第178話 選ばれたのはこちらでした
佐藤と鈴木の対戦は、佐藤の勝利で幕を閉じた。
勝敗の要因は、単純に先手番を佐藤が持っていたというだけだ。
【クリームアイズモンスター】に追加でイチゴが乗せられて、戦闘力2000に成長したケーキを鈴木は止められなかったのだ。
どういう風に攻撃するのかと思ったら、ケーキから足が生えて立ち上がったものだから、一瞬何が起きたのか分からなくて「えっ?」と戸惑ってしまった。
そのまま【砂塵の舞姫】に向かって駆けていき、【クリームアイズモンスター】はサイドから生えた腕で彼女を捕まえると、正面のクリームで形作った口の中に放り入れたのだった。いつの間にかクリームが顔になっていて、割と気持ち悪かった。
生命力が尽きていない【砂塵の舞姫】はケーキの足の間から落ちてきた。口の中から髪の先まで、スポンジとクリームまみれでげんなりしていた。ケーキで窒息させる攻撃は新しい。
三回目の攻撃で【砂塵の歌姫】は【クリームアイズモンスター】の体内でクリーム漬けにされて消えてしまった。
そこで鈴木はリカバリーの代替サーヴァントを用意できずにやられてしまった、という流れだ。
鈴木が先手番なら、鈴木が勝っていたのではなかろうか。
二人とも一枚のサーヴァントを強化・育成するタイプのデッキで、その一枚を失うと非常に形勢が脆くなる。
一枚を育てきったら左右を固めるサブを育てて波状攻撃が始まるのかもしれないが、サーヴァント頼りのデッキ構成なため、育ち切る前にやられるとリカバリーに時間がかかる点が具体的な敗因として挙げられる。
逆に言えば、佐藤も鈴木も素材になるサーヴァントは山ほど入っていたみたいだから、時間さえあればリカバリーは利くのだが、時間なんていくらあっても足りないのが対戦ゲームの常。
さすがにウルズフェイズを終えてから何枚も素材を用意するのは難しい。
一枚、最低でも二枚で時間稼ぎのできるカードが欲しいところ。
もしくは
二人に共通した弱点は、攻勢に出れるまで時間が掛かる、そして単体では何の役にも立たないカードが多いという二点だ。
素材になるカードもそれ一枚で何らかの効果を持っていれば、対応可能な場面が増えてパフォーマンスが上がる。
「まあ、
僕の感想に、佐藤と鈴木は揃ってうむうむと頷いた。
欠点ばかり指摘してもつまらないからな。なるべくポジティブな言葉で締めるようにしている。
それから鈴木が口を開いた。
「それで?」
「……それで、と言われても終わりだが?」
「ハァー? おいおい、それじゃあ審査員を呼んだ意味がねぇだろお?」
佐藤と鈴木が「これだから陰キャは」とこれみよがしに溜め息を吐く。お前らに言われたかないわ。
「どっちの方が女に""ウケ""るかって!」
「そこのとこはどうなんだって!?」
こういう本性を表に出す時点で、あんまり女性ウケは良くないんじゃないかと思うがどうなんだろう。
実は案外、ガツガツ女性に興味ありますアピールした方が良いと考える人もいるのかな?
