の中では静かだったのに、急に口調が怖い。
作業を進めてしまおう、可及的速やかに!
満輝は苦笑して、窓際の机に積んであった紙の塔を示した。
「お願いしたいのは、しおり作りよ。一ページずつまとめて印刷されてるから、順番通りにページを取って、冊子を作って、ホチキスで留めるだけ。それを一年生の数だけ作らなきゃならないの」
「一年生の?」
「ええ」
ほら、と満輝が見せてくれたのは、ゴールデンウィークが明けた翌週に一年生が行くオリエンテーリングの表紙だった。
五月病防止とか、学校に慣れたところで交流を深めるとかで、電車で行ける近くの山登りをするそうだ。
確かに何を準備するのかなど聞いていなかった。
「こういうのもみっさんたち生徒会で準備するんだ」
「先生たちがやることもあるけれど、私たちも暇な時期に練習しておきたいから。文化祭とかの大きなイベントに向けて、作業の流れみたいなのを確認するのにちょうどいいイベントなのよね、新入生オリエンテーリングは」
「大変だね、一年のためにありがとう」
「どういたしまして。来年は伊玖さんもやってみない?」
「遠慮しておくよ、わたしにはとても務まりそうにないから」
「適役だと思うわよ」
目の敵にしているのか仲が良いのか、全くわけがわからない。
ともかく伊玖と満輝は、みっさん・伊玖さんと呼び合う程度の仲にはいつの間にかなっていた。
出会いから逆算すると何らかのきっかけがあったのだろうが、それに関わりたくはない。
なにせ僕の奴隷と僕の婚約者という存在しない立場で争っていた二人だ。どのような関係に落ち着いたのだとしても、僕が面倒そうなことに巻き込まれる未来しか見えない。
可能な限り、後回しにさせてもらいたい。
「それじゃ、始めましょうか」
満輝の号令でサルでもできる仕事に取り掛かる。
空いている机を教室の真ん中にいくつか固めて並べ、ぐるりと輪になるよう表紙から裏表紙までのプリントを順番に並べる。
一枚取って、そのまま上に重ねて行けば正しい冊子になる。
表紙から始めて、裏表紙まで行ったら、一旦しおりの輪から外れて製本用の大きなホチキスをガシャコンと留める。
完成した冊子を脇に積んで、ルーティンを締める。
最初は綺麗にカドを揃えたりしていたが、だんだんと雑になってきて、しばらくしたらページが合っていてちゃんと留まっていればOKというクオリティの差が激しいしおりが乱造されていた。
どうせ使うのは僕たちだからいいだろう。
「みっさんは今日これ終わったら、生徒会も終わりなの?」
「終わりよ。差し迫った仕事はないわ」
そうでしょうとも。
伊玖はトントンと紙束の高さを整えて、
「なら、みっさんも遊びに行けるね。終わったら何をしよっか」
早くも一仕事終えた後について話しだした。
確かに無言でやってると沈黙が重い作業だなあとは思っていたからいいんだが。
「ロウの希望は?」
満輝にそう振られたが、特にやりたいことなんて無い。強いて言うなら汗とか冷や汗をたくさんかいたから、スーパー銭湯でのんびりしたい。
「……呼び捨て……」
ぼそりと小さく呟かれた言葉は聞こえなかった。
「僕はカードぐらいしか提示できる案がないから、二人の希望に合わせるよ」
「それなら服でも見に行きましょうか」
「えっ」
服……?
制服とファストファッション以外に縁のない僕を捕まえて……?
満輝はメガネの鼻当てを正した。
「そう。ノル箱に持ち込む用の衣装と言ってもいいけれど。あなた、せっかく良いローブをもらったんだから、中に着ている服も新調しなさいな」
しかも見るのは女性陣の服じゃなくて僕の服なのか。
「リアルで買った服を課金で持ち込めって?」
「衣装ガチャで良いのが出るまで回すよりは安上がりだと思うわよ? 私と伊玖さんで選んであげるわ。伊玖さんはどう?」
「あり! 私の選んだ服を着てもらうのはいいね!」
ふんすと鼻息荒く、伊玖は乗り気にしおりをグシャッと潰した。
伊玖は手の中で破損したしおりに視線を向け、何でもなかったかのようにポイとゴミ箱に捨てた。
無言で輪に戻ってきた伊玖が自身の希望も挙げる。
「服を見てからでいいんだけど、私も行ってみたいところがあって」
「服を見るのは確定なのか……」
「行ってみたいところ?」
僕のぼやきは黙殺された。
女子と服を見るなんて初めてだから知らんけど、時間だけがはちゃめちゃに掛かるという認識だけ持っている。他の場所に行く時間なんかあるのだろうか。
「カードショップって言うの? ロウくんみたいにデッキの出力っていうのをやってみたくて。初めて大会出た記念に、今のデッキを残しておこうかなーと思うの」
「ああ、それなら任せてくれ。自宅よりも良く知ってる」
水を得た魚とは僕のことだ。
馴染みのカードショップに連れて行こうじゃないか。
満輝も記憶を思い返すように言う。
「そういえば数百円で印刷できるのよね? ロウも確か印刷してた気がするけれど」
「僕とか灰島はデッキを更新する度に出力してるよ。
「ええっ、同じカードを何枚も印刷してるの?」
僕は頷いた。
【フラワリィ】なんか家にもう八枚くらいある。レアリティ(笑)。
入れ替えたカードを一枚ずつ出力する方が高価になるし、面倒だからついデッキで出力依頼してしまう。
リアルではたくさんあっても、大本のデータは一枚しか存在しないからまだなんとかハイレアの面目は保っている。
現実でも売買のやり取りがあったら、あっという間に過供給となること請け合いだ。
一枚ずつ、二人にあげてもいい。
「だったら私がお金を出すから、デッキを丸ごともらってもいいかしら」
へらへら雑にカードあげマス、とか言っていたら満輝からそんな要望が来た。
「構わないが、リアルカードはノル箱に逆輸入できないからな」
「研究に使うだけよ。データで見るより、紙で実際に見た方が頭に入るのよね」
「わ、私もちょうだい!」
伊玖もご要望だが、彼女に僕のデッキは参考にならんと思う。
貴重なお小遣いを無駄にしてしまうだけだぞ。
「私はエルスくんのファンだからね! レプリカデッキとして大事に保管する!」
「そういうことなら別にいいけど」
こんな流れでカードショップに絶滅危惧種を二名ほど連れていくことになった。
……僕の服を見た後に。選んでもらった服を買うのは僕なんだろうな……、手持ちいくらあったかな……。
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