第60話 クライマックスは4ターン目

 確認で問いかけたが、リョーマは鼻で笑っただけ。

 言質を取らせない努力は買うけれども、その態度が答えだ。


 『司令官コマンダー』はこの世界で最も採用されたことのあるデッキコンセプト……というよりは戦術・戦法の一つである。


 敗北条件に設定されたプシュケーの喪失、これはフィールド上のプレイヤーがダメージを受けなければ条件を満たすことはない。ならばプレイヤーが直接対決ファイトするのはやめておこうと考えるのは自明の理。なんならチュートリアルでもそう説明される。


 代わりに徹底してサーヴァントを駆使して戦う戦法スタイルを『司令官コマンダー』と呼ぶ。

 スターターデッキが『司令官コマンダー』向けの構成になっているので、誰もが一度は触れたことのある戦い方だ。


 対面しているリョーマ・ザ・ゴッズの場合は『司令官コマンダー』をさらに洗練させたもの。現時点では『純司令官ピュアコマンダー』と呼ばれる戦術に近いと思われる。


 その特性は数による圧殺。


 例えばアッシュが好む『プレイヤービルダー』はプレイヤーを含む一枚か二枚のカードを徹底的に強化する、質を求める戦略だ。

 育てば凶悪だが、育つまでに時間がかかり、万が一外付けの強化を剥がされると一気にやれることが少なくなる。


 『司令官コマンダー』はその逆で、そこそこの性能のカードを休む間無く繰り出して、数は力を地で行く。

 ハイレアの強力なカードも四方を囲まれると秒で溶けかねない。行動力を失ってしまえば案山子カカシと変わらないのはレアリティに関係なく共通のシステムだからだ。


 かと言って、高性能カードが混じっていないという願望は不幸の素。

 プレイヤーの育つべきメインルートだけあり、『司令官コマンダー』に適合するハイレアカードは非常に多い。油断していると一気に食われる緊張感がある。


「『純司令官ピュアコマンダーの特徴は……自陣の中央に根を張るプレイヤー」


 敵の接近を防ぐためには最後列に陣取るべきではないか。

 その疑問にはまだ答えが出ていない。


 しかし現在のところ、ウルズフェイズにおいては中央に陣取るのが定石となりつつある。


 両端にサーヴァントを並べておけば仮に3ターン目で同名カードを引いてきた時に存在重複スタック・イグジスタンスしやすく、来なければ中央前列に別のサーヴァントを出せる。両端はそのまま前進させれば、無駄なく先陣の壁と鉾が組み上がる。


 別に効率などを無視するなら同じ結果は幾通りものやり方で弾き出せる。

 そこをあえて定形パターン化しているのは、思考に割くリソースを節約するため。

 いちいち場面ごとに考えて導き出すのではなくて、この場面ではこうする、あのカードがあるならこのカードを使う、といったいくつかの定形パターンを作っておくのは有効な手段だ。


 疲労していると著しく思考能力が落ちる。『司令官コマンダー』は考えることが比較的少ない戦法スタイルだが、それでも勝負どころに持ち越す疲労を減らす努力はすべきだ。


 『司令官コマンダー』は使用するプレイヤーが断トツで多いため、研究の進みも早い。それだけ定形パターンの構築や特定場面での対策などにおいて、桁違いの試行回数を誇る。


 王道の戦術は今よりも一時間後、今日よりも明日、日進月歩もかくやという速度で進化しているのだ。


 要するにリョーマが属する『純司令官ピュアコマンダー』とは、最先端の研究を反映した『司令官コマンダー』ということ。


 イクハがリョーマに敗けた理由もこれで分かった。

 彼女もどちらかと言えば『司令官コマンダー』寄りの戦い方をするが、自分で集めたカードだけでデッキを作って参加している。物量が同等だったとしても、最新の研究と『極東騎士団』から提供されたカードの質に勝てはしまい。