それはさておき……、
「二人のうち、どっちの方が女性ウケ良さそうなデッキか、ってことだよな?」
改めて条件を確認しておく。二人は同時に頷いた。
絶対評価ではなく、相対評価ならば僕にも言及可能だ。
「僕としては……ギリギリ鈴木の方がマシなんじゃないかと……」
「なにゆえ!?」
「よっしゃァ!!!」
理由はたった一つ。
「完成形は鈴木の方が良かったからな」
総合的に見るとどちらのデッキもドン引きポイントてんこ盛りだったのだが。
しかしながら前半は見なかったことにして、完成品に着目した時、鈴木の方が女性ウケしそうかなあと思った。
だって佐藤の【クリームアイズモンスター】は見た目美味しそうなケーキだが、足と手が生えて、クリームが蠢き、ケーキを食べるのではなく食べられるのだ。フィールドが夜中の調理場とかだったら間違いなくホラーだ。
それに対して鈴木の【砂塵の舞姫】を飾る服は、原材料こそ全く女性ウケしない虫と蟲だが、できあがった布自体は素晴らしいものだった。【舞姫】の魅力を引き出す、という点ではかなり優れていたと言えよう。
後半から対戦を見ている女性がいれば、鈴木のデッキを選ぶのではなかろうか。
鈴木はモデルとして【砂塵の舞姫】を用意していたが、別にサーヴァントでなくとも、プレイヤーだって着飾れるのだから。
虫たちを生き物ではなく素材として見れる女性がどれほどいるかが鍵だ。
続いて二人目の審査員、アッシュ。
「オレも現時点では自称カリスマデザイナーの方がいいんじゃねーかと思うぜ」
「ウッッシャッ!!!」
「な、なんだと……っ!? どうしてっ!」
「だって食えねーだろ、アレ」
本質を突くセリフに佐藤は「ぐっ」と呻いた。
「スイーツは一応味わうのがメインだろ? でもサーヴァントとして戦わせる以上、食ったりできねえよな。あんなに気味の悪いケーキは食えねえし……」
仮に食べられるのだとしても、足の生えていた場所を食べたくはないな。
「それに対して、服なら原料に目をつぶれば自分で試せるからな。リアルだと着にくい服で遊びたい人にはウケるかもしれん」
「さすがだな……オレの『カリスマデザイナー』の利点に気付くとは!」
「言っとくが、オレはあの原料に目をつぶれねぇから着るのは嫌だぞ」
僕も忌避感がある。
科学的に成分を抽出したとかで粉になってたり、知らないところで処理されているのならまだいいのだが……。
あの紫色に関しては【百足虫】本体をどうこうしていないだけマシな方か。
最後の審査員、リッカの言葉を待つ。
リッカはこの中で唯一の紅一点だけあり、二人のターゲット層にもマッチしている。
僕とアッシュはぶっちゃけ前座で、リッカがどちらを選ぶかで勝利が決まりそうだった。
彼女は両手を軽く挙げて、
「私が選ぶのは……」
ごくり。
二人が唾を呑んだ。
リッカが腕をしゅばっと斜めに伸ばして、両手をクロスさせた!
「どっちも選べない、という選択肢!」
「そ、そんなっ?」
「リッカたん!?」
「近寄らないで」
あんまりな結果に再審を求めようとする二人から、僕の後ろに隠れて距離を取るリッカ。
「カードなら大丈夫だけど、ノル箱で見ると虫は気持ち悪い。あと変異したケーキも気持ち悪い。ウケる女子は少数派」
「うっ……」
「ちくしょう……」
少なくともリッカにはウケなかった、ということで佐藤と鈴木はガックリと肩を落とした。
「でも」
リッカが続けた台詞に顔を上げる。
「将来性を加味すると……、『ハイパーケーキクリエイター』がわずかにマシ……」
「ッッッッサァッ!!!!!」
佐藤が雄叫びを上げ、鈴木はその場に崩れ落ちる。明暗がはっきりと分かたれた。
「そりゃまたなんでだよ? 手足が生えるのは許容できンのか?」
アッシュすらも理解できない選択に、リッカはあっさりと答える。
「今はこんなのだけれど、成長したらアート系のサーヴァントも作れる可能性がある。そうなれば手足も違和感ないし、女子ウケは考えられる」
「ケーキでアート?」
「クリスマスケーキとかでも、食べられるサンタさんの人形が乗ってるでしょう。チョコレートでも世界大会で実際に着られるドレスを作ったり、巨大なオブジェにしたり、変幻自在な創作の素材として使われることがあるから」
はー。チョコレートのドレスなんか着ている内に溶けちゃいそうだけどな。
チョコレートに世界大会があることも知らなかった。
「成長性を加味するなら、鈴木の服だってすごいことになるかもしれないが」
「それで原材料も毒蛾の汁にパワーアップしたとか言われたら怖い。原材料が露わになる以上、糸は仕方ないけれど、染料はせめてお花とかにしてもらわないと……」
想像してみたが、サーヴァントの毒蛾はかなりデカそうで、気持ち悪いというより恐ろしいかもしれない。
戦う敵なら戦意も奮えるし、何ならデザインによってはカッコイイとかあるのだろうが、素材だと言われるとどうしても……。
女子はおろか、男子も受け入れにくい状況を踏まえて、デッキを考え直してほしい。
相手を怯ませる効果はあるから、普通に戦う分には結構良いと思うんだけどな。
かくして、佐藤と鈴木の『どちらのデッキが女子にモテるでShow!?』は、両者「研鑽あるのみ」という結果に終わった。
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