第25話 わずか5ターン

「……確かに僕はアッシュを甘く見ていたかもしれないな」


 アッシュの周囲を浮遊していた待機カードが、ついに正体を明らかにする。


「顕現しろ、【山断ちの剣】!」


 本日、二度目の金色が放たれて、アッシュの前にあまりにもデカすぎる大剣が出現した。

 それを右手で掴み取り、アッシュはニヤリと笑った。


 待機しているカードがやはりアッシュの強化に繋がるカードであったことは僕の予想通り。予想以上だったのは叙事詩エピック級の神秘が飛び出してきたことだ。


「二枚目の叙事詩エピックッ? どっちがイカサマだよ!?」

「ちゃんとパックから引いてきたっ! 3ターンを待機させることで顕現する【山断ちの剣】は、条件を満たした時、通常攻撃の対象を単体から範囲へと拡張する! 戦闘力も500くらい上がるぜ!」


 これでプレイヤー:アッシュの戦闘力は、基礎戦闘力200と【バトルホース・イグナイト】の500、そして【山断ちの剣】500を足して1200まで育った。


 それよりも通常攻撃の範囲拡張がヤバい。


 ラビットナイツは今、コピートークンに騎乗して、システム的には一枚と見做されている状態だ。だが事実としては二枚のカードが存在している。

 範囲拡張がどこまでの性能を持っているかでラビットナイツの生死が決定するところにいる。


 二枚のカードが同一マスに居る、と認識されて同時に攻撃されるのならば、アッシュの【闇を啜る司祭:ヒューマン】が猛威を振るい、騎士団は命脈を絶つだろう。


 ……神秘力0を要求する神秘ミスティックカードも存在はする。

 だが、当然ながら対価は必要だ。強力な効果ほど等価になるよう、重い対価を要する。むしろ神秘力を支払うだけで良い神秘ミスティックの方が良心的な可能性もある。


「この【山断ちの剣】は顕現をノーコストで行える代わりに、付属の特殊な能力を使用する時は条件がある」

「それは分かる。お前がその条件を満たしているであろうこともな」


 でなければ得意満面に出してきたりはしまい。


「条件とはなんだ?」

「簡単だ。プシュケー1点の消費。神秘力の代わりに生命を吸う魔剣なのさ」

「馬鹿な、条件が緩すぎる!」


 プシュケーの消費が軽いのか、という点には目をつぶるが、それにしても世間話ゴシップ級の盗賊と同じ条件で使えるのは相対的に軽すぎる。


 するとアッシュは大剣を肩に担いで、何でもないことかのように嘯いた。


「ああ……この大剣を顕現させると、痛覚設定の最低値が70%になるんだ。――オレには関係ないけどな」

「それなら、納得もするが……よくもそこまで自分に合うカードを引いてくる……!」

「オレはエルスよりも遥かに運が良いのさ!」


 常に痛覚設定が最大値のアッシュには有って無い条件だ。


 痛覚50%でプシュケーを失うだけでも片頭痛よりちょっと辛い程度の痛みが来る。試したことはないが、100%の比較対象は麻酔無しで歯神経の治療を受けた場合と同等らしい。

 麻酔無しで歯科治療を受けたこともないが、絶対ゴメンである。


 プレイヤーが耐えれば性能を発揮するカードまで存在するのは、五感制御のホロホゲームならでは……と言うべきか。


「さあ、オレのプシュケー1点を吸わせ――」


 アッシュの宣言と同時に、【山断ちの剣】の剣身にビッシリと赤い根のような筋が張り巡り、血管の如く手元から脈動していく。


 興奮しているからか、痛みを忘れたアッシュはもはやうめき声すら漏らさない。


「オレの道に立ち塞がる愚かものを斬り拓くッ! バフを全部乗せて【ナイツ・オブ・ガーデンラビット】に通常範囲攻撃を仕掛けるぜ!」


 この対戦バトルで初の対決ファイトがついに発生する。


 燃える軍馬を駆り攻め急ぐのはプレイヤー:アッシュ。迎え撃つは灰色の影馬に騎乗せし鈍色の兎騎士団ラビットナイツ

 二者の居るマスが急激に拡大し、騎馬の加速をするには十分な距離を得る。


 お互いが加速し、距離が縮まるに沿ってマスも縮んでいき――衝突!


「オラアアアアアアァァァァッッッ!!! 喰らえやッ!」


 怒号を吠えたアッシュが、担いでいた闇を纏う【山断ちの剣】を一息に振り下ろす。

 思わず見惚れるほどの斬撃はラビットナイツたちが構えていた盾ごと一刀のもとに両断してみせる。コピートークンも一緒にバッサリだ。


 豪快な斬撃を唯一避けていた最後の一騎が、大剣を振り切った隙を突く。


 すでにカードとしての生命力は失われている。

 特殊能力『兎騎士団陣形ラビットナイツフォーメーション』の効果がわずかな生の時間を永らえさせていた。


 身体のあちこちからポリゴンを零しながら、一矢報いるべくラビットナイトが反撃の剣を振るう。


「よし、これでアッシュに防御させて――」


 そう呟きかけた僕は目を見張った。


 アッシュが防御していない。


 その上、【バトルホース・イグナイト】に叩き込まれるはずの剣戟を自ら受けに行っている!

 騎士剣を腹に突き刺され、アッシュは小さく「うぐっ」と声を漏らす。プレイヤー:アッシュの生命力ライフガードが0になった。


「どういうことだ!?」

「さっき審判ジャッジが言ってたじゃねえか――あくまで乗り物は優先対象なだけで、対象が指定されていなければ、オレがダメージを受け持つことは可能なんだよ」


 『兎穴ワンダリングホール』の件で確認した時から、この場面を思い描いていたというワケか。


「確かにそういう裁定だったが、特殊能力に限った判定ではない、と……」

「やれたらラッキーぐらいの気持ちだったが、賭けに勝ったっつーこった。オレの生命力と交換で、行動力とイグナイトの両方が取れるならトーゼン、そっちを取るよなぁ!」


 アッシュは残した行動力でさらに前進し、ゴミを払うかのように【影妖精:シルエットゲンガー】を捨て札に変えた。


 奥歯を噛む僕を馬上から見下ろすアッシュ。


「よお……来たぜ、ここまで。随分と長いことかかったけどな」

「そんなにせっかちなプレイングだったか? まだ対戦開始から5ターンしか経っていない」


 アッシュは一瞬だけ目元を歪めた。

 相対して睨み合っていた僕だけが気付いた。


「……エルスにとっちゃあ、わずか5ターンかもしれねえな。始めたばっかで卑怯と言ってもらっても構わねえ! オレにとっちゃあ……、人生の半分かけてようやく辿り着いた王手なんだよォッ!!!」

「光栄だね、そうまで言われると」


 さらりと返す。アッシュはハッと荒く息を吐いた。


「ナイツと影を失ってもスカした態度は変わんねえか。それでこそ“狂月の王”だ。けどな、この状態から次のターンだけでどうひっくり返す!?」

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