第207話 宣戦布告の狼煙を焚け

「僕のターン。ドローさせてもらおう」


 手札にカードを一枚、デッキホルダーから追加する。


 今回使用しているデッキホルダーは腕輪型だ。ローブには籠手がどうにも合わなかったので、魔法使いスタイルに変更した。

 ねじくれた樫の杖とかもあったが、長物をデッキホルダーにすると面倒くさかったりするのは大鎌の時に体験しているので止めておいた。

 この不思議な腕輪は上部に大粒の蒼い宝石が嵌められていて、そこが異次元に繋がっているのだ。手を突っ込んで引いてくるスタイル。


 九枚になった手札に加え、【シルキー】のお買い物でさらに二枚。早くも十一枚と二桁枚数に突入した。


 非常に順調である。


 ……順調すぎて、なんだか落ち着かなくなってきた。時たま感じることのあるこの不安感は、僕の先行きを暗示しているのか、それとも考えすぎなのか。


 僕は中央中列に移動し、それから右側にカードを投げる。


「この手番で【ラビッツロック】に新メンバーだ。カモン【マジカルベース】!」


 バンドにおける音楽を下支えするリズムセクションのもう一つ、ベース。謎の電源を携えて、四弦のベースギターを構えたうさぎが鈍色の光から出陣した。

 このうさぎもまたサングラスを掛けており、そして革のジャケットを羽織っていた。お前らうさぎなのにそれはいいのか。


 リズムセクションの二つが揃ったことで、重厚な基礎が出来上がる。


「【ラビッツロック:マジカルベース】は横一列に行動力二倍ボーナスだ。……伝えておくが、一度範囲に入れば、手番がもう一度返ってくるまで効果は持続する!」

「それは厄介ね。行動力二倍ということは【マジカルベース】自体もかなり自由に動けそうだもの」


 【ドラム】と違い、肩掛けの【マジカルベース】は相当に身軽だ。行動力2の二倍なので、1マス動いてから改めて演奏することも可能。

 この二枚をセットで動かしても【ドラム】の移動が1ターンに1マスにならないのが、うさぎたちの非力さを物語っている。悲しい。


「さらにもう一つ。楽器は違えど、ハーモニーが力に変わるのは【ラビッツオーケストラ】と同じ……【ラビッツロック】もフィールドに二種類目以降が出陣すると、追加でボーナスが発動するぞ!」

「効果範囲が広がって、強化倍率が上がるのかしら」

「いいや。範囲が広がるのは正解だが、性能ボーナスについては違うな」


 僕が首を横に振ると、彼女は怪訝な顔をした。


「ボーナスで得られるのは能力値ではなく……神秘力さ。手番が来る度にフィールド上の【ラビッツロック】の枚数に応じて、神秘的音楽のハーモニーを摂取した僕は神秘力を増加させる!」

「その理論なら私の神秘力も増えていいのではないかしら」

「残念ながら我々ノルニルの戦士たちは敵性音楽に神秘性を感じられるようにはできていないらしい」


 敵にも補給してしまうようでは、複数枚での運用ができなくなってしまうではないか。


 枚数×100の神秘力が追加されるので、200点がぽわんと神秘力のカウンターに溜まる。微小な増加に見えるかもしれないが、サーヴァント基準で考えると生命力の少ない『フェアビッツ』においてはサーヴァントを一枚節約したに等しい。

 三手番も回せば【山の怒り】なら撃てるようになるのだ。後ろに置いておけば十分な量を稼ぎだせる。


 カード補充に強化支援。

 ヴェルザンディフェイズに向けての準備としては問題なかろう。


 フルナのサーヴァントが前列に敷き詰められているようなら、僕も【ラビッツロック】ではなくなんとか対決にも使えそうで使えないカードを捻りだして時間稼ぎをするのだが、そうではないので。


 次ターンの出方と対応が、勝負の行く末を分けそうだ。


「……念のために、一枚カードを伏せておこう」

「伏せる、ですって?」


 ノル箱では基本的にフィールド上に出たカードは表向き……カードの内容が分かる状態で提示される。

 カード情報が秘されたままの運用を許されているのは、秘匿系統の能力を持つか、あるいは、


「このカードは特定の条件を満たすまで使用することができない。フィールド上に存在はすれど、今のところは趨勢に寄与しないカードだ」


 こういった条件要求系のカードが挙げられる。


「フルナも知っているだろうところで言えば、アッシュが使う【山断ちの剣】みたいなものさ。手札から出してしまった以上、条件を満たすまではこうやって僕の周りを浮いているだけのお邪魔カードだ」

「絶妙にちょっと気になるカードを出してくるわね……潰したい……」

「散らせ散らせ、気を散らせ! 好きなだけ散らしてくれていいぞ! 僕の手番は終わりだ!」


 宣言と同時に僕らの存在する次元にねじれが発生する。


 ――時空転換タイムトランス


 手札から二枚のカードを生贄に捧げ、僕の無事を祈る。

 すると時空が奏でる悲鳴は遠のいていき、僕らには束の間の安寧が訪れる。


 ヴェルザンディフェイズの開始。

 もはや見慣れたシステムメッセージをやり過ごすと、早速フルナが山札に手を伸ばす。


「私の手番、ドローするわ」


 一枚引き込んだとはいえフルナの手札はわずかに四枚。僕とは倍近い枚数差がある。

 手札の数は対応可能数と同義だ。手札など多ければ多いほどありがたい。


 僕も少ない手札で進行することはあるけれども、それはドロー供給源がなかったり、手札を増やしている余裕がなかったりするせいで、手札が少なくていい場面はあまりない。手札は初手で僕だけ千枚ほしい。


 ところがフルナは運が悪くて手札を増やす手段がなかった……というよりは規定事項として織り込んでいるかのような落ち着きがある。


 ……そう、彼女は落ち着いている。

 この手札差が生まれるのは狙っていた状況とでも言わんばかりに――


「エルス」


 フルナは胸に手を置いて、毅然とした態度で告げる。


「私もあなたに倣って宣言するわ。この手番で私は最大戦力を用意する」

「――つまり、それを打ち砕けば僕の勝ちだと」

「そう。受け流せなければエルスの敗けよ」

「……面白い」


 僕とて逆宣言されるのは初めてのことではない。


「カオティックムーンの時代に何人も僕に勝ち筋を宣言してきた記憶があるよ。無論、それらは全て破壊してきたのだけど」

「ここは『ノルニルの箱庭』、神々の棲まう玩具箱よ。カオティックムーンの定石では測れない敗け筋をプレゼントしてあげる」


 手札四枚を扇子のように広げ、フルナは妖しい笑みをそれで隠すようにして言った。

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