第21話 フェアビッツ
アッシュの手番。
やつは貴重な魂と交換にドローを求めていく。
「ああ! プシュケーを引き換えにドローを二回するぜ! ……ぐああっ!」
プシュケーを失う際、実は擬似的な痛みが発生する。
後には引かないが、初期設定でも思わず呻き声を上げてしまう程度には痛い。
設定で無しにすることもできるのだが、この様子ではアッシュの場合痛覚マックスに設定していそうだ。僕は徐々に痛みを増す設定にしている。確かに痛みはあった方が、バトルに真剣味が出てくると考えて、だ。
アッシュのように自ら痛みを発生させて受け入れるような真似は僕にはできない。
文字通り、魂を削って得たドローで、アッシュは脂汗を流しながらもニヤリと笑う。
「はっはあ! 見ろ、エルス! こいつがオレのパワーの源だ!」
引いたカードをそのまま大地に叩きつける。
出陣の演出は――銀色。
「どんだけ
「言ったろ、オレは運が強いのさ! 来たれ、
銀の光から現れたサーヴァントは、それはもう立派な軍馬だった。たてがみが赤く燃えている。
「チッ!」
今度の舌打ちは止められなかった。
プレイヤービルダーのデッキとはいえ、あまりにもパーツの集まりが早すぎる。やってられん。
戦闘力500、生命力400に行動力2……数字だけ見れば民話級には物足りないが、特殊能力が全てを補って余りある。
「行くぞ、ライドッ!」
駆け寄ってきた【バトルホース・イグナイト】に、マントを翻して飛び乗るアッシュ。
「特殊能力『騎乗』により、プレイヤーと【バトルホース・イグナイト】の戦闘力を合算して計算する!」
馬とかラクダとか、中型の動物系サーヴァントがよく持っているのが騎乗だ。
そして戦闘力を乗り物と
「【バトルホース・イグナイト】に騎乗した時、ライダーはイグナイトの炎を纏う……攻撃対象にダメージを与えた時、追加で発火ダメージ100を与えるぜ!」
この宣言がどれほど極悪か、理解している観客がどれほどいるのだろうか。
戦闘力に追加100ではなく、一度ダメージ計算を終えた後でダメージが追加発生するのである。
サーヴァント相手なら生命力がさらに削られるだけだが、プレイヤーを相手にした時、猛烈な威力を発揮する。
「ダメージ判定が一回の攻撃で二発も行われる……!」
「プレイヤーをぶん殴れば、都合4点のプシュケーを1ターンで削れるっつーこった!」
アッシュが遥か頭上から、得意満面の野卑な笑みを浮かべてよろしくない事実を言い放った。
【ナイツ・オブ・ガーデンラビット】もワンパンで沈める火力を得て、ますます止める手段が失われていく。
手札に引いてきている【山の怒り】で対処は可能だが、それはさすがにもったいない。後列のサーヴァント二体には当てられないのが悩みどころ。
ともかくさらに強化を重ねられるとそうも言っていられないので、神秘力を溜めるのは急務であろう。
騎乗中は乗り物にしているサーヴァントに当たり判定が吸われるが生命力の消費もサーヴァントからなので、馬を戦場から追い出すこと自体はそれなりの手段がある。
「オレのウルズフェイズはこれで終わり……。次のターンから全力で殴りに行くが、果たして貴様の準備は十分か、エルス!?」
「……僕のターン! ドローだ!」
アッシュの挑発を華麗にスルーし、山札からカードを掘り出してくる。
何らかの手立てをこのターン、最悪次のターンに用意しなければ、ラビットナイツは瞬く間に背水の陣を敷くことになる。
『ノルニルの箱庭』はノーリスクで3ターンもの間、ゆっくり準備できるおかげで序盤からクライマックスが訪れやすい。僕にも早速試練が訪れている。
ぞくぞくと背筋を冷やしながら、ちらりとカードの表面を確認し、静かに手札へと入れる。
引いたのは【ガーデナー・ガーデンラビット】。庭師のうさぎだ。アッシュを止めるには5スタックほど必要なサーヴァントなので、システム的に不可能を要求してくる要らないカードになる。今は即効性のあるカードが欲しい。
ドローしたカードが奮わなかったとなれば、僕に取れる手段はこれしかない。
「悪いがまたしても君に落ちてもらおう、【レイニィ・ガーデンラビット】出陣!」
実は揃っていた二匹目の青い傘のうさぎが兎穴へと消えていく。どことなくうらみがましい表情でこちらを睨んでいる気がした。すまん。スタックさせてもワンパンで力を失うから……。
そして代わりに現れたのは――、
「――待ちわびたぞ、妖精ッ!」
灰色の影ぼうし。実体を持たぬ、影が地面だけでなく空をも飛び回る。不定形の不可思議なサーヴァントが出陣した。
「そいつも妖精なのか……?」
「
「オレが想像している妖精とだいぶ違うし、観客もきっとそう思っているぞ!」
「メルヘンチックな存在だと勝手にイメージしているなら、それは大違いだ。僕のフェアリィ&ラビッツのデッキはアッシュの魂を刈り取るために構築されている。お前にとって死をもたらすものなんだからな」
アッシュはごくりと唾を呑んだ。
「へへ……
「どっちもシリーズのカードパワーが低めだからな。単体をパーツ採用されている例はよく見るが……フェアリィ&ラビッツを主軸に同時採用した前例が見つからなかったから勝手に『フェアビッツ』と名付けた。……次のターン、お前は
「これほど戦闘力の差があってよく言う……! 戦いは搦め手すらも押し切るパワーがあれば勝てるってコトを証明してやる!」
「パワーが重要なのは否定しないが、それも使いようだ! 【影妖精:シルエットゲンガー】! 特殊能力を発動するぞ!」
対戦において強いカードの条件。
いくつか挙げられるが、リーズナブルな条件の一つが『特殊能力』を持っていること。
戦闘力など基礎能力が高いサーヴァントは強いが、全てに劣るサーヴァントの特殊能力一つに上下関係を覆される場合も多々ある。したがって、デッキに組み込まれるカードの大半は特殊能力を吟味された上で、なるべく高い基礎能力を持つサーヴァントが選定されている。
妖精シリーズとうさぎシリーズで言えば、辛うじて【ナイツ・オブ・ガーデンラビット】が基礎能力に及第点を付けられるくらいで、後は軒並み貧弱なパワーを披露する他になくなっている。それでは使用者も増えなかろう。
それもまた当たり前の流れと言えよう。
現在のデッキ構築の潮流は『プレイヤービルダー』を代表するようなパワー偏重主義が強い。育てきれば後は殴るだけという分かりやすさ。複雑な戦術を必要とせず簡単で強いデッキが流行るのは、まだゲームの歴史が浅い、初心者の多い環境ではそうあって然るべきだからだ。
行動力の高さ、特殊能力持ちの多さが特徴的なフェアリィ&ラビッツは、テクニカルな要素が求められる。
初心者向きではないと最初の選択肢から弾かれた『神秘』と組み合わせてこそ真価を発揮するデッキなのだ。
「【影妖精:シルエットゲンガー】の特殊能力は……『
「……待てエルス。行動力……いや、まさか、」
僕の説明にアッシュは動揺を隠せていない。
アッシュの言葉の先を継いで答えてやるとしよう、やつの懸念を。
「そのまさか、特殊能力もトークンは所持しているよ。コピーなのだから、同じことができないはずあるか?」
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