第62話 カード狂い
僕は大鎌を指揮棒のようにして踊らせる。
見た目の割に軽い大鎌の指示に合わせて【ラビッツオーケストラ:ヴァイオリニスト】が荘厳華麗に演奏を始めだす。
「まずはヴァイオリンの前奏から聴いていけ! 『
【ラビッツオーケストラ】に含まれる楽器の
「
「
今となってはあまり意味もないが……リョーマをビビらせる大仕事をした【ラビッツオーケストラ】には殊勲を与えたい。
「何をどうやっても【フラワリィ】を排除する手段はないと思うけれども一番厄介なやつを排除しておくか。【シルバーウルフ】に攻撃だ、フラワースタンド!」
「フラワリィさんをひとやまいくらの造形物と一緒にしないでくださ~いっ! 訴えますよぉ!」
文句を言いながらもバビューンと飛んでいった【フラワリィ】が【シルバーウルフ】に勢いのままにドロップキックをかます。
身体の大きさは歴然、城塞と掘っ立て小屋ぐらいの差がある。
それにも関わらず、【フラワリィ】がトスッと蹴りを入れた瞬間、【シルバーウルフ】は粉々に砕けてポリゴンとして散っていった。
無情なまでに戦闘力の差は絶対であった。身体の大きさなど毛ほども問題としない。
「空いた中央中列にプレイヤー:僕が移動して……、念のため【シルキー】にカードを増やしてもらおうか」
【ラビッツオーケストラ】を護るために最短ルートを塞ぎ、手札を増強しておく。
「これで僕はターンエンドだ! もし打開の手段があるならば、ここで出さなきゃジリ貧だぞ!?」
「ほざけ! いつだってやることは一つしかねぇんだ、どんなに強いやつも囲んで棒で叩けば死ぬんだよォ!!!」
「知っている! 果たしてお前にそれができるのかっ?」
「やらなきゃ敗けんだろーォが!?」
山札からカードを引いてきたリョーマは中身も見ず、サーヴァントに指示を出す。
「【ハイコボルト・グラップラー】は2マス前進してLSの横を取れ、【ホブゴブリン・ソードマン】は一発LSを殴ってから、左に移動しろ! 【呑んだくれの傭兵】は空いたマスに前進して、LSに攻撃だッ!」
ずっと無言の手動操作だったのに、ここに来て口頭の指示を矢継ぎ早に繰り出してくる。
本気で焦っている証拠だろうか。
【ホブゴブリン】と【傭兵】の連撃を立て続けに喰らい、苦痛で胸の奥から息が漏れる。
「……く……っ! は、っハハ……ッ! 楽しいな、リョーマぁ!!!」
「……ッ、あの痛みを受けて……! イカれてるぜオメー!?」
「スカした悪ガキ気取りのお前よりも、ようやく全力を出す気概を得たお前と刃を交わす方が楽しいのは当然だろうが! 今更
「バカ……! オメー、とんでもねぇカード狂いのバカかよ……!」
吐き捨てたリョーマの言葉に、僕としては苦笑を返すしかない。
「僕とリョーマ、この世界でどちらが正しいのかは、カードが教えてくれる。お前の世界がそうじゃないのなら――可及的速やかに適応しろ。ここで息をしていたいのならな」
「…………チッ」
舌打ちと共にリョーマは新たに
サーヴァントの出陣を途切れさせたら、その時点で敗北は濃厚になる。やられると分かっていても適時追加していくしかない。
リョーマの思考が手に取るように分かった。
僕が陣形を密にしているせいで【フラワリィ】を囲むことが難しい。
強大な戦闘力に目を眩まされてはいても、
行動力は2なのだから上手くことを運べば二匹で囲めばワンチャンある。
僕の右手側からプレイヤーに攻撃を入れつつ、後列の支援を破壊しながら包囲する。
「――そうは問屋が卸さない」
大鎌を振り回す。
敵のサーヴァントごと、リョーマ・ザ・ゴッズの首を狩る。
……デッキホルダーがゆえに、そのような効果は発揮されなかったが、空間は真横に裂けて、そこからカードが一枚まろびでる。
確認もしていないけれど案の定リョーマのターンは終わっていた。
「僕のターン、ドロー」
そして僕もまた引いてきたカードの中身は見もせず手札に突っ込んだ。
勝利への道筋はすでに策定済だった。
「【フラワリィ】、前列に1マス前進だ」
「おまかせあれ!」
