第57話 ノル箱ちゃんねる 制圧者インタビューシーン

 司会席からステージにやってきた紅めのうが左側へと足を運ぶ。必然、注目もそちらへと集まった。


「リーグAから順番にいきたいと思うので、コメントの準備をお願いします! ……ではリーグA、赤の制圧者コンカラーの方! ご自身で名乗っていただけますか!?」

「任せてくれ。――オレの名は†ブラッディアッシュ†。またの名を、深淵よりの来訪者……貴様らにTCGという深淵を味わう権利をやろう」

「濃ッッッ」


 †ブラッディアッシュ†の自己紹介にめのうが反射で返す。会場から笑いがブチ上がる。


>すでに深淵にいる件について

>浅瀬でぱちゃぱちゃやってるやつがなんか言ってる

>はは、イキった初心者がなんかワンワン吠えてら


 コメントも自称上級プレイヤーで溢れかえった。

 実力の程はどうあれ、大会の配信をがっぷり四つで見ているぐらいだから、どっぷり沼に漬かっているとは表現してもいいのかもしれない。


「深淵の深さを知る†ブラッディアッシュ†さん。優勝まであと二戦となりましたが、自信の方はいかがでしょうか!」


 めのうの問いに、彼は自信満々に頷いた。


「優勝など余禄に過ぎない。オレが目標を成したなら勝手に付いてくるものだ」

「……と言うと? 目標は優勝ではないと?」

「ああ」


 短く応え、それから†ブラッディアッシュ†はギラギラ光るマントの内側から優雅に腕を伸ばし、ビシリと逆端の男を指差した。


「我が終生のライバル……エルス。やつを倒すこと、それと優勝は同義――!」


 指差された側のLSは肩を竦めるのみ。


「なるほど……つまりLSさんはよく知る相手、お友達ということですか」

「エルスとは『ノルニルの箱庭』を始める以前からのライバルだ。幾度となく挑んできた……今日こそ勝ってみせる!」

「決勝でお逢いになる形ですから、確かに勝てれば優勝ですね。ちなみに、勝率はいかほど?」

「公式戦で勝ったことはない」


>勝ったことねえのかよwwwww

>ダメだ、あの格好とアゴでキリッとされると笑っちまう

>好敵手とは


「今日こそ、エルスに公式戦初の敗北を与える。オレの所信表明だ」

「LSさんに勝つとの表明、すなわち優勝宣言! 初っ端からバチバチなコメントをありがとうございます! 赤の制圧者コンカラー、†ブラッディアッシュ†さんでした!」


>いやでも反対の山にライバルがいるの大好き

>どっちかが上がってこれない定期

>ヒメリカちゃんが勝つに1叙事詩級

>じゃあおれは10伝説級

>血灰さんにも賭けたれ


 無情な賭けがコメントで開催される中、めのうが紫の少女へとマイクを寄せる。


「死のリーグBを見事勝ち抜いた紫の制圧者コンカラー、紅一点のリーグマスター! お名前をお願いします!」

「……あたしはHIME-RIKAヒメリカ。赤いバカはあたしに興味なし? ナマイキだからくたばってほしい」


 第一声が罵声であることにめのうの顔が強ばる。

 だがコメントは「おれも言われたい」「この解釈もあり」「場末の酒場にいてほしい」と肯定的な意見が強い。外見が良ければなんでもよさそうだ。


「しかし、赤の方は蒼の方とライバルだそうですから致し方ないのでは?」

「ふん。エルスの自称ライバルなんて掃いて捨てるほどいる。エルスを倒したくて倒したくてどうしようもないバカたちが、エルスを倒すためだけにこのゲームを始めたんだから」

「もしやHIME-RIKAさんもその一人ということでしょうか……?」

「十把一絡げに表現しないで」


 ヒメリカは冷たい視線でめのうを制すると、腰に片手を当てて鋭い瞳でLSを睨みつけた。


「あたしこそが空前絶後、エルス最大の好敵手。あたしはエルス以外眼中にない。当然、エルスにもそうさせる。あとそこの赤いバカは無理やり飛び込んできて目障りだから、念入りに蹴飛ばしておく」

「これは……あっつい挑戦状ラブコールが来ましたねぇ……!」


>なに、LSって有名なやつなのか?

>ノル箱じゃないTCGプレイヤーみたいだな

>カオティックムーンでめっちゃ有名

>ヒメリカって名前は知らんけど、もしかして“人形姫”か?

