第156話 奇術師と道化師の共演

「な、なんだこやつらは!?」


 うさぎたちに囲まれたエドアルドが狼狽えて、声を上げた。


「この愛らしい姿形はどっからどう見てもうさぎさんだろう、なあ?」


 僕はすぐ隣のマスに立つ【イリュージョニスト】の姿をしたうさぎに手を伸ばし、顎をくすぐってやるとうさぎは気持ちよさそうに鼻をひくひくと動かした。


「そうではない! こやつらは……、このうさぎ共はどこからやってきた!?」


 敵陣の中心に立つエドアルド、その前方には【黄金騎士:ピッカリン】が配置されている。

 他に出陣させたサーヴァントはいないから、敵陣のマスはガラガラのはず――だった。


 【イリュージョニスト】の特殊能力を発動させた今、敵陣のマスを新たに埋める影が四つ。僕の陣にも二つ。

 都合、六枚分のうさぎがマスを占有していた。


「【ラビッツサーカス:イリュージョニスト】の特殊能力……『うさぎを探せ!ダブル・イリュージョン』はフィールドにいる【ラビッツサーカス】の分身ダブルを創り出すというものだ」

「どこが二重ダブルなのだっ? それぞれ四倍になっているぞ!」

「いやだなあ。奇術師の言葉を真に受けるなよ」


 最大で六枚分しか分身……トークンは創り出せないのだが、四倍になると勘違いしているのであればさせておこう。

 説明をしたところで、特に意味のないことであるし。


 新たにフィールドに出現したトークンは【イリュージョニスト】と【クラウン】がそれぞれ三枚分。

 【イリュージョニスト】トークンが自陣右側後列、敵陣左側前列、敵陣中央後列に設置されている。【クラウン】トークンは自陣中央前列、敵陣左側中列、敵陣右側中列。


 奇術という特性上、フィールドの空いているマスにランダムで設置されるトークンはうまいこと散ってくれたようだ。


 恵まれた設置に満足して、僕は手札に伸ばしていた指を揃えて剥がす。


「どうやら追加の一手を打つ必要はなさそうだ。僕のターンはここで終えよう」

「……私を囲んでおいて何もしないだと?」

「してほしかったのなら、申し訳ない。あんたの被虐趣味を満足させる戦闘力の持ち主は、今回入れていないんだ」


 僕が疑問に答えると、エドアルドは額に血管を浮かべ始めた。


「私は少年が正しい選択をしないことが気になっただけでね」

「あー……、確かに囲んだらタコ殴りが一般的常道セオリーだ」


 通常の対戦ならば、プレイヤー数で囲んだらみんなで棒を持っては叩き、石を拾っては投げつけるのが正答だ。


 いかに戦闘力で劣っていようとも、数に頼って行動力を枯らしてしまえばダメージを通せるのがこのゲーム。特にプレイヤーは生命力を削りきってさえしまえば、あとはどんなに貧弱なへろへろパンチだろうが、1でもダメージが入ればプシュケーが削れる仕様なのだから攻撃をしない理由がない。


「――ってのが、大間違い。だよな、エドアルド大先生?」


 茶化して尋ねた僕に、答えてはくれなかった。

 僕は肩を竦めて、今回の対戦ゲームにおける正答を述べる。


「タコ殴りが有効なのは、求める勝利条件が『相手プレイヤーのプシュケーを0にする』の時だけだ。さすがの僕も、わずか6ターンで何の情報もない相手のプシュケーを削りきれるなんて思っちゃいない。ましてや、あんたたちは十分に下調べをして、僕らに短縮決闘を仕掛けてきた。まあ、まともに勝てるとは考えんわな」


 勝負を仕掛ける心理として、可能な限り自分たちに有利な条件を考えるのは、目的が勝負することではなく勝利したその先にあるのなら至って当然の思考だ。


 突然巻き込まれた僕と違って、エドアルドは準備万端、満面に自信を浮かべて箱庭に乗り込んできた。


 つまり勝利の根拠がある。


 カード運次第では戦闘力5000のゴリ妖精を繰り出す可能性がある僕を相手にして、必ず勝利できると豪語しているワケだ。


 結果的に捨て札の神秘ミスティックは5000に届かなかったが、あくまで結果論。

 万全を期すならば、理論値を出すと想定して動くのが悪巧みを図る者たちの思考だ。


「まともに考えれば、真正面から馬鹿正直に殴り合おう、ってのがアホの発想だよな。あんなの、相手にしないで別の方法で勝つ方がずっと楽だ。後手なのに何の対策もせず、【黄金騎士:ピッカリン】を最前線フロントラインに立たせた時点で、そいつが注意を引く囮だって丸っとお見通しだ」


 ギリッと歯を食いしばる音がこちらまで響いてきた。

 下等な存在に、策を見破られたことがよほど悔しいと見える。


 短縮決闘における、勝利の定石セオリー。それは。


手札ハンドバースト。時空転換タイムトランスの時に必要なカード二枚を、先に支払えなくなった方が敗ける。6ターンの三女神フェイズはおやつみたいなもんで、メインディッシュはその先にどれほど手札を持ち込めるかって勝負だろ?」


 運命の三女神、ウルズ・ヴェルザンディ・スクルドがそれぞれ管理する時空フェイズには明確に滞在可能時間が定められている。


 ウルズ、ヴェルザンディ、そしてスクルドの順番に見守られるプレイヤーたちの戦い。過去から現在、未来へと至って、なお決着を付けられずにいると還る時空を見失ってしまう。


 具体的には時空の狭間に放り出され、時空嵐の中で対戦を続けることになる。


 第四のフェイズとも呼ぶべきそのフェイズでは、自身の手番が来る度に時空転換タイムトランスの判定が行われる。手札のカードを二枚支払うことで、乱れた時空に引き裂かれる未来から逃れるのだ。


 支払いに使える手札が無くなった時、敗北が唸りをあげて襲ってくる。


「あんたの初手が道を開けるためのカードってことは……、次に出陣させたかったのはプレイヤーを直接攻撃したら手札を破壊するサーヴァント、なんて予想はどうだ?」

「……なるほど、私が入団した暁にはキツい扱きが要るようだ」

「男を可愛がるのは今どき流行らないぞ」


 手札数で勝利するために必要なのは、手札に干渉する手段。


 エドアルドは【ピッカリン】で盤面を制圧、あるいは囮にして、別のサーヴァントで対戦相手の手札を削るやり方を取った。


 僕は、相手を物理的に妨害する手段を考えた。サーヴァントを出陣させるマスがなければ、手札への干渉などできはしまい。


 それを実現させた【ラビッツサーカス】だが、包囲網ができたのなら殴り勝ってしまえばいいと一瞬でも脳裏に過ぎらなかったかと言えば嘘になる。

 だが、【ラビッツサーカス】で速攻囲めたのは戦闘力が低いからこそ許された手法だ。攻撃に転化したら、瞬く間に包囲網は瓦解するだろう。


 けれども防御に徹すれば、このコンビは滅法強い。

 相手をおちょくるのにも十分な効果が見込まれた。


 うさぎのシリーズは初心者の段階でまともに扱うプレイヤーがいなくなるせいで、プレイヤー・カードのランクが上がっても熱心に研究するプレイヤーが少ない。

 こいつらの分身殺法を知っている者がどれだけいるか。


「予言しようか。あんたは、道化師に踊り狂わされて、敗ける」


 僕の前にいるうさぎの【クラウン】が、首をカクリと九十度曲げて「きゅい?」と鳴いた。

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