第120話 姫様の私的会談
城の中で最も高く、最も遠いところ。
シャルノワール・アズール・スタブライトの自室は、王城で最も厳重な警戒が成された場所にあった。
当人は過保護だと思っているが、王家の中で花よ蝶よと可愛がられていることの証左。……という割には、インテリアに剣と盾が飾られていたり、無骨な側面が見え隠れしているあたりがスタブライト王家の血を感じさせる。
シャルノワールが机に向かい、手紙を認めていると、不意に廊下をどたばたと激しく移動する気配があった。
「姫様、失礼いたします!」
そう言って部屋に入ってきたのは王族近衛たる
王族だけが任命権を持つ専属近衛騎士――“
「そのように慌てて……何か問題が?」
「これから起こりますゆえ。窓から離れて、こちらに来ていただけますか」
「忙しないこと」
ペンとインクを片付けて、シャルノワールが席を立つと同時に、はめ殺しの窓を黒い影が覆った。
その影は、よく見れば複雑に絡み合って太くなった樹木の幹だと分かっただろう。
無論、王家の至宝に手が届くような木々など、王城の庭に御用意されているはずもない。誰かが瞬間的に育成したのだ。
このような昼間から王城の庭に、勝手にガーデニングを始めてしまう者。
来訪者の姿がシャルノワールの脳裏に浮かぶ。
それを裏付けるかの如く、最上級の神秘的護りを施されているはずの壁面が外側から破壊された。放射状にヒビが入り、内側に崩れ落ちていく。
壁の向こうに立っていたのは、想像通り、“翠の魔女”――
「ハァイ、お元気かしらあ。お姫様?」
「自室がこの惨状ですから、憂鬱ですわね」
壁が崩れ落ちた勢いで埃が舞い上がり、豪奢な天蓋付きのベッドも真っ白だ。今夜は別の部屋で寝るしかないだろう。
シャルノワールの回答に興味はなかったようで、「そお」と気のない返事を返す女。
彼女から射線を切るためか、アズライトがシャルノワールの前に立つ。
「愚かな真似を……どういうつもりだ! アインシャント・アインエリアル!」
国を傾かせるほどの力を持つ、そう言われる“翠の魔女”に詰問した。
威圧を乗せた言葉にも、全く動じることなく微笑みを浮かべている。
「貴様が敵対しなかったがゆえに見逃してきたが、答えによっては王国に安住の地を失くすと知れ!」
「何よ、イヤねえ。王国に敵対するつもりは今も無いわあ」
「姫様を襲撃しておいてどの口が言う!? 王家の至宝に刃を向けること自体が反逆だとは思わんのか!」
「あら……先に手を出したのはそちらでしょう。逆に問うけれど――私を敵に回したいの?」
アインエリアルが微笑みを浮かべたまま、言った。
しかしながらそこに含まれる神秘的威圧はアズライトが比するものではなく――崩落した壁から床、天井が悲鳴を上げてヒビの数を増やした。気圧されたアズライトが二歩下がった。
シャルノワールは……、逆に一歩前に出て、再びアズライトと立ち位置を入れ替えた。
王国最高峰の武の誉、
アインエリアルがシャルノワールの部屋を乱暴ながらもノックして尋ねてくる理由……心当たりはもちろんあった。
「貴女を敵に回すつもりなどありませんわ。ただ……欲しいものが被った時は早い者が勝つというだけではなくて?」
「その理論で言うのなら、私の方が先に唾を付けていたのだけれど」
「ああ、アレですか。視た時は笑ってしまいましたわ。“傾国”ともあろう者が、身体を使ってまで囲い込むだなんて。――堕ちましたわね?」
アインエリアルが無言で指先を弾いた。
シャルノワールは瞬時に喚び出した【星剣】で飛来した種子を斬り飛ばす。
二つに分かたれた種子は床と天井に突き刺さり、あっという間に成長し、強固な蔓の檻を形成した。
「凡夫に恋した魔女の御伽話……最新版を読ませていただけるとは思っておりませんでしたわ。だけれども、恋物語には多少の刺激がつきもの。
「余計なお世話よ」
「知っているわ。でも余計なお世話をした方が面白そうでしょう」
「あの子に職を斡旋したのも、そんなどうでもいい理由?」
「彼をそうしたのは、私が実際に面談して、欲しいと思ったからですわ。【星】を扱える人材は稀少ですし……貴女にも見込まれる素質を放置しておくのはつまらないでしょう」
話題の争点になっているのは一人の男だった。
名前は、LS。