>そうなんだ


「あっ、コメントでも流れましたが、『ノルニルの箱庭』を始める前に別のゲームでお三方は交流を持たれていたとか? そしてノル箱でも均衡したライバル関係を築いていると!」

「そんな上等なものじゃない。ノル箱じゃ初対面だし。まだ、あたしはそこらへんのモブと同じ」

「そ、そうなんですか……」

「再戦の約束をすっぽかされて、忘れ去られる程度の仲」


 高速で稼働する瞼が閉じる毎に、ヒメリカの瞳からハイライトが消えていく。


「ひぇ」

「あたしのことを四六時中考えていられるよう、エルスの身に敗北を刻んであげる……!」

「――ってーと、オレはさながら王を守る護衛ってとこだな」


 二人のやりとりに†ブラッディアッシュ†が割り込んだ。

 彼よりもよほど深淵に身を置いていそうなヒメリカが、ぐりん! と首を真後ろに向ける。


「お前が誰だか分かった。逸るなよ、“人形依存症ドールホリック”。準備運動にちょうどいい、オレが遊んでやる」

「“野蛮人バーバリアン”のくせになぜ上から目線? 地を這うのはあなた、それを理解させる」

「……っスゥー……、な、なんだかんだアウト・オブ・眼中同士で熱い火花を散らすことになったのでヨシ! 紫の制圧者コンカラー、HIME-RIKAさんでしたァ!!!」


>司会なのにスニーキングして逃げてんの草

>二つ名で呼び合ってんのかっけぇ……気はする

>バカッシュと人形姫の対戦か、カオティックムーンで観てえよ

>カオティックムーンに帰ってもろて


「続いてリーグC、黄の制圧者コンカラー! プレイヤーギルド『極東騎士団』の名を背負い、ここに立つ気持ちはどうですか? お名前と一緒にお願いします!」

「おれはリョーマ・ザ・ゴッズ。今の気分は……すげぇ不愉快だ」

「え゛」


 登場時のさわやかな笑顔はどこへやら、苦々しげに顔を歪めるリョーマは不満を隠さずに吐き捨てた。


「そうだろうが……! こいつらはおれが勝つことなんて、ハナから想像しちゃいねぇ! ふざけんじゃねぇぞ!!! 勝つのはおれだ――」


 明らかにカメラを意識した目線でリョーマが顔をキメる。


「『カオティックムーン』で有名だったからどーした!? ここは『ノルニルの箱庭』だぜ! 過去の栄光にすがる雑魚なんかお呼びじゃねェんだよ!!!」


>よく言った!

>それはそう

>ノル箱でも強いかどうかって言われると不明瞭ではあるが

>雑魚(全勝で本戦出場)

>こいつのイキりは好き

>コメントの場だけでも落ち着いてくれ!!!


「LSさんを倒して、あの二人を残念がらせる準備は万端だと?」

「おれを甘く見た報いをよぉー……、受けさせないとならねぇよな!」

「あのー、『極東騎士団』っていつの間にかやられたら倍返しとかって方針に変わりました?」

「『極東騎士団』は出る杭を育てる優しいプレイヤーギルドです! 頼りになる先輩プレイヤーが優しく教えてくれるアットホームなギルドです! ただいまメンバー募集中!!!」


>突然広告始まったwww

>絶対ブラックじゃねぇかw

>このタイミングで言うのはやめてくれ……!

>極東かわいそう

>宣伝ノルマよし!


「……はは、『極東騎士団』に興味のある方はリョーマ・ザ・ゴッズさんをお尋ねください。ありがとうございました……」


>めのちゃ、急激に疲れてきてるw

>くせ者ばっかりだからw

>『極東騎士団』に興味のある方は副団長のシノビに声をかけてください!!! リョーマくんは窓口ではありません!!!!

>必死で草

>リョーマなんか入団させるからw

>来る者拒まずはツラいんじゃ


 とぼとぼ肩を落として歩く紅めのう。

 しかし、そこは仕事を請け負っているプロ。道半ばでぶるりと頭を振って、両手でよしっと気合を入れた。


 次の一歩で元気を取り戻し、残った右端のプレイヤーへと視線を向ける。


「さて……最後の制圧者ラスト・コンカラー、リーグDの代表を務める、その姿はまさに蒼き死神! 改めてお名前を頂戴できますか!?」


 ローブと大鎌という衣装、痩せこけたアバターが相まって、コメントでも死神と揶揄されていた男。蒼白いスポットライトがその不気味さを掻き立てる。特に朗らかな笑みを浮かべているところが怖い。


