第116話 「禁令の下、頭を垂れよ」と王子は促した

 空気が渦を巻く。

 竜巻の勢いにきのこ雲が散らされていき……その中心から影が跳ねる。


「ごほっ、げほごぼっ! もーっ、煙いったらありゃしないじゃーありませんか! ちょいやっ!」


 埃塗れですっかり真っ白になった【フラワリィ】が気の抜ける掛け声で廻し蹴りを打つ。

 ぶおん、と大気ごと煙を薙ぎ倒し、その一足で払ってしまった。こいつも大概おかしいわ。笑いが鼻の奥から漏れた。


「生きてたか、ゴリラリィ」

「ゴリラリィ!? LSさん、あなた、唯一無二のキュートフェアリィになんてイメージを押し付けるつもりですか! 世のフラワリィさんファンが黙ってませんよ!」

「そうだな、居たらいいな」

「雑! 扱いが雑になっていませんか!?」


 僕の眼前にバビュンと飛んできて文句を言う【フラワリィ】の顎の下を撫でてやる。


「な、ななっ、何をするんですかあ! こんなんじゃフラワリィさんはほだされ……うにに……」


 かりかり顎を掻いてやると、【フラワリィ】は目蓋をとろんとさせ始めた。猫よりチョロい。今度からうるさくなったらこうやって黙らせよう。


「さて、和んでいるところ悪いが」

「うにににに……、にうっ!?」


 唐突に撫でていた指で両頬を摘むと新鮮な妖精の悲鳴が上がった。


「お前にはまだお仕事が残ってるんだよな。殿下をしばき倒してもらう、って大仕事が」


 晴れた煙の向こうで、あくまでも傲岸不遜な態度を崩さぬパスタリオンを指す。


 防御無視、貫通、オーバーダメージ……様々な可能性を考慮したが、結果としては杞憂。【フラワリィ】は神秘ミスティックを消費することなく、自前の能力だけで防いでくれた。


 問題なく乾坤一擲の反撃を撥ね返したのだから、心置きなくとどめを刺せるというものだ。

 ……とどめを刺させてくれると大変ありがたいので、このまま刺させてくれ。


「ふっふっふ……、“紅蓮の王子クリムゾンプリンス”には羽虫呼ばわりされたお礼をばっしばし差し上げないといけませんねえ……! フラワリィさんはちゃんとカッコイイ方の二つ名で呼んであげているのに!」

「ちなみにカッコワルイ方の二つ名は?」

「“桃色妄想野郎”」


 ダッッッッッさっっっ!!!

 僕は叫びをギリギリで呑み込んだ。


「何で桃色? 脳内えちえち野郎なのか」

「ほとんどの話題が妹関係で、頭は表向き真っ赤なのに中身は真っ青だってことで」

「色が混ざっても紫じゃんかよ……」

「妹の交際について語らせたら長いから脳内ピンク色で十分ですよ」


 そこまでいくと気持ち悪がられていそうな気もするが、兄妹仲は大丈夫なのだろうか。


「いや、それはともかく……【フラワリィ】攻撃続行だ!」

「がってんしょーちですう!」


 いつひらの花弁ミスティックを背負い、【フラワリィ】がしなやかに宙を駆ける。

 あと五回の攻撃でパスタリオンは防御用の行動力を使い果たす。その直後に【フラワリィ】に肝臓を爆砕してもらえればミッションコンプリートだ。


「パスタリオン、冥土に向かう準備はできたな? 六文銭ぐらいなら僕が用意してやるぞ!」

「ていやっ! アトミックポリティカルスクリューブローっ!」


 スクリューブローらしいパンチが、パスタリオンの心臓に迫る。


「――触れるな、下郎が」


 パスタリオンは冷たい声で言って、スクリューブローを素手で軽く叩いて払った。


 ノーダメージ。


 戦闘力20500の攻撃を、戦闘力20000の防御でダメージ無く防いだ?


「……どうやって?」


 問うまでもない。

 答えは一つ。


 パスタリオンが特殊能力を用いた。


 間もなく、行使者によるネタバラシが行われる。


「『王の栞』――『呪法:神秘禁令区』。今から2手番、特定の範囲における神秘ミスティックの存在を禁止する」

「存在を禁止……とどのつまり、使用制限をかける能力か!」

「本来の威力ならば下級の神秘的存在程度、存在抹消できるのだが……。この場においては神秘の存在を無効化する程度まで弱体化しておるな」


 そいつは非常に不味い。


 急なパワーダウンに戸惑う【フラワリィ】の情報プロパティを確認すると、案の定、戦闘力が20500から脅威の0に下落していた。

 【フラワリィ】の背負う花弁が透明化してしまっているのは『神秘禁令区』の影響を受けているからだろう。


 20500もの大火力は、そのエネルギーの大元、トラブル妖精の特殊能力『熾天飾りし花車フラワリィ・リング』の、カードを最大五枚装備する……戦闘力を外部から調達することで実現している。


