第61話 低価格フラスタの破壊力

 敵のサーヴァントに囲まれた立地から1マス退いて、中列に戻る。

 わざわざ前列まで移動してプレイヤーに攻撃を釣ったのは、この中列を空けておくためだ。


 大鎌を左手に保持し、山札から飛び出したばかりのカードを右手で陣地に叩きつける。

 出陣の演出がド派手に入った。


「……金、だと……!?」

「来いよトラブルメイカー! 久しぶりの活躍シーンだぜ!?」


 叙事詩エピックの出陣演出はいつ観ても素晴らしい。昨今の金色は安売りされているが、このゲームにおいては現実に次いで価値が高い。


 金光の中から溢れる花びらの奔流に乗って、その妖精が姿を現す。


「呼ばれて飛び出てふらわり〜! LSさん随一の相棒、エクセレントトラブルハンターのフラワリィさんが参りましたよぉ!」

「勝手に名乗り口上で相棒になるな」


 しかもエクセレントに格上げしている。恥ずかしくないのか、自称を自分でランクアップさせるシステム。


「……ハッ!」


 金色の演出に腰が引けているリョーマだったが、彼は弱気を振り払うように腕を強く薙いで気を張った。


「どんなに貴重な叙事詩エピックだとしても、だ! 所詮は妖精……金を飾るには役不足なんじゃねぇか!?」

「力不足だと言いたいのなら……それはNoだな」


 パワーに欠けるのはシリーズの平均を考えればの話だ。

 先ほどと同様の難癖を明確に否定してみせた僕にリョーマは目に見えて怯んだ。


「どうした、元気がないじゃないか。叙事詩エピック級を見るのは初めてか?」

「お、おれがビビってるとでも言いてえのか……! 大口を叩いた割には戦闘力0とかゴミ以下のカード出しといてよくもそんな上から殴ってこれるな!」

「ご、ゴミィ!?」


 リョーマの台詞に過剰な反応を示したのは、我らがトラブルメイカー【フラワリィ】である。


「極点月下、花鳥風月も裸足で逃げ出すフラワリィさんをゴミと称しましたか!? LSさん、許せません……! あのハゲをブチ殺しましょ~!!!」

「だっ、誰がハゲだ! カードに変なことを言わせやがって名誉毀損で訴えるぞオメー!」

「キンキラうるさいですねぇ! ソーラーパネル頭に据え付けた分際でフラワリィさんに楯突く自家発電野郎が悪いに決まっているでしょう!」

「なっ、なっ……! おおおお、おい、運営! なんだあれ、LSに過剰なハラスメントを受けているぞ、罰則を適用させろ!」


 口で負けたリョーマが運営に泣きつくと、即座に【フラワリィ】の口周りにバッテンのついたマスクが装着される。おしゃべり禁止。


「LSに罰則を適用させろよ!?」

「あいにく、これは僕が言わせているわけじゃなくて、このカードに搭載された自律AIが勝手にお前をなじっているだけだからな。……大体、妖精がテキトーに振り回した罵詈雑言なんだ、そこまで必死になって否定せず流しておけよ」

「くっ……、なんだそりゃあ……!」


 僕の指摘でムキになることが逆に事実であると示唆する可能性に気付き、リョーマはザコザコとうるさい口数を減らした。


「【フラワリィ】の言っていることのほとんどは意味分からんが……やる気十分というのは伝わってきた。結構――ゴミでも集えば立派なフラワースタンドになれるところを魅せていこうか!」

「LSさんまでゴミって言うな!」


 普通に話してるじゃないか。バッテンマスクの意味ねえ。


「うるせえ、やるぞッ! 【トラブルハンター・フラワリィ】の特殊能力は箱庭フィールド出陣時に自動で発動する――『熾天飾りし花車フラワリィ・リング』!」

「わぉ! 十四枚も捨て札があるのに神秘ミスティックは四枚しかない! これは怠慢ですよぉ!」

「引けなかったんだからしょうがないだろ!」


 【フラワリィ】が捨て札から回収してきた四枚の神秘ミスティックが、まるで花弁のように【フラワリィ】の周囲を回転する。カードが一枚ずつ【フラワリィ】を中心に一周する度に妖精の戦闘力が上昇していく。


「ば、バカな……! 戦闘力バトルポイントが急激に上がっていく、だと!? 500……1500……まだ上がるのか……っ?」


 【獣人ワービースト:シルバーウルフ】が『凶暴化』した数値を軽々と上回っていく様子に、ずっと強気を貼っていたリョーマの顔が完全に強張った。


「『熾天飾りし花車フラワリィ・リング』は自分の捨て札にある神秘ミスティックを五枚まで装備・強化できる特殊能力だ。強化される戦闘力バトルポイントは、神秘ミスティックそれぞれの必要神秘力を加算した数値……」

