第206話 静かすぎる立ち上がり

「シークレットイベント……そういうのもあるのか……」


 大会などの大掛かりなものをイベントと言いがちだが、個人向けのものも用意されていると。


「それはクエストとは何か違うんだ?」


 ふと思ったが、個人向けに用意されているのは、今の僕も進行しているジョブクエストのように、クエストの名目で発生するものではないのか。

 文言の非統一、変更に気付いたら確認しておきたいのがゲーマーの性である。


「さあ……詳細は不明だけれど。私の解釈で良ければ、プレイヤーの都合で進行を調整できるのがクエスト、できないものがイベントではないかしら」

「なるほど……大会も僕一人の都合じゃ何日もストップできたりはしないもんな」

「私の場合は突発的に発生したイベントを進行した結果、連続クエストの受注に至ったというのが経緯よ。その過程で【ブレイズコンドル】を入手したのよ」


 フルナの説明に一応の納得をした。


 特殊なイベントに連なるクエストの報酬だと言うのなら理解はできる。

 僕もイベントで伝説のカードを入手しているのだし、それならまだ民話レベルのカードなら比較的入手は容易だろう。

 どういう内容なのかはまた改めて教えてもらおう、教えてもらえるのなら。


「そろそろ先に進めても?」

「……構わない。でも、次は僕の手番になるか」

「そうね、サーヴァントの出陣以外にやることはないから。ターンエンドよ」


 カードの入手経路について納得はしたが、フルナの不可解な行動についてはまだ納得していない。


 サーヴァントを二枚も出陣させているというのに、攻めてくる気配がほとんどないのは何故なのか……。


 4ターン目ヴェルザンディフェイズで、僕の陣地に万全の状態で攻め込むためにはサーヴァントたちを前線に移動させておかなければならないはずだ。

 だというのに、プレイヤーカード:フルナも他のサーヴァントも初期位置から移動しない。


 おそらくはフルナのデッキの中でも上位に入る打撃力を持つサーヴァントをそこで燻ぶらせる理由はなんだ?


「僕のターン、ドロー!」


 背筋を這い回る不気味さを押し殺し、新たにカードを一枚補充する。


「こうきたか……」


 引いてきたカードの絵柄を確認して、僕は思わず呟いた。


「どうきたの?」

「それは後の展開をお楽しみに待ってくれ」

「残念。私の勝ちに繋がるのならネタバレ推進派よ」

「僕はネタバレを許容できない人間なんでね。可能な限り、他人にも強要してしまうぞ!」


 ドローカードを手札に格納し、それから【シルキー】に『おかいもの』をしてきてもらう。

 二回判定が発生するので、一回目で引いてきたカードも捨てる対象にできるのが助かる。手札がさらに二枚増えて九枚となった。プレイ初期からは考えられないほど贅沢な数の手札が序盤に集まるな。


 また順当に神秘ミスティックを捨てていけている。次の手番で【フラワリィ】を持ってきたとしても、上級ゴリラとなれるに違いない。


 潤沢な手札から二手目を「どれにしようかな」と選択する。


「二枚目はうさぎのカードでいこうか! 出陣!」

「早速『フェアビッツ』の醍醐味を味わえるなんてサービスがいいわね」

「サービス精神だけは旺盛だと定評があるからな!」


 【シルキー】とは逆側に呼び出した鈍色の光をスモーク代わりに出現するうさぎは……サングラスを掛けていた。


「……あまり可愛くないうさぎね」

「カッコイイうさぎもいる」


 肩出しのシャツを着たサングラスうさぎは、肉々しいジャーキーをワイルドに咥え、背後で存在感を放つドラムセットの中心に移動する。

 木製のスティックを取り出すと器用に前足で小粋なビートを刻みだした。


「世間話級【ラビッツロック:ドラム】。【オーケストラ】に並ぶラビッツ音楽隊の実力を感じてくれ!」


 サポート役に【オーケストラ】を連れてくることも考えたのだが、まだ大会とかで使ったことのない【ラビッツロック】を持ってくることにした。

 性能としては優劣付けがたく、使い勝手とか好みの問題になるだろう。


 ちなみにロックバンドらしくマジカルギターとかもいるのだが、どこから機材を調達しているのかは不明である。世界観壊れる。……今更か?


「【ラビッツロック】も音楽によってプレイヤーとサーヴァントを支援するカードだが、【オーケストラ】と違って担当する楽器によって効果と範囲が違う!」

「汎用性の【オーケストラ】、特化型の【ロック】……」

「……理解が早くて助かるけど、僕にもう少し説明させてくれてもよくない?」


 理解力の高さが僕の語りを殺してくる。クソ、対策されているのかもしかして。


「ともかく! 【ドラム】の律動は生命力に三倍強化をかける! 一枚の状態では範囲は自マスを含めて周囲9マスまで」

「あら、倍率がすごいわね?」

「【オーケストラ】のように戦闘力も行動力も上がるワケじゃないからな。それに【ドラム】はもうここから動けない」

「えっ? 配置場所固定なの?」

「このドラムセット、一ウサで動かせると思うか?」

「ええ……、そう、ね……?」


 僕が尋ねると、フルナは歯切れ悪く言葉を探し始めた。


 うさぎサイズになっていたところでドラムはドラム。

 小太鼓とかならともかく、縦になってたり、いくつも重なってたり、シンバルまでついている立派なドラムセットだ。


「動かせはするでしょうけど、とんでもない時間がかかりそうね……」

「そういうことだ。こいつは1マスの移動に2ターンかかる。移動なんかしてられん」


 今後、僕は【ドラム】を護る形でサーヴァントを展開していくつもりだ。

 フルナの挙動が読めない以上、さしあたっては盤面を強化しておくに限る。……他にやることがない、ということもある。


「僕の手番はこれで終わりだ。ウルズフェイズのラストターン、戦闘の手配はいかがかな?」


 僕はさっぱりだ。せっかく手札を全交換したのに、対決に耐えるカードがない。こういう時に限って【フラワリィ】が来ないんだよ。

 正面切ってカチコミをかけられたらヤバいのだが……。


 フルナは袖口からカードをドローして応えた。


「当然――戦場の準備は万端よ?」

「なるほど、参ったね」

「口だけ男には惑わされないわ。世間話級【ドドドードー】を出陣させて、ウルズフェイズを終了する!」


 新たにノースキルのドードーみたいな鳥類を残された隣接マスに出陣させて、フルナがあっさりとターンを終える。


 このカード群に何の意図があるのか未だ分からないが、覗き込んだ彼女の瞳には揺らがぬ自信が稲光の如く閃いていた。

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