第154話 【黄金騎士:ピッカリン】

 僕はそのカードを中央中列、ど真ん中に出陣させる。


「行こうか――世間話ゴシップ級【ラビッツサーカス:イリュージョニスト】!」


 スタイリッシュな黒スーツに身を包んだ白いうさぎが、鈍色の出陣光から現れる。


 シルクハットこそ持っていないが、どこかワンダリングなうさぎと似た雰囲気があった。

 出陣した白うさぎは自身が注目されていることを感じ取ると、ぴょんと跳ねて空中で一回転。着地すると、足元から無数のちょうちょが飛び立ち出陣を華麗に演出した。


 それを目の当たりにしたエドアルドは……長く伸びた鼻で一笑に付した。


「戦闘力200……そんなひ弱な動物で私に勝つと?」

「あんたが戦闘力の数値でしか物を考えられない人間だってことなら勝てるね」

「何の特殊能力も持たぬ、そのウサギでか?」


 エドアルドの言う通り、カードの名称、派手な演出の割には、簡易情報プロパティには特殊能力が表示されていない。

 うさぎ一族の貧弱さを受け継いだ、単なる消耗用カードにしか見えていなかった。


「こいつの真価は次のターンで教えよう。ターンエンドだ」

「他にやるべきことがあったのではないのか? この貴重な1ターンを無駄にした意味はとてつもなく重いぞ」


 僕は肩を竦めるだけに留めた。


 何よりも恐れるべきは手札の消費量。フェイズ移行時に最低二枚を持っていなければ、その場で敗けが確定してしまう。

 ドローで三枚を入手できるからとバンバン使っているとあっという間に枯渇する。このゲームは現状そんな簡単に手札を消費できないので杞憂かもしれないが、注意しすぎるに越したことはない。


「では、私のターンだ。手札をドローしよう」


 優雅な仕草でトロトロとカードを引いたエドアルドは、わざとらしく目を見張った。


「フッ、引いてしまったよ少年」

「訊いてほしそうだから、あえて訊いてやろう……。何を?」

「協力にも感謝しよう。礼に我が最大の、攻撃の担い手。お見せしようではないか」


 エドアルドは一歩前、中央中列に歩みを進めると、最前列にサーヴァントを出陣させた。

 出陣の光は、金色。


叙事詩エピック級か……」

「その通り! いでよ、ピッカリンの誇る戦士、叙事詩エピック級【黄金騎士:ピッカリン】よ!」


 金色の光から現れたのは、さらに強く輝く禿頭を携えた、黄金色の鎧を纏う筋骨隆々の男であった。

 確かに強そうな気配をムンムンと醸し出しているが、何よりもまずは眩しさが先に立つ。直視するのが難しい。


 エドアルドは自慢気に言う。


「かつて我がピッカリン領で大暴れした嵐竜を単身で仕留めた、ピッカリン領の英雄よ! 祖先は彼にピッカリンを救った証として、領地の名をそのまま二つ名として与えた」

「ピッタリの二つ名じゃないか」

「少年もそう思うか? 光り輝く禿頭は、英雄の証。私もいずれはピッカリンの名に恥じぬ禿頭となろうぞ」


 ……ここをいじるのはやめておこう。


 全くダメージになっていないどころか、故人を貶める形になってしまいそうだ。

 僕と因縁がある相手とかならともかく、ガチの英雄っぽいから分が悪い。


「そいつの強いところぐらいは教えてもらえるのか? エドアルド先生よ」

「請われたのなら仕方なかろう。――【ピッカリン】、攻撃だ」

「攻撃……!?」


 【黄金騎士:ピッカリン】の立ち位置は最前列とはいえ、僕も【ラビッツサーカス:イリュージョニスト】も射程の外にいる。

 それに、まだウルズフェイズ……そもそも攻撃できないはずだ。


「おっと、勘違いしないでくれたまえ。【ピッカリン】が攻撃をするのは、この私、エドアルド・ピッカリンに対して……しかもただのアタックではなく、特殊能力を使用する形での攻撃だ。どの規則にも抵触していないと思うが」

「自傷だと!?」

「少年を攻撃しても問題はないのだが、手っ取り早いのがそれなのでな」


 【ピッカリン】は残った行動力1で振り返ると、味方プレイヤーたるエドアルドに特殊攻撃を行う。


 素手による攻撃。

 鍛え上げられた貫手により容易く肉を突き破った【ピッカリン】の指先が、茹でた牛タンの皮をめくるようにエドアルドの表皮を剥がし取る!


「ぐぅっ……! さすがに、痛いな……!」

「だろうよ。痛いのが嫌なら降参してもらって構わんぞ」


 見ている僕も腕が痛くなってきた。仮に特殊攻撃を受けたとしたら、アレをやられるということだろう。絶対にお断りしたい。


「【黄金騎士:ピッカリン】はこのようにして、素手で暴れ狂う嵐竜に取り付き、頑丈で傷一つ付けられぬ鱗を剥がし取った。堅牢な城塞でも、どこかに弱みがあれば突き破るのは簡単な話よ。まさしく【ピッカリン】の知略が冴えわたる戦いだった」

「ほとんど力業じゃないか……」

「力業が通用しない相手に、どのようにすれば力業が通用するのか。十二分に頭脳を発揮した【ピッカリン】は、堅牢な防御の根源である竜鱗のないところを攻撃すれば良いと判断したのだ」


 そこで口内とか眼球を攻撃するのではなく、表皮に取り付いて鱗を剥がして無理やり弱点を作る、という判断がかなり脳筋な気がしている。

 この国、王族もそうだがどの貴族も脳筋で構成されているのかな?


「【ピッカリン】の果てなき知略、神々が定めたこのゲームではこう表現される」


 エドアルドの言葉を待っていたかのように、【ピッカリン】のちぎり取った人皮がカードへと形を変えていく。

 二枚のカードになったそれを、【ピッカリン】は強靭な指先で真ん中からビリビリと破り去ってしまった。

 そして、黄金の輝きがより強く放射された。


「【黄金騎士:ピッカリン】はプレイヤーに特殊能力でダメージを与えた時、そのプレイヤーの山札の上から二枚を破壊し、捨て札にする。その後、捨て札にした枚数分の強化を得る」

「……なるほど。より強く輝くだけではないわけだ」

「少年の主力がチンケなウサギならば必要はないのだろうが、念には念を入れさせてもらった。次のターンから【ピッカリン】が少年の陣地を荒らしに行く。耐えられるかな?」


 ニヤリと笑うエドアルドと連動して【ピッカリン】も笑った。

 カード情報プロパティに刻まれた、戦闘力3000の数字までもが輝いているように見えた。

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