第177話 染色剤の正体は未知のまま希望
引いてきたカードを表にして、鈴木が高らかに宣言する。
「ワハハハハ! このカードを使って、そんなケーキ作るだけのワザよりもガールズピーポーがアガるワザをよく観とけッ!」
「な、なにィ!? ガールズピーポーにバカウケ!?」
なんだか頭が痛くなってきた。脳の奥に刺さる言語だ。
「さとうしょうゆと違ってな、俺は下積み時代に稼いだなけなしの金で
「ぐっ……そりゃ俺の素材は職場からもらってきた練習用のものだけどよォ……!」
「今更後悔してもおせぇ! 見ろ、俺の二枚目の
そして鈴木によって呼び出されたサーヴァントに、本人を除く全員が「ウッ……」と引いた。
分類としてはおそらく、ムカデ。
猛烈に長い紫色の身体で、文字通り、全面を覆う籠を形作っている。長さの割に横幅は細く、引っ張ったら千切れそうだ。
籠の中には何かを抱え込んでいるようだが……紫色のドロドロとした何かであって、それが何なのかは把握できない。少なくとも触れてはいけない雰囲気を醸し出しすぎている。どう考えても毒あるだろ。
鈴木が味方として呼び出したはずなのに、他のサーヴァントが【砂籠紫毒百足虫】の出現にギョッとして明白に距離を取った。砂漠に住むサーヴァントからして、危険な生き物認定をされているのは確かなようだ。
「へ、ヘッ! ムカデなんて女子ウケしない生き物のベストスリーに入るだろーが! 策に溺れたな!?」
「毒も使いよう、上手くやりゃ薬になるって知らねえのかよ! いくぜ
前に突き出した手の中に【メタルサボ】の手で握れるサイズの金属針が何本も収まり、【デザートスパイダー】がお尻から吹き出す糸が束になってまとまる。
そして【砂籠紫毒百足虫】が籠の中からドロドロとした紫色の何かをペッと投げ捨てた。触れた地面がじわじわりと紫色に変色し、草原に生えていた草が死んでいく。
やっぱりアホみたいに強力な毒だ。鈴木はその中に【デザートスパイダー】の糸を放り入れた。
「せっかくの素材を……ミスったか!?」
「知らねえのか!? 【砂籠紫毒百足虫】の毒性に耐えられる糸にとって、こいつの毒砂は素晴らしい染色剤になるんだぜ……!」
その言葉に嘘はなかったようで、しばし経つと毒砂はポリゴンとなって綺麗に消え去り、後には溜め息が出るほど光沢の強いヴァイオレットの糸が遺されていた。
鈴木はその糸を拾い、いくつもの金属針をチェックすると……針を上下に上げ下げしたり、横に通したりを始めた。
「……何をしてんだ、それは?」
「見て分かんねぇのかよ、『布織り』だ」
「分かるワケねぇだろ! 初めて見るわ、そんなん!」
僕らも目を見合わせたが、三人とも上手く理解できなかった。
一番服飾の関係に詳しそうなリッカでもダメなんだから、そりゃ佐藤に分かるはずがない。
せめて機織りなら雰囲気で分かったのだが、手織りなんて鈴木のやり方が合ってるのかどうかも分からない。
戸惑っている内に、モーションが段々と高速になっていき……気が付くと紫の糸は一枚の細長い布になっていた。
「そんでコイツを、こうだ!」
鈴木はできたばかりの布を【砂塵の舞姫】にふわりと投げた。
絶対に受け取りたくないという意思を示す【舞姫】はサッと華麗に避けた。
毒で染色された布なんか僕も触りたくない。可哀想に。
紫の布側も避けられたままではいられないのか、【百足虫】の意思が乗り移ったかの如くウネって【舞姫】の艶やかな肢体に絡みつく。
完璧に捕まってしまい、【舞姫】がガクリと首を落とした直後、紫光が斜め上から差して【舞姫】の一部を隠した。
「俺の主職『コスメーア:仕立て屋見習い』は素材から作った服を着せることで、サーヴァントの強化ができる! こんな風に女の子を強く綺麗に着飾らせることができる俺はナウなガールにモテモテのはず!」
【舞姫】を隠していた紫光が晴れると、彼女の服装は一変していた。
上半身を覆っていた服が消え、下着と腕のアクセサリだけになり……そこに深紫の薄衣がショールのように被っている。
あまりにも薄い布がゆえに、色の濃さと光沢も相まって、透けるところと隠れるところが入り乱れ、【砂塵の舞姫】が元々持つ妖艶さを増している。
どうやら所持者に毒砂の影響はないようで、ホッと息を吐いた後は【舞姫】も生地に見惚れていた。
「なぜ仕立て屋が布を織るの……」
リッカが口に出した疑問に、僕は首を捻った。
「布は織らないものなのか?」
「普通の仕立て屋は、布は問屋から仕入れるもの。仕立て屋がやることは服を縫うことだから」
「言われてみると……ハサミとか針は想像付くけど、機織りをしてるイメージはないかもしれん」
そう考えたら今回の
そのヴァイオレットに染まったストールを装備しただけで、【砂塵の舞姫】の能力は1100も上がってしまった。
こっちも3ターンを浪費したことになるから、1100――たぶん
行動力は【砂塵の舞姫】準拠で2から増えてはいないので、【クリームアイズモンスター】よりも不利かと思いきや、なんだか特殊能力に項目が追加されている。
「この【紫毒のストール】を装備している限り、防御成功時に攻撃者の戦闘力を500減らす……! 味方は護る、敵は破壊する。両方やらなきゃならないのが、デキる男の辛いとこだ!」
「チッ……いくらカッコつけても、それが百足からデキてんのには変わんねえだろ! 原材料を知ったらみんなドン引くわ!」
「お前のケーキも似たようなもんじゃねーか! 何だよ、小鳥を食う小麦って! 恐ろしくてそんなの口にできんわ!」
「ウチのお菓子はお前んとこと違って全部安心の純国産品なんだよ! たぶん地面からの栄養だけで育ってるから平気だ!」
「国産を謳えば安全な神話がここで通じると思うなよ……! つーか、ウチの素材は本場の本物を仕入れてんだ、価値はアッパークラスも驚きの高止まりよ!」
唐突に口喧嘩を始めた二人だが、僕ら審査員がいなくても問題なかったような気がする。
なぜなら問題点はお互いに指摘しまくれているので。
一応リッカに尋ねてみる。
「女子として、二人のデッキはいかがですか」
「両方ともピンと来ない。少なくとも、原材料の姿は知りたくなかった」
ごもっとも。
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