第170話 【星堕ちの詩】

 掲げられた一枚のカード。

 伝説レジェンダリー級の神秘ミスティック【星堕ちの詩】は、僕の手を離れ、天球へと向かう。


「レ、伝説レジェンダリー……!? まさか二枚目の伝説レジェンダリーを……しかも【星】のカードを少年が……!?」

「これでも僕はサービスカットを忘れないエンターテイナーとして定評があるんだ。お星さまが大好きな観客のために、多少仕込んでおくぐらいはするさ」


 格好の良い台詞を言うためには環境、背景、小道具……そういった些事を活かす必要があるからな。


 使えるかどうかは状況にもよるが、運命の女神たちは女の子を護る良い子の騎士に便宜を図ってくれたようだ。少しばかりもったいぶりすぎて、時空嵐の中に捨てられてしまったがそれは愛嬌ということで許してほしい。


 伝説レジェンダリー級のカードを使用するのはこれが二種類目になるが、【星堕ちの詩】も発動時のエフェクトは虹色だった。

 虹色――プリズムの演出が伝説レジェンダリー級の共通色なのかもしれない。


 ……こんなことを考えていられるのも、時間のかかる演出だからだ。


「少年……、どういう効果のカードなのだ?」


 もはや待っていられないと急かすエドアルドを僕は宥めすかした。


「体験する前に言葉で説明するのも野暮だろう。まあ、しばし待ってくれ。事が起きたら、だからな」

「すぐ、何が始まるのだ……!?」

「せっかちな人だな……そら、聴こえてきた!」


 遠雷の旋律を乱す重低音、さらなる遠方より来たれり。


 僕がそう指摘すると、エドアルドも耳を澄まし、そして気付いた。


「曇天、手の届かぬ神々の住まいで鳴り響く雷よりも遠いところから響くこの音は……!? かつて一度も耳にしたことのない、この臓腑の奥底、地の獄までも震わせるこの音は何なんだ、少年ッ!?」


 ピンと伸ばした人差し指で、空を刺す。


「文字通り――星さ」


 視界のほとんどを埋め尽くしていた吹雪が緩む。

 水分を全く含まぬ灰のような粉雪の隙間から、小指の先ほどしかない、光るものを空に見る。


 どれほど小さくとも僕らがそれを見逃すことはない。


 なにせ科学に則れば赤熱すべきところを、プリズムを纏い輝いているのだから例え大豆程度の大きさしかなくとも目立って仕方がなかった。


「正しくは隕石というべきか。やっぱり僕に感謝してもらいたいところだな。こんなに間近で隕石を見学できるなんて、なかなかあることじゃないからな」

「ま、まさか、少年……まさか……」


 エドアルドは空いた口を閉めるのも忘れて、震える声音を重ねた。


「まさか、アレが堕ちてくるというのか!? 全て!?」

「すでに堕ちてきているものを指してまさかと言われてもな。あんたが見た通りさ」


 拡大機能を使っているかのようにどんどんと大きくなっていくプリズムをたなびかせて奔る隕石――その数、実に二十一個。


「時期外れかもしれんが、姫様に捧げるこのシャルノワール流星群、せいぜい愉しんでくれ!」

「こんな馬鹿げた神秘ミスティック、愉しめなど――」


 エドアルドの台詞は、間のマスに堕ちてきた隕石により遮られる。


 終わる世界にやってきた星は爆発的な衝撃を生み出した。

 灰雪ごと地面を津波の如く撥ね飛ばし、僕らのマスを激しく揺るがす。マグニチュードによる計測は不可能だ。


 次々と箱庭に訪れた【星】たちはよほどやんちゃなようで、どいつもこいつも気軽にやあとハイタッチをしていく。その度に、地表に寄生している僕らは大騒ぎしている。


 三発連続で僕のマスにやってきた【星】に潰されてプシュケーを失った。

 目に映るまでは時間がかかったけれど、一つ堕ちてきてからは潰されることを認識する前にどんどんと絶え間なく堕ちてきていた。身体が元通りになってからようやく潰れていたことに気付くのだ。


 煎餅のようにのされてもプシュケーを1点消費するだけできちんと元通りになるのだからすごい。痛いは痛いが、神秘的攻撃を受けた時よりは痛くない。我慢できる痛みだ。


 エドアルドの立つマスが馬鹿みたいに拡張される。

 四国くらいの大きさがあると言われても信じそうな広さのマス、全域を覆う巨大な隕石が堕ちてきて、マスのどこにいるのか定かではないエドアルドを押し潰す。


 ――ぷちっ♪ という愉快な割にえぐみのある音が、聴こえた気がした。


 それが最後の隕石だったみたいだ。

 じゃがいも畑みたいに転がっていた隕石が効果の終了と共にプリズムポリゴンを散らして消えていく。


 しかし、隕石は消えても、もたらされた被害は残っている。

 アトランダムに堕ちてきた隕石、【星】に箱庭フィールドは徹底的に破壊されていた。


 拡大されたマスのあちこちに大きなクレーターが開き、一部には深い地割れが発生して、底の見えぬ奈落への直行便を提供している。


「局地攻撃系神秘ミスティック【星堕ちの詩】。神秘力の消費でしか発動できない代わりに、消費する神秘力の量を問わないカード」


 潰れたカエルのように這いつくばるエドアルドに講釈を垂れる。


「天球で踊る【星】を大地に堕として攻撃する超常の神秘ミスティックだ。【星】の攻撃範囲はアトランダムに選択されるたったの1マスだが、当たれば防御無視で3000ダメージを稼ぎ出す! 消費する神秘力を100で割った分の【星】が墜ちる……単発じゃ分が悪いだろうが、下手な鉄砲でも二十一発撃ちゃ当たるんだよっ!」


 【ピッカリン】も【精鋭ピッカリン騎士団】も、【星堕ちの詩】の効果でカードより薄くペラッペラに引き伸ばされて捨て札へと投棄されている。


 ちなみに僕にも五発ヒットしている。18マスの中から当たりを引くのは5%ぐらいなのだが、それを五回も引くのはむしろ豪運なのでは? 無駄にプシュケーを消費してしまった。


 ありえると考えていたのは、見事に敵サーヴァントだけを避けて着弾するという最悪の展開であったが、二十一発も撃たれてはさすがの【黄金騎士】に連なる者と言えどどうにもならなかった模様。


「エドアルド! あんたの根幹を成す【精鋭ピッカリン騎士団】は破壊した! もう勝ち目はないぞ!?」


 これから手札を使用しなければ、エドアルドの方が先に手札を切らす。

 支払いできない債務者への督促、差し押さえは迅速だぞ。


「惨めに残りのターンを終えるぐらいなら、僕はあんたに降参リザインをオススメしよう」

「……お断り申し上げよう」


 彼はそう言って、笑う膝を殴りつけて立ち上がった。


「まだ、終わっていない」

「まだ手札をいじれるカードをお持ちで?」


 僕の問いには力なく頭を振る。それは助かる。

 肩で息をするエドアルドは僕を睨みつけた。


「少年のプシュケーは残り5点……! 手札を失う前に、5点ならば削りきれる!」

「無理だな」


 僕はエドアルドの希望を一言で切って捨てた。

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