第27話 【花の妖精境:ティルナノーグ】

「レ、伝説レジェンダリー……だと……っ!?」


 全世界を含めても三桁枚しか出ていないハイレアリティに、さすがのアッシュも言葉を失う。

 伝説級のカードだけあって、その効果もバチコリ強力だ。もちろん諸刃ではあるのだが。


「必要な神秘力ミスティックパワーは1000。山札の上デッキトップから順に二十枚のカードをめくり、神秘は手札に入れ、妖精フェアリィ以外のサーヴァントは全て捨て札にする。この時に捨て札となったサーヴァントの枚数分、僕はプシュケーを失う」


 最悪、二十枚全てがうさぎだったら自爆だ。20点のプシュケーを即座に失い、即時敗北となる。

 しかし、神秘と妖精に偏るのであれば――


「妖精を引いてきたら……どうなるんだ……?」

「プレイヤーが選択した妖精の特殊能力を順番に即時発動させることができる。特殊能力を使用した後、該当の妖精は捨て札になる……仮に二十枚が妖精なら、二十回の特殊能力が降り注ぐということだ」

「デ、タラメ……だな……!」


 喜悦満面だったアッシュの顔が歪む。


 いかに強化されたプレイヤー、叙事詩エピック級のサーヴァントといえど、攻撃的な特殊能力をいくつも喰らってはひとたまりもない。

 強靭な戦闘力で防御できるのは、相手も同じく戦闘力で殴りかかってきた時だけ。


 剣で勝てぬなら、他の手段で勝つ。至って普通の発想だ。


 僕の有利な点――僕の方が、戦闘力以外で勝利する手札が多いこと。


 だけど、僕がこの神秘を使用するには乗り越えるべきハードルがまだ一つある。

 アッシュもそれに思い当たったようだ。


「足りねえな、神秘力が。必要1000に対して……たったの500」

「ああ。ピクシーを泉に捧げても700。残り300をどこかから調達してこなければならない」


 僕とアッシュは同時に、同じマスへと視線を向けた。

 そのマスに居るのは、白いうさぎ。突然注目を浴びて慌ててシルクハットを被っているコミカルなうさぎが、この勝負の行方を握っている。


 【ワンダリング・ガーデンラビット】。


 特殊能力『兎穴ワンダリングホール』は、穴に落ちたサーヴァントを山札のサーヴァントと入れ替える。【ワンダリング・ガーデンラビット】自身がその穴に落ちることはない。


 ――プレイヤーと違って、【ワンダリング・ガーデンラビット】は効果を無効にするわけではない。

 プレイヤーによる明確な指示の下、自ら穴に落ちてもらうことは可能なはずだ。


 入れ替えで生命力ライフガード300以上のサーヴァントが来れば、僕の勝ち……の目が出てくる。200以下のサーヴァントなら僕の負けが濃くなる。


「はらはらするね……! 白うさぎ、ここまでご苦労だった……1マス奥に進んで足元に兎穴ワンダリングホールを掘り、その穴を使って山札のサーヴァントと交代だ!」


 白いうさぎはやれやれと重い腰を上げて被ったばかりのシルクハットを置いて、どうやってか山札と繋がる穴を掘る。

 それからぴょこんと穴から顔を出し、シルクハットを回収すると兎穴の奥に消えていく。


「鬼が出るか、蛇が出るか……!」

「実際に出るのは妖精かうさぎだけどな」


 妖精が穴から姿を見せたらその時点でアウトだ。生命力300を持つ妖精のカードは所持していない。


 うさぎだとしても、確実に超えていると断言できるカードはおよそ半分。数合わせで入れているカードの細かい数値が思い出せない。


 兎穴の奥から、新たなサーヴァントの気配。

 緊迫の一瞬。


 僕とアッシュが見つめる先、穴から飛び出したのは――青色。


「妖精かっ!?」

「……っ、いや!」


 その青色はパスンッと勢いよく花開く。


「入れている僕が言うのもなんだが、今日はよくよく縁がある」


 本日、三度目の参陣。

 現れた青い傘を差すうさぎ【レイニィ・ガーデンラビット】が、たしたしと地面を踏みしめる。