「僕は、LS」


 注目の第一声は、意外にも落ち着いた……若く穏やかな印象を受ける。

 数々のステージで仕事をしてきためのうには、それが舞台慣れしている者の発声だと分かった。


「LSさん、随分と対戦を熱望されているようですが、いかがですか?」

「光栄です。僕なんかと遊びたいと言ってくれるのはありがたい話ですね」

「本戦に進出された三名の内、二名とは過去に対戦経験があるとか……。その中で唯一、対戦経験のないリョーマ・ザ・ゴッズさんが相手となります」

「ええ。決勝はどちらが上がってきても楽しめると思いますが、まずは準決、次の対戦ですよね」


 朗らかな表情から一転、LSは死神に似合いの酷薄な目をした。


「僕の知人が、どうやら予選の最後で彼にいたぶられたそうなので、仇を取ろうと思っています」

「ハッ! あの雑魚、オメーの女か!?」


 野卑な台詞がめのうとLSの間に飛び込んでくる。進行を害され「もぉ……!」と憤懣やるかたないめのうが振り向いた時には、次の台詞が放たれていた。


「いくら見た目がよくてもよ、オメーを選ぶようなセンスのなさは致命的だなぁ!? アレと仲良しこよしだってんなら、オメーの腕も大したことねーな。フルボッコにしてやっから、泣いてカオティックムーンに帰りな!!!」


>リョーマ・ザ・ゴッズ、急にラインを越えていく男

>カスの片鱗見せちまったな

>【このコメントは削除されました】

>死神が一番礼儀正しいのか……

>倫理観こわれちゃう

>いや笑ってんじゃん、こえぇよ

>笑い声聞こえる

>死神じゃなくね?


「何笑ってンだ、そんなにおかしいことを言ったかッ!?」


 ヤカンの如く突然激昂したリョーマが、くすくすと仲良く笑うブラッディアッシュとヒメリカに怒鳴った。


 紅めのうはどうにでもしてくれと思った。ここまできたら、見なかった振りをして進行するのは不可能だ。どこかで切れ目を見つけて本来の路線に復帰させなければならない。


「いやいや、すまん。あんまりにも面白くて、つい」

「アァ゛ッ!?」

「あなたをバカにして嘲笑ったわけではない。安心して? あたしたちも通った道だから」

「もはや様式美ってやつさ。エルスにやられる前に、可能な限りイキるのは」


>様式美にするな

>実際LSってどんだけすごかったんだ

>カオティックムーンでは公式戦出禁だが?

>出禁は草

>対戦しなければ敗けないので最強!!!!!


 ブラッディアッシュは長いアゴを撫でながら言う。


「確かにノル箱じゃオレもエルスも新規プレイヤーだ。だけどな、貴様もそうだろう? 同じ条件なら――エルスが負けるとは思えない。実績から考えてもな」

「だからよォ……! 実績ってのは別ゲーで、ここじゃ関係ないつってんだろォが!」

「関係は……。なんせ、実績だから。それを称える二つ名は数えきれない」

「ンだと……?」


 さすがのリョーマも言い切られては戸惑いを隠せない。


「彼こそは、“楡の死神”。

 彼こそは、“最後に残る者ラスト・スタンド”。

 彼こそは――、“終焉を告げる者エンディング・ウォーカー”」


 ヒメリカが眼帯に右手を添えて、託宣が如く告げる。


「彼――LSこそが、“狂月の王”。

 カオティックムーンの絶対的覇者。公式戦、無敗の男。殿堂入りした生きる伝説」


「最初に参加した全国を含めて、記録された公式大会で全勝してるからな。エルス王朝を指して“白夜”と呼ぶくらいだ。どれほど日が昇ろうが、終わらねぇ夜の始まり。――そして、エルスがここにいるってこたぁ……」

「狂月の黎明。あたしたちは再び明けぬ夜を迎えようとしている」

「そしてオレたちは、その夜を終わらせるためにあがいてる。有象無象に過ぎねぇのか、真に王座を脅かす敵になれるのかが問われている」


「あなたはどっち?」


「――ッハ! 決まってんだろーが!」


 唐突に矛先を振られたリョーマ・ザ・ゴッズはノータイムで答えた。


「勝つのはおれ、優勝すんのも栄光を手にするのはこのおれ、リョーマ・ザ・ゴッズだと何度も言わせるんじゃねェ――!」




 と、ここで存在感が限りなく薄くなっていた紅めのうがカメラに割り込んだ。


「LSさん! このように非常に熱烈な意欲を感じる方々と対戦することになるわけですが、最後に意気込みを一言でお願いします!」


 死神は困ったように鼻の頭を掻いた。


「あー……、ガッカリさせないように頑張ります」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る