第155話 【ラビッツサーカス】開演!

 『星灯舞踏会スターライトオリンピア』で戦闘力10000とかを見てきた今となっては、戦闘力3000など大したことないように感じてしまうが、普通に脅威だ。


 僕の用意した戦闘力20000超え【フラワリィ】はそれなりに時間をかけて準備したからこそ実現した、割と理想の数字だ。

 特殊能力を使用できるターン数で言えば、50ターンもの余裕があったから手配できた戦闘力である。


 わずかに1ターン目で戦闘力3000を並べられるのは、恐ろしい速度と表現して差し支えないだろう。


「捨て札一枚につき500ってところか」


 【黄金騎士:ピッカリン】の基礎戦闘力は2000。行動力1の消費、山札から二枚のカードを捨て札送りにしただけで3000にジャンプアップするのだから叙事詩エピックに相応しい強さだ。単体で組み込みやすい良カードだろう。


 惜しむらくは、今回の短縮決闘では【ピッカリン】の真価を見られずに終わることか。


 手っ取り早く戦闘力を得るため、またウルズフェイズの空き時間を有効活用するための自傷行動であったが、本来の用途は相手プレイヤーに直接攻撃をして、プシュケーを削りつつ山札デッキリソースをも削っていくという有能極まりない役割が与えられるはずだ。


 今回はターン数が少なすぎて山札のリソース差を作ることにほとんど意味はない。有用なカードを手札に入れる前に削れる可能性というのは確かにあるが、引けなければほとんど大差ないからな。


 ゆえに――エドアルド・ピッカリンの本命は、この黄金騎士ではない。

 僕はそう看破した。


「私のターンも終了しよう。フェイズ移行の後、少年の足掻きを楽しませてもらおうか」


 エドアルドがそう言うと、早速の時空嵐によりフィールドが歪み始める。

 僕はやはり使い所のない神秘ミスティック二枚を生贄に捧げることで次のフェイズへと飛んだ。


 ――時空転換タイムトランス



 <2nd phase:Verthandi's turn>



「ドロー! 新たな手札に三枚のカードを迎え入れる!」


 ガントレットデッキホルダーから立て続けにカードを引き、その度に札鱗が減っていく。

 【ピッカリン】の逸話ではないが、カードを引く度に鱗が消耗していくのはあまり気分が良くないかもしれない。次回はまた違うデッキホルダーを探そう。


 カードを手札に追加したことで、再び八枚に戻る。

 その中からサーヴァントカードを一枚選択し、僕の左隣、左側後列に出陣させる。


「これが今回の対戦で僕が出陣させる最後のサーヴァントになると宣言しておこう」

「ほう……【ピッカリン】に対抗できる少年の切り札と言えば――【トラブルハンター・フラワリィ】か。二つ名を冠する【暁の星アズールステラ】では役に立つほど育てられまい。だが、【フラワリィ】単体では我が領の英雄【ピッカリン】を超えられはすまい!」


 エドアルドが僕の選択を嘲るようにして、傍らの黄金騎士を誇った。


「僕のエースをよく御存知なようだ」

「少年と戦うことになるのは想定通り。下調べを欠かすほど、増長はしておらんよ」

「……確かに【フラワリィ】をこの場面で出陣させても厳しいだろうな。合計で消費神秘力3000を越える枚数の神秘ミスティックが捨て札に送れているが、次のあんたの手番でまた自傷されたら行動力2回分で【ピッカリン】の戦闘力は5000を超える」

「分かっているではないか。ならば理解しているだろう? 少年の選択は過ちだぞ」

「御自分の立派なお考えに酔うのはお好きにしていただいて構わんが、現実はしっかりと見つめてもらった方がいいな」

「なに……?」


 見当違いの推測を披露するエドアルドには申し訳ないが、【フラワリィ】の出番はない。


 なぜならデッキから抜いているからだ。


 『フェアビッツ』のエースとして長らく君臨していたトラブル製造妖精【フラワリィ】は、この対戦形式においては全く不適なカードなので。

 引いてしまったら引いてしまったで、使いたくなってしまうだろうから心を鬼にして抜かせてもらった。同じ理由で【暁の星アズールステラ】も今回の山札には眠っていない。


「僕はついさっきも言ったじゃないか。あんたに敗北を味わってもらうための主戦力は、この『サーカスのうさぎ』だとな」

「……ヘイ、少年。私を舐めているのか?」

「とんでもない。舐めていないからこそ、最適解だと考える【ラビッツサーカス】を使うのさ。来い――世間話ゴシップ級【ラビッツサーカス:クラウン】、君に勝敗を委ねよう!」


 僕が出陣させたのは、うさぎの道化師。

 先に配置した奇術師とは違い、ド派手で奇抜な色彩の服装に身を包み、右目の回りは星型に、左目の下には雫型の模様が入っていた。まさしく道化師ピエロの様相だ。


 おどけて転ぶうさぎの姿に、エドアルドは額を押さえて笑った。


「ハハッ! 戦闘力100の、雑魚動物で、私を倒すとな? そんな奇術があるのならぜひ教えて欲しいところだな!?」

「お任せあれ。ご期待に応えて、特殊能力を使わせていただこう」

「その【クラウン】の特殊能力『無いもの在るものパントマイム』を、今そこで使用して何になる! 五割の確率であらゆる攻撃をすかせる防御壁を創り出す――道化師らしく素晴らしい特殊能力かもしれんが、所詮は五割。少年を護るにはいささか頼りないな!」

「焦るなよ、お貴族サマ。僕が指示を出すのは【クラウン】ではなく【イリュージョニスト】の方なんだからな」

「おかしなことを言う。先ほど確認したではないか、そやつは名ばかりの、特殊能力など持っていないただの……」


 高らかに紡いでいたエドアルドの言葉が止まる。

 どうやら気付いたらしい。


「あんたは馬鹿か? 奇術師が、そう簡単に手の内を明かすハズないだろ。――偽装ブラフさ」


 シャルノワールの【星剣】やパスタリオンの【星槍】が持つ完全なる情報秘匿。情報プロパティを確認しても仮の名称しか分からぬ、情報隠蔽能力。


 それから二段階ほどランクを落としたものが、情報を騙す技能『偽装』だ。


 よくよく確認すれば、【ラビッツサーカス:イリュージョニスト】の特殊能力項目に違和感を見つけられただろうに。


 【イリュージョニスト】は二つの特殊能力を持っている。

 一つはこの、特殊能力自体を隠す『偽装イリュージョン』。


 そして、隠されていたもう一つの特殊能力がこいつの真骨頂である。


「その曇った眼で本物が果たして見つけられるか……【イリュージョニスト】最大の奇術、分身を十二分に堪能してくれ!」


 僕の合図と同時に、【イリュージョニスト】が一際高く飛び跳ねる。


 白うさぎがジャンプの頂点に達した直後、ポン! と白い煙がフィールド中から吹き上がり――十数秒の間、視界を閉ざした煙が晴れると、無数の【イリュージョニスト】と【クラウン】がぴょんぴょんとフィールドを埋め尽くしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る