この国においては珍しい名だが、ノルニルの戦士であればさほど目立った名でもない。
「つい興奮してミスをしてしまったとはいえ、私に勝った男ですもの。身分を隠して参加してみた甲斐があったというものです」
スプリンガー・バトルフェスなる催しのことを思い返す。
わざわざ重い鎧で変装をして、興味のある戦士と遊ばせてもらった。
ほとんどの戦士は【星剣】が放つ生来の存在感……
LSは【星盾】を揃えても、逆に心を燃やし、戦いを挑んできた。
最後はシャルノワールのミスが原因で決着という締まらないものだったが、規則を忘れさせるほど高揚させてくれたのはLSただ一人。
「それに、【
「オークションで安売りされていたことを喜んでいるのね」
入手経路を揶揄されて、シャルノワールは感情が固くなる一瞬を自覚した。
意識して呼吸を深くした。
「凡人には見出だせぬ価値を見抜く者がLSであった。大切なのはそこですわ」
「たまたま入手した安い女が、たまたま使えるようになっただけの様子みたいだけれどね。それでも嬉しいの」
「私を安い女のように言わないでもらえる!?」
「実際、安いじゃないの。偶然、自分と似た名前のカードを愛用しているからって、普通、私的騎士団に即入団させる? 異性を入れるのは、そういう相手を期待しているってことでしょうが!」
「うっ……」
ぐうの音も出ない。
自分から言う分にはあらゆる理論武装でごまかしていたが、他人から直裁に言われるとごまかしきれない。
確かに騎士団に選別する者の性別が、その辺りに関わってくることは否定できなかった。
「お姫様が理想の王子様探しをするのは構わないけれどね……あの子は、私が育てているところなの。その半ばで夢見がちな世間知らずの女に権力でかっさらわれちゃ堪らないわ。だから、今日は警告に来たの」
アインエリアルが告げた上からの言葉に、シャルノワールも反撃を忘れない。
「育てている? 彼を神秘に覚醒めさせたのは私がきっかけだったように思うけれど……いったい貴女は何をしていたのかしら。鍛錬している彼の横顔をよだれを垂らして眺めていた……当たりかしら?」
「じっくりと安全に覚醒めをさせていく予定だったのに、貴女たちのせいで違う道に進んじゃったんじゃないの! もっと瞑想に時間をかけるつもりだったのに!」
「長引かせて内面に集中させている間に、色々良からぬことを進めようとしていた……と。痴女の魔の手に掛かる前で良かったわ」
この女が望むような性的接触は、特定の契約を結んだ相手とだけ実行可能になる。
が、アインエリアルとLSが結んだ師弟契約には当たり前ながらそれの許可は含まれていない。
昔ながらの身体に刻む契約手法を悪用した手段である。一時期、同じ系統の契約手法による犯罪が蔓延したため、商館などは厳しい管理下に置かれている。
アインエリアルの場合は実際に師弟なので、そこを糾弾するのは難しい……。
他にも契約を結ばず、事に至る手段はいくつかある。
その中の一つが、対象の意識を喪失させることだ。
睡眠、気絶、意識混濁……内容は問わないが、対象に『そういうコト』をされていると認識されなければ、契約無しで先に進める。
ノルニルの戦士たちは異常が発生すると、すぐさま姿を消すから難しいのだけれど、瞑想は自己と外界を切り離すにはもってこいの修行だ。
もしバレても「この程度で集中を乱すなんて」とさらなる研鑽を促すことも、雰囲気で押してさらなる契約を結ばせることも可能。
「なんていやらしい……!」
「理解しているあなたも想像したことぐらいあるんでしょうが!」
「……わ、悪い!? お兄様にも勝った男なのよ、想像する資格は十分じゃない!」
「ふうん……? 箱入りのお姫様はいったいどんな妄想をしていたのかしらねえ」
「色々よ……。私をさらってどこかへと連れて行ってくれたり、お父様に認められて国中に祝福されたり……」
「子供っぽい夢ねえ」
「じゃあ、貴女はどういう理想を思い描いているというのよ!」
「それはもちろん……」
当初の目的はすっかり忘れ妄想の花を広げ始めた二人の姿に、アズライトは疲れた様子で溜め息を吐いて、部屋の外で待機していた騎士に応接室の手配と掃除の準備を指示した。
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