「おい! いつまで考察してんだッ!」

「あ、僕か。サラ金がターンエンド宣言をしてくれれば気付くんだがな」

「カウント切れで死ねっ」


 無言でターンエンドしていたリョーマが中指を立てるパフォーマンス。


 残りは二分もないが、行動をしている間はカウントが止まるから焦らなくて大丈夫。考えることはすでに考えている。


「僕のターン……ドロー!」


 手札にカードを一枚追加し、即座に【シルキー】から差し引き一枚のプラス供給を受ける。こういったドロー系の特殊効果で隣接マスのみとかの制限がないのは大変助かる。


 この手番で僕のやることはシンプルだ。

 右側後列にサーヴァントを出陣させる。


世間話ゴシップ級サーヴァント【名探偵の使い魔ディテクティブ・ファミリア】。先に言っておくけど、一応妖精らしいよ」

「ンなのはどーでもいいが……戦闘力バトルポイント100、生命力ライフガード100、行動力にいたっちゃ1しかねぇゴミでいいのか?」

「酷いことを言うね。このカードがお前を破滅させるのに」

「ハッ! ただの探知サーチカードじゃねぇか! しかも『妖精』しか引っ張ってこれねえ欠陥カードが、誰を破滅させるって!?」


 リョーマには応えず、ここで僕は右側前列、【ハイコボルト・グラップラー】が鼻息荒く待ち構える最前線へと軽い気持ちで移動する。


「ここでターンエンド」


 ――時空転換タイムトランス


 手札要らないカードを二枚捨てる。

 リョーマも恙無く処理を終えて、時空の歪みが収まっていく。


「わざわざ殴られに来てくれんのかよ! 痛覚は軽減してあるか!? おれに泣き落としは利かねえから、無理だと思ったら降参してくれよなァ……!」

「うん、まあ仕方がないからね。それから忠告だ」


 イキイキと山札に手を伸ばすリョーマに言うと、彼はわずかに胡乱げな顔で僕を睨んだ。

 でも言っておかないと後でうるさそうだからな。


「このターンで何とかしないと――お前の敗けだ」

「……ッ、クソザコ愛玩動物どもがイキんじゃねェッ!!! 【ハイコボルト・グラップラー】、痛い目を見せてやれ!」


 リョーマの指示に従い、大型犬のようなモンスタータイプのサーヴァントがクサい息を撒き散らしながら、僕の生命力ライフガードとプシュケーを削っていく。掌にあるのは柔らかそうな肉球なのに、それで殴られると痛いのはなぜなのか。


「うっ……、ふ……僕は痛覚0%じゃないんだけど、あまり痛くないね。プレイヤーがしょっぱいと威力も落ちるのかな?」


 僕の強がりを真に受けたリョーマが額に青筋を浮かべる。


「すぐにナメたこと言えなくさせてやっから。あえて囲まずにプシュケーが0になるまで殴ってやるよ……痛覚カットしなかった自分を恨めやァッ!」


 続いて、敵陣の中央前列に先ほど新たに出陣した世間話ゴシップ級【ホブゴブリン・ソードマン】が僕の陣地に浸透してくる。

 青と赤の境界線を乗り越えて、自陣前列にやってきた【ホブゴブリン・ソードマン】が手に持ったなまくら剣で僕に斬りつける。デッキホルダーの大鎌でガードしたのにプシュケーダメージを受ける。つらい。


 空いた敵陣中央前列には世間話ゴシップ級【呑んだくれの傭兵】が追加された。この場にリョーマのカードは四枚も出ているのに、特殊能力を持っているのはたったの一枚。

 どいつも戦闘力はそこそこ立派だ。【ラビッツオーケストラ】を三枚出せれば僕が戦闘力四倍拳で倒せる程度に強い。


 だが、それだけ。


「……僕のターンを始めていいんだな?」


 人知れず【獣人ワービースト:シルバーウルフ】を自陣の左側中列まで移動させた後に手動エンドしていたリョーマに、今一度、確認しておく。

 他にリョーマのできることは神秘ミスティックだけだったが、おそらくそれは不可能だ。


「いちいち確認してくんじゃねェよ、ダリぃやつだな……記録ログを見ろや、ノロマがよ!」

「やっぱりか……分かった。では、僕のターンを始めよう。ドローッ!」


 山札からカードを手札に引き入れると、僕の指は【買い物上手の家妖精シルキー】……ではなく、【名探偵の使い魔ディテクティブ・ファミリア】を次に行動するカードに指定した。


「お待ちかねだ! お前を破滅に誘う一手、ここで打とう! 【名探偵の使い魔ディテクティブ・ファミリア】の特殊能力『使い魔情報網ファミリアチャンネル』を使用する!」


 トレンチコートを着た人形サイズの使い魔が、板みたいな端末を取り出して動き出す。


箱庭フィールド、手札、山札のいずれかに合計三枚の【名探偵の使い魔ディテクティブ・ファミリア】が存在する時、その全てを捨て札にする代わり、任意の『妖精』一枚を山札から探し出して手札に加えられる!」


 テキストを説明しているとリョーマがイライラと舌打ちしながら怒鳴った。


「チッ、いちいち口に出しやがって……。妖精みたいなクソカードが一枚増えたところで何も変わんねェから早くしろや!」

「ここからが盛り上がるところなんだ、やらせろよ。それとも黙々と作業みたいにやっている方が楽しいか?」

「……ケッ! 言い争う方が無駄だ!」


 作業ゲーも僕は別に嫌いじゃないが、相手と交流があるゲームで作業になるのはクソつまらない。作業にしてこようとするなら全力で抗ってやるのが僕流だ。


 改めて。


 僕は一度咳をして、早くも迎えたクライマックスチャプターの開始スタート宣言コールした。


「デッキから呼び出すのは【トラブルハンター・フラワリィ】――移動して中央中列に出陣させるッ!」

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