移動するだけなのに大げさな承りで飛んでいく妖精。
それに追随する四枚の
『ノルニルの箱庭』では面白いことに、捨て札に行くカードにも公開状態が保持される。各自プレイヤーは問題なく確認できるが、例えば【シルキー】の効果で手札から直接捨て札に投下しているカードなどは一度も公開していないので、相手は何が捨てられたのかを確認できない。
僕は今回、最大で十四枚のカードを捨てたワケだが、その内公開したのは
リョーマは僕が十四枚のカードを捨てたことは確認できるが、その捨て札の詳細は三枚しか把握できないのだ。
全ては反則やミスをデジタル的にシステム管理してくれているから可能な規則だ。
【フラワリィ】が纏っている神秘について、リョーマは四枚の要求する合計神秘力が3800ということしか分かっていない。神秘の詳細を把握できていれば、きっと違う選択をしていただろう。
「リョーマ。特殊能力『
「……実用に耐えない神秘ばっか集めてンだとか、言ってたろーォが」
「それは買い集めたやつの話だ。僕が自力で集めた実用品はプライスレスだろ?」
この実用的
「フラスタ構成陣を『
「ふふん! フラワリィさんの主はどんな時も勝ちに貪欲……いいですよぉ! たんとお喰らいなさいな!」
このゲームにはマスによる前後左右の概念があり、そして同一平面上を立体的に知覚して動くゲームである。つまりは『向き』も重要なファクターとして存在している。
上空から俯瞰して見た時、前方とは常に敵陣に向いているものだが、実際のプレイヤーから見るとその時向いている方向が『前方』だ。
『
自陣左側前列にいる【フラワリィ】が敵陣の方を向いて『
だが、この位置から右側に向かって撃てば――
「うぐ……っ、がああああぁぁぁああああッッッ!!!」
「くっ! 正気かよッ、オメー、自爆してまで……ッ!?」
僕ごと撃てば敵サーヴァントを一掃できる……!
「はァ、ハァ……! ……僕が、一時の痛みを我慢すれば、サラッと綺麗になるんだ……。効率重視なら、当然の選択では?」
「痛覚カットしてんならそうだろうが……!」
僕から言わせれば、せっかく危険なくタダの痛みで遊べるのに、なぜそれを放棄してしまうのかが分からない。
確かに痛覚最大値のアッシュほど振り切れとは思えないが、ちょっとした痛みはピリリとした胡椒みたいなアクセントだろうに。
世が世なら黄金と交換されたほどの価値を見出だせないのは残念だな。
「さて……」
痛みから立ち直り、僕はすっきりとした
くるりと回した大鎌の先端で、リョーマ・ザ・ゴッズを指した。
「ボコにされる準備はいいか?」
「よくねぇよ、クソが……」
よくなくても行くんだがな。
「僕は1マス前進して――」
「……おれの敗けだ。降参する」
「【ラビッツオーケストラ:チェリスト】を……、……ん? なんだって?」
これからストレス発散の本番だというのに、僕の耳が好ましからぬ単語を捉えた気がする。
嘘であれ、嘘だよな、嘘でしょ?
僕の願望を乗せた問いに対する回答は以下である。
「一回で終わらせろやクソカスが! こっから巻き返せるワケねーだろ! おれの敗けだっつってんだよ!!」
「いやだ!」
「あァ!? 何がだよ!?」
「あんだけイライラさせられたんだ、プシュケーが0になるまでボコらせろよ! 降参は認めない!」
リョーマは膝を落とし、地面に手を付いた。
「運営! 降参するから今すぐ退場させてくれ!」
「運営! 不完全燃焼になるからやめてくれ!」
【You Win!!!!!!!】
【プレイヤー:リョーマ・ザ・ゴッズ が 降参しました】
【...Close miniature garden】
僕の願いは聞き届けられず、無情にも対戦終了のテキストが飛んできた。
やられる側になると逃げるのが早い……!
「クソッ!」
『黒』といい、リョーマといい、中途半端な終わり方ばっかりじゃないか!
この燃焼し損ねたどす黒い感情はどうすればいいんだ!?
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