第171話 終焉、のち黎明

 エドアルドは奥歯をギリリと食いしばり、


「無理ではない! 私にはまだピッカリンの栄光ある騎士団ナイツの一員が手元にいる! 彼らと連携を取れば、少年が逃げ切る前に捕まえることも可能だ!」

「だから、それは無理なんだ」

「まだ私の手番は四回も来るだろう……四回も手番があれば、少年を詰めるには十分……」

「無理だと言っている」


 淡々と否定を繰り返す僕に、エドアルドが声を荒げて咆えた。


「なぜだッ!? 少年、貴様には何が見えているというのだ!」

「あんたにも見えているはずだが。一つ訊くんだが、あんたが重用する栄光あるピッカリン騎士団の一員とやら……当然、は付いているんだろうな?」


 人間に近しい種類の種族ならば所持しているはずの身体部位。

 僕はパシッと軽く自分の太ももを叩いてみせた。


「……足、だと?」


 呟いてすぐにエドアルドはハッと目を見開いた。


「この星跡はただの演出ではないのか!?」

「御名答!」


 幾重にも堕ちてきた【星】により耕された地表は、地平を必要とする者に困難を強いるようになっている。

 ただの演出ではないため……待っていたところで元通りの歩きやすい地面に直されたりはしない。


「僕が【星堕ちの詩】を使用した本当の目的はこっちだ! 【星】は落下したマスの地形を容赦なく破壊する! その跡に残るクレーター、『星跡』を移動するのは大変だろう、なんてのは見て分かるよな? 地形『星跡』を脱出して移動するためには、行動力2が要求される……!」

地形破壊ランドデストラクション……! ぐっ、サ……サーヴァントの破壊は副次的なものだったと……?」

「いや、そこも狙ってはいた。サーヴァントを退場させておくに越したことはないからな」


 最低でも【精鋭ピッカリン騎士団】はフィールドから下手側に消えてもらう予定ではあった。

 そのために【山の怒り】を保持していたのだが……エドアルドに奪われてしまったので【星堕ちの詩】全賭けに出ざるを得なかった。


 二十一発も撃てば一発くらいは当たるだろ! と祈って撃ったが、なんとかなって助かった。僕に五発も当たった時はくらりと目眩を感じたが。

 【山の怒り】さえ残っていれば、心臓に悪い賭けをしなくても済んだのに。


 箱庭は『星跡』でボコボコだ。月よりもクレーターが多い。当社調べ。

 そこに再び、勢いの強くなってきた灰雪が沈んでいく。


「僕のターンは終わりだ。残り七枚になるあんたの手札に、打開の手立てがあるのなら――最終決戦といこうッ!」


 手札のカードを引き抜いて、徹底抗戦を示唆する。


 移動が縛られる以上、地表を歩く人間型のサーヴァントしか入れていないであろうエドアルドに追い詰められる要素は考えにくい。


 敗色濃厚の現状を覆す奇想天外の一手。たとえ大逆転を狙う手があったとしても、凌ぐ自信と手段が僕にはある。

 そういう気概の表れ。


 厳しい表情で固めていたエドアルドは、時空嵐の歪みに取り込まれつつある中、不意に口元を緩めた。


「……なるほどな、ふふふ……」


 昏い時空の乱れが帯を成し、エドアルドを中心に渦を巻く。

 だんだんと半径が縮まっていき、繭のように密集を始めていた。


 普段であれば時空転換タイムトランス、時空嵐に襲われるのは対戦相手と同時のタイミングだ。

 だから、どういう風に見えているのかは分からなかったが、こんな感じになっていたのか。


 ……長いな。手札を二枚捨てれば解放されるはずなのに。


「よく分かったよ、少年」

「うん?」


 灰色の雪、昏い時の乱れ、灯りなき世界に遮られていながらも、どうしてか彼は満足気な表情を浮かべているのが見えた。気がする。


「私は少年のことを見誤った。最初はよそ見ばかりで立ち姿は隙だらけ、なんてやる気も実力も感じられないなのだと思った。よりにもよって姫様の傍に控える者がこれかと、な」