「ようやく地面を踏めたのに申し訳ないが、神秘力の糧となってくれ!」


 出現とほとんど同時の泉行きにガビーンと口を開けている雨うさぎ。

 呆けているうちに【いたずら好きの小妖精ピクシー】と一緒に宝珠にして、ウルズの泉へと捧げる。

 サーヴァント二体分の生命力が神秘力に変換され、数値が加算されていく。


 計数の終わった僕の神秘力は――、


「ジャスト1000点! きちんと引いてきたな、生命力300を!」


 これでもう、僕の神秘を妨げるものはない。


「アッシュ、喜べ。こいつが本邦初公開――伝説レジェンダリー級の神秘ミスティック【花の妖精境:ティルナノーグ】だ!」


 僕がそのカードをかざして使用を宣言すると、指先からカードが溶けるように消えた。


 変化は……起きない。


「……何もないな。条件をミスったか?」

「そんなはずは……待て、来たぞ!」


 極光。オーロラ。虹色に煌めくビロードのカーテンが空にかかる。


 晴れ渡った荒野に突然の不可思議現象が訪れる。


 オーロラが零れてくるように、虹色のふわふわとした粉のような光がフィールドに舞い降りてくる。


 それが荒れ果てた地表に落ちる度、そこから見たこともない、美しい花々が咲き、乱れ、箱庭フィールドを華やかに彩っていく。


 気付けば僕たちは幻想的な花畑の中に包まれていた。


「ここが、花の妖精境……ティルナノーグ」


 思わず見惚れていた僕を叱咤するように、僕のデッキが鳴動する。


「なんだ!?」


 勝手に動いた籠手の先端から、山札のカードがスポポポと飛び出す。

 それらは空中で軌道で球を描くように飛翔し――そして、弾けた。


 三枚のカードが手札に収まる。神秘だ。


 十二枚のカードが捨て札に落ちた。12点のプシュケーが同時に失われる。

 違和が胸の内に生まれ、それが痛みと化すまでに刹那もかからなかった。


「ガ……ッ、ハァッ! ハッ!」


 プシュケーが失われた際に発生する疑似痛覚が、12点分のダメージが僕の胸を刺す。呼吸を奪われるほどの痛みが、意識までもを奪おうとしてくる。そうはさせない。

 噛み切るつもりで唇を噛み、ギリギリのところで意識を繋ぎ止めた。

 瞬間的な痛みゆえに耐えきれた。


「っ、…………っふぅーっ、ふぅ……っ! こいつは……キツい、な……!」

「12点のダメージを同時に受けれるなんてすげぇカードだ……!」


 変なところを羨ましがられている。


 痛覚を最初は弱めにする設定にしていなければ、僕は耐えられなかっただろう。いや、ほんと、痛い。

 これをマックスにしているアッシュは紛うことなき変態だ。僕には無理だ。


 涙目のまま顔を上げる。


 宙に浮いた、五枚のカード。妖精フェアリィ

 八つ当たりするようにその内の一枚を僕は掴み取った!


選択するラウニー! 僕のファースト・フェアリィは【光妖精:レイランサー】……特殊能力は名の通り『閃槍』! 通常であれば行動力2を消費して行う行動だが、今回に限ってはノーコスト! 狙いの方向に真っ直ぐ貫通する光線を放つぞ!」

「初手から攻撃系か……いいだろう、来い!」

「穿て!」


 カードから浮かび上がった鬼火のような妖精が、僕の右手に宿る。

 宣言と同時に突き出した右拳の先端から閃光が奔った。

 それは【バトルホース・イグナイト】を貫き、最奥にいる【闇を啜る司祭:ヒューマン】の額をも撃ち抜いて消えていく。


 ヒットした相手に500ダメージを与える特殊能力だが、マスの距離によって与えるダメージが減っていく特性がある。闇を啜る司祭の生命力が100ではなかったら、倒しそこねていただろう。


「くっ……、次はなんだ!?」


 ポリゴンと散り果てる軍馬から飛び降りたアッシュが蹴躓きながら問うた。

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