「だとしてもッ! その馬鹿げた数値はなんだ!?」


 信じられないものを認知したように目蓋をかっぴらいてリョーマが怒鳴った。


 四枚の神秘を纏った【フラワリィ】の合計戦闘力は――


「さすがに3800はありえねーだろっ!?」


 トップエンドでも滅多にお目にかかれない最……極上位の破壊力。


 それこそ、ゴールデンウィーク最終日に行われる全プレイヤー対象の大会にて披露されるべきカード。


 僕は謙遜して言う。


「貧弱な妖精なんかの準備に時間を取らせてしまってすまないな。本当はもう一枚の神秘を用意したかったんだが、お前が待ちきれないようだから予定を前倒しさせてもらった」

「まだ上がるってのか……!」

「もちろん。5000を目指している」

「どこからそんな強いカードを持ってきやがった!? それほどの消費が必要な強い神秘ミスティックなんて、『三つ星』じゃ入手の手段がほとんどネェはずだ!」

「何を言ってるんだ? オークションに捨て値で置いてあったよ」

「…………ンだと?」


 オークションには一枚ずつの出品とは別に、複数枚をまとめて出品する機能もある。まとめ売りで少しでも価格を吊り上げる手法だ。

 僕はそこに出ていた神秘ミスティック叩き売りセットをいくつか購入しただけ。


「実戦に適した、使強いカードじゃなくても良かったからな。ひたすら効果の程度に必要な神秘力が割に合わないカードを探しただけさ」


 火力が高いけれど、それ以上に神秘力を喰う攻撃魔術。

 標的ターゲット選定が優秀だけれど、そのために他の似た神秘の倍も消費する神秘ミスティック


 『ノルニルの箱庭』攻略サイトで低評価を打たれたカードたちは、僕の財布にも優しい価格で集められる。


「世間的にはクソカードでも、僕とこいつにとっちゃ戦いを彩る良カードさ」

「チ……ッ! 名言でもほざいたつもりかよ!」

「別に? ただこいつを雑魚とこきおろす、『極東騎士団』からスポンサードを受けたリョーマ・ザ・ゴッズさんならさぞかし強いカードを出してくるんだろうなと思って。伝説レジェンダリーとか出てきますか?」

「出るワケねェだろボケナス!」


 ああ~! 気持ちいい~~~!!!


 悔しげに吠えるリョーマの表情がマジで良い。

 盤面が出揃ったところで煽るの、めちゃくちゃに気持ちがいい。


 何を言われたところで基本我慢できるが、溜まっていくフラストレーションは止められない。

 どこかで消化しなければならないとなったら、やはり溜めさせられた原因に全てをぶつけるのが健全だろう。


 こうやって上から目線で煽れているのも、僕は安全圏にいるのだと予想を立てているからだ。この後でまくられたら顔真っ赤で布団に潜り込むしかなくなる。


 リョーマのデッキはおそらく、ほとんどが『極東騎士団』から貸し出されたカードで構成されている。

 自分で入手したカードは全くデッキ入りしていないだろう。もしかしたらリョーマのカードは【シルバーウルフ】だけかもしれない。


 そして僕の予想が確かならば――リョーマに貸し出されたのはノースキルの『三つ星』ランクカードだけ。


 この人となりだ、貴重で有用な特殊能力持ちのカードを貸すのは渋られた可能性が高い。

 あるいは『極東騎士団』が盗難などを考慮して特殊能力持ちを貸し出さない方針なのかもしれない。


 代わりにノースキルで基礎能力の高いカードを貸し出して、それが最も力を発揮する王道にして本道、基本にして必殺となる『司令官コマンダー』での戦いを身に着けさせる。


 基礎を身に着けさせるという意味では真っ当な工程だろう。


 その上で『三つ星』ランクで解禁されるカードならば特殊能力無しでも通用すると考えた。初心者しか出てこない大会だからな。

 リョーマの誤算は、【フラワリィ】という大会では飛び抜けて最上級のカードが準備万端、出陣してきたこと。


 『司令官コマンダー』を真っ向から破壊する方法は二つある。


 リョーマがイクハにやったように、平均的な軍団の質で相手を上回る。

 もう一つは、これから僕が行う。


「さて……圧倒的な個にご自慢のデッキが壊されていく様を存分に味わってくれ」

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