 問題は装備しているカードの全てが神秘ミスティックだということ。

 「使用を禁止」とかならすり抜けたはずだが、存在自体を禁止されては逃れられない。装備している事実を禁止された。


 装備無しの【フラワリィ】などそこらへんのうさぎにも劣るクソザコ羽虫だ。めっちゃヤバい。


「確か……『王の栞』は神秘術しか持ち込めないんじゃなかったか? 術ではなく、法を使用するのは有りなのか?」

「『術』とは、人種を問わず、構築された理論体系に繋がっていて、再現性を確保されたもの、という意味だ。下々のことは知らぬが、我のような人が使用できるものなのだから、『術』で間違いなかろう。対外的な名称に今は『法』と付いておっても、いずれは『術』と呼ばれるようになろうな」


 そんな事情、知ってるプレイヤーがどれだけいると思ってんだ。

 権力で殴られるのが一番キツい。それを持ち出された時点で、どんな反論も許されないのだから。


 手札から対抗手段を探す。打てる手はあるか!?


 パスタリオンは左手の親指と人差し指でぼーぜんと浮かんでいた【フラワリィ】の翅を摘まんだ。汚いゴミを触れるようにちょんと摘まんだ妖精をポイ捨てする。


「こらーっ!!!」

「目障りだ、散れ散れ。羽虫」


 神秘はあと2手番使用できない。

 今の僕の手番と、その後に来るパスタリオンの手番。


 パスタリオンは神秘ミスティック強化バフ無しで戦闘力20000を確保している。

 手番をパスタリオンに回したら、それを防ぐ手段が……ない。


 大穴たる【花の妖精境】は神秘だから選択肢にすら上がらない。もっとも、もう山札が無いから死にカードなのだが。


 僕に残されたのは、まだ行使していないサーヴァントの出陣権。

 だが……20000ダメージを素で十二回も受け流せるサーヴァントはデッキに存在しない。パスタリオンを倒せるようなサーヴァントもいない。


 特殊能力の搦め手でなんとか……ダメだ!

 なんとか搦めたところで、僕の勝利はほとんどが【フラワリィ】か【暁の星アズールステラ】を経由する形で構成されている。この二枚を封殺されている以上、決め手がない!


「こいつぁ……マズいね……」

「長考するのも良いが。打つ手がないのなら、大人しく手番を明け渡せ。潔く、な」


 傲然と言い放つパスタリオンに、ギリッと僕は奥歯を噛む。


「くく……」


 不意にパスタリオンが笑いを漏らす。

 訝しんで眉をひそめる僕に、彼は言った。


「やはり、そなたのような者ほど得意な分野を取り上げるに限るな。力でねじ伏せられるよりも、適正に自身の位置を思い知っただろう? 我に勝てるなどと思い上がったことを考えた直後に、地獄に叩きつけられた気分はどうだ」

「もちろん最悪だ。性格極悪の兄を持つ瑠璃姫が可哀想だな」


 何が最悪かって、人の嫌がることを率先してできるプレイヤーは、対戦では全く相手にしたくない強さを持っている。

 戦争では相当に優秀な成績を残すだろう。


「おっと、我の前で妹にこれ以上言及するのではないぞ? 我を超える男。それ以外の塵芥が我が妹に関わりを持つ、それだけで我の腸はドラゴンの火袋のようになっておるのだからな」

妹感情圧縮野郎シスター・コンプレッサーめ……」

「なんとでも言…………なんと言ったのだ?」


 ぼそりと呟いた言葉まで聞き咎めてんじゃねえよ。

 僕が無視をすると、パスタリオンはゴホンと咳をした。


「無駄に長引かせるのはそなたも望むところではあるまい。決断は如何」


 噛んだ奥歯がギシギシと軋む。

 いくら強く奥歯を噛んでも、新たに起死回生の一枚を引くための山札は復活しない。全ての手立ては僕の手の中にある。


 勝ちたいのなら、僕がこの手で何かをどうにかしなければならない。


 考えることを止めてはならない。


 脳みそを引き絞れ、決め手を捻り出せ……!


 メシリ。歯の砕ける音が頭蓋に響く。


 手は……動かない。




「エルス――ッ!」


 天啓は、耳馴染みのある声音をしていた。

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