 それは全くもってその通りで申し訳ない。

 隙のない立ち方とか全然知らなくて本職の方からしたらお怒りになられるのはごもっとも。


「そして、たかだか空を飛んだ程度で涙目になっている様子を目の当たりにして、少年がただのであることに気付いた。騎士ならばどのようなことがあろうと、戦いの場で涙など見せぬ。少年は騎士の役目を与えられてはいるが、騎士ではないのだと理解した。姫様の思いつきに振り回されているが、本来は我々のような騎士が護るべき子供だ」

「……妙に落ち着き出したのはそのせいか」


 そりゃまともな大人なら、子供がいくら言葉を荒げようといなせる精神性を持っているだろう。


 確かに僕は騎士ではない。

 ここにいる僕を正しく表現するのなら、“カードゲームを遊ぶ子供”が相応しい言葉には違いなかった。


 しかし、戦う者でいるつもりではあった。

 胸の内に不満を感じた僕を見透かしたかのように、エドアルドは台詞を継いだ。


「だが、結果として――私は少年に敗けた。最後の最後まで、少年を見誤り続けたがゆえに」


 エドアルドは手札を捨てる様子を未だに見せない。


 時空の歪みは形容しがたい歪みになっている。


「急な戦闘にも関わらず有用な戦術を組み立てる頭脳の回転、神秘的攻撃を耐えきる騎士以上の精神力、身体能力については今後の鍛錬が必要だと見受けられるが……」

「そこは鋭意努力中だ」


 たくさんメシを食べて、インナーマッスルを鍛えている。多少は体重も増えてきた感触がしている。


「であれば、そこは飛躍に期待しようか」


 エドアルドは柔らかな苦笑を溢した。


「――そして、何よりもどのような状況であろうと、少年は『ゲーム』を楽しむことを止めなかった。箱庭の全てを破壊するような力を躊躇なく使用する方が、空中ブランコなどよりもよほど恐ろしいと思うのだがね。勝利のためには、躊躇わない。ようやく理解した。騎士でも、ただの子供でもない。少年は“カードプレイヤー”なのだと。我々とは違うルールで動いている生き物なのだとね」

「あんたらとは……前提が違う。あんたたちにとってカードは戦いの道具だが、僕らにとっては娯楽だ。精神性は違って当然だろうな」

「遊びであろうと、カードの強さに現れるのであれば誰も文句は言えない。特に、少年のような常軌を逸した度合いで楽しめる輩には」

「失礼な。真っ当にカードを楽しんでいるというに」

「一般的なカード遊びをする子供は、【ピッカリン】の神秘的攻撃をノーガードで受けて立ち上がることはできないだろう。少年は異常だぞ」

「立ち上がらなかったら敗けるだろうが! 僕はカードで勝つのが好きなのであって、敗けるのは死ぬほどイヤなんだ!」

「……くく、有言実行するのは不可能なダメージのはずなのだがな……」


 時の帯が千切れてはくっつき、結びついては破れている。

 繭の形を保つのも難しくなって、刺々しく暴れ出す。


「また姫様のお転婆が出たかと思いきや、意外にも真面目に選ばれたようだ」


 至極、真剣な表情をしてエドアルドが言った。


「少年。……いや、“瑠璃姫の騎士アズールステラ”LS。姫様のお傍で御身をお護りする資格を有すること、このエドアルド・ピッカリンが認めよう――」


 時の繭が瞬間、最大まで膨張し、直後に爆縮。

 昏い色をしていた繭は中に在ったものを全て呑みこんで、時空の彼方へと消えた。


 灰色の雪は降り止み、曇天が晴れていく。

 地平の果てに新しく生まれた太陽が、広がる闇のあちこちへ眩い光を伸ばしていく。


 ある時代の黄昏が終わり、次の時代の黎明が訪れる。




【You Win!!!!!!!】

【ピッカリン家長男:エドアルド・ピッカリン が 時空を追放されました】

【...Close miniature garden】



主職メインジョブクエスト:シャルノワールの試練】

【Link!】【next target:エドアルド・ピッカリンを倒せ!】

     【Clear!!!】

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