第26話 その絞りで未来を変えろ
確かに……今の状態はかなり詰みに近い。
プレイヤーの隣接マスにしかサーヴァントは出陣させられない。そして該当のマスに先客がいると出陣不可になるのが
僕の前にアッシュが立っている以上、壁になるサーヴァントを用意することはできない。次のターンからプシュケーを4点ずつ削られ、逃げ道もシャニダインに塞がれている。
想定を超え続けてきたアッシュは、きちんとプレイングで詰めまで持ってきた。
カード資産の状況や手札の充実度は持って生まれた豪運が多分に関与しているだろうが、この状況を作り出したのはアッシュの技術だ。
僕は【影妖精:シルエットゲンガー】は残ると思い込み、コピートークンを用いる逆転を考えていた。
間違いなく油断があった。驕りと言ってもいい。
今までアッシュには負けてこなかった、別のゲームでの、何の役にも立たない成功体験が、僕の危地を呼び込んだ。
反省しなければならない。
――だが、それはこの勝負に勝ってからの話だ。
「認めようじゃないか、僕は今、崖の淵で半歩、足を踏み外している。――ところでアッシュ、宣言はまだか?」
「宣言……?」
僕は指を立て、チッチッと不手際を指摘する。
「お前がターンエンドしてくれないと、僕が逆転の一手をドローできないだろう」
「……ハッハァ! そうだよな、エルス。貴様はいつでも起死回生の一手を探し続けてきた……。貴様が引いてくる運を持っているか! オレの運が貴様に引かせないか! 勝負しようじゃないか、ターンエンドッ! 引いてみろエルス――!」
「言われずとも! ドロー……!」
渾身の一枚を呼び込むにあたって、正しい作法がある。
それは『絞り』と呼ばれる技術であり、元々はバカラというトランプギャンブルにおける望みのカードを引き寄せるナンセンステクニックである。
最初に配布されたカードをめくる際に念や気といった思念を込めながら端からめくっていくことで狙いのカードに変える。常識で考えたらあまりにも現実的ではなく、オカルトじみた技術である。
現実的ではない? オカルトじみている?
思い込みでも、自分に都合の良い未来を引き込むためなら何だってしよう。
本物の『
――僕は、それになる。
貧運の未来を変えるには、絞って絞って、引き絞って、右手の力で呼び寄せるしかないのだ。
籠手に装備したデッキトップに指を添える。深く呼吸をする。
痕が付くほど強く押した指先でカードを少しズラすと、指の腹で挟み、じりじりと端の端からめくりあげていく。
息は止まり、音は消え、意識が折れるようにめくっていくカード表示にのみ集中する。
世界に僕とカードだけしか存在しなくなった――瞬間、強く押し付けていたカードをデッキから跳ねさせた。
白く発光する世界の先に、カードの絵面が映る。
「……そう来たか」
それは――二枚目の【ナイツ・オブ・ガーデンラビット】。
わずか1ターン遅い。前のターンに来ていれば
未来は変わらなかった。
「引いたのか? 逆転の一手とやらを」
天を仰ぐ僕に、分かりきった問いをするアッシュは喜悦を口の端に浮かべている。
僕は黙って指先のカードを露わにしてやった。
「……危なかった。だが、これでエルスの手段は尽きた……降参も受けいれてやるがどうする?」
降参を勧めるのは果たして善意か。
プシュケーを失う痛みはマゾヒストでもなければ避けたいところではある。
しかし、僕は首を横に振って降参を否定した。
「まだサーヴァントは残っている。プシュケーも丸々。勝ちを諦めるにはリソースが余り過ぎているからな、少々粘らせてもらおうか」
「3ターンもあれば、オレはお前のプシュケーを削り切る。オレのサーヴァントに囲まれて、何もできずに負けるのを待つだけだぞ!」
勧告の振りをして僕に勝てるのが嬉しくて無駄に誇示する姿は、どこか微笑ましく見えた。
勝負の結果は、それが確定するまで揺らぎ続けるものだと忘れてしまったかのよう。
「未来が変えられなかったということは、未来を変えずとも勝利する手段が残されている。だから僕の手元にナイツが来たのだとは思わないか」
「……なんだと?」
うさぎの騎士たちが掲げるのは揃いの盾と剣。勝利を諦めぬ意志。
「一度倒された相手に、何度でも戦いを挑む。守るべき者がいる限り、戦い続けるという志。ラビットナイツは僕に諦めるなと言っている。――ならば、足掻く他にないよなッ!」
「まだ打つ手があると言うのか!?」
「あるさ、この手に!」
左手の手札に、ラビットナイツを潜ませて。
「【ガーデナー・ガーデンラビット】を『ウルズの泉』へ。生命力300を神秘力に変換する!」
これで神秘力は500になった。【山の怒り】を発動するに十分な量だ。
けれど今となっては【山の怒り】を発動したところで、単なる延命にしかならない。【バトルホース・イグナイト】の処理はできるが、【天武鬼人:シャニダイン】は場に残り、プレイヤー:アッシュもまた健在。
手数が足りない。
重要なのは、【ガーデナー・ガーデンラビット】を泉に入れたことでマスが空いた。すなわちサーヴァントが出陣できること。
たった一枚。
この状況を覆す可能性のあるカードを、僕はたった一枚だけデッキに忍ばせている。
そいつをこれから引き寄せる。
「
蜻蛉のような羽を持つ小人少女のサーヴァント。正しく少年少女がイメージする妖精が姿を現す。
「この土壇場で出してくるカードか、それが!?」
「他にないだろう! ランダムに手札一枚と山札一枚を交換する特殊能力『
僕が手札を突き出すと、小妖精はババ抜きのババを探すように、僕の表情を窺いながら一枚一枚に着地しては離れてを繰り返す。
二周もして、ようやく持っていくカードを決めたピクシーが全身で僕の手から札を抜き取った。
選ばれたのは……僕に道を示した【ナイツ・オブ・ガーデンラビット】!
「ラビットナイツと引き換えに――」
どこかへとカードを持っていこうとしたピクシーが器用に空中で転ぶ。すると、放られたカードはするんと山札に戻り、追いかけてきたピクシーが山札から取り返そうと僕の左腕に取り憑いた。
ピクシーは無理やりに引っ張り出そうとして……手を滑らせてすってんころりと後ろに大回転しながら飛んでいく。
勢いで弾き出されたカードが、一枚。
空から舞い降りてくる、それを僕の右手が掴み取る。
「ビリッと来たね。改めて、アッシュ、お前を屠るカードを公開しよう――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます