第140話 ノル箱ちゃんねる FAF チャンスの裏表
「あー……、姫様?」
壇上でシャルノワール以外に動く者が一人。
かつて、この神秘的威圧を兄妹から受けてなお立ち向かったプレイヤー、LSである。辛そうにはしているが、この環境下で声を発せるのはヤバい。
「ジンにそれやるのはともかく、他の人は可哀想では?」
「勘違いする者が出ても面倒ですから一度に思い知らせておかないと。私、面白いことは好きですけれども、面倒なことは嫌いなの」
「もう十分かと。後ろのめのうさんの様子を見てくださいよ」
紅めのうはテーブルに乗せられた金魚みたいに口をパクパクとさせて、酸素を求めて喘いでいる。
ゲームなのだから絶対にそんなことはないはずなのだが、本当に息苦しく感じられて、視界が明滅していた。
と、思いきや急に呼吸ができるようになった。
さっきまでの苦しさは何だったのか、一呼吸で身体機能が正常に復旧する。
「あら、あら。ごめんなさいね、めのう。加減が難しくて困るわ」
「ゴホッ……クソ雑魚で申し訳ありませんね……!」
めのうが咳と一緒に吐き捨てた台詞を満足気に受け取るシャルノワール。
「私、貴女も気に入っておりますのよ。立ち位置をきちんと把握して、私を楽しませてくれるのだもの」
「それは光栄ですねえ!」
あまり嬉しくない事実だが、本音そのまま言葉にするわけにもいかない。やけくそで言うと、シャルノワールは微笑みで返した。
「逆に自身の立つ足場すら勘違いしてしまう輩は嫌いなのです。しかし、私もスタブライト王家の一員として、そういった者に
シャルノワールが右手を前方に伸ばすと、そこにはいつの間にか剣があった。
ステージに突き刺さった無骨な鉄の剣。
剣に選ばれし者。シャルノワール・アズール・スタブライトが剣を手にすると、血が通うようにして神秘的な光が剣の表面に文様を描き出す。
抜いた【星剣】で足元を左右に払い、彼女は言った。
「いいでしょう。ジン、貴方にチャンスを与えます」
「それが……オリジナルの【星剣】か……!」
「ジン」
片膝を付いて肩で息をしているジンを、シャルノワールは【星剣】で指し示す。
それだけでジンは鍛え上げたはずの筋肉が悲鳴に軋むのを感じた。
「……っぐ、ぅ……!?」
「二度目ですよ。私は人の話を最後まで聞け、と子供でも理解可能なマナーをお伝えしたつもりでしたが……。貴方、恋々恋依を笑えませんわ。そのあたりで生きている野盗の方が、頭脳においてはマシですもの。私の怒りを買う意味を知っているという部分で」
シャルノワールが剣先を外すと、ジンはその場に崩れ落ちた。
圧倒的。成す術なし。
そんな言葉が似合う光景だ。
「たかが威圧だけで戦闘不能になるのであれば、ものの足しにもなりませんわ。戦場では怖い相手に睨まれても逃げ帰るなんてできませんよ?」
「遺憾だな……!」
地に伏せたジンが弱々しくも腕をつき、よろよろと起き上がる。
「この世界において、最も重要なのはカードの強さだ。違うか?」
「違うわね」
シャルノワールは問いを即座に寸断した。
カードゲームの世界でなんてことを言うんだ、このお姫さまは。
「カードなんて所詮は戦う手段の一つに過ぎない。それ一つだけ強いところで、実際に役に立つ場面は少ないですわよ?」
「他に何があるというんだ!」
「そうですわねえ、貴方にも分かりやすく教えて差し上げると『心の強さ』かしら」
「そんなものこそ、カード対戦では何の役にも立たんだろう! 筋肉のように目に見える力でなければ頼る気はない!」
――風が疾走った。
少し離れていたところに立っていたはずのシャルノワールが、いつの間にかジンの背後に移動している。
「だから貴方を選ばないのよ」
シャルノワールがかつんと剣先で床を打つ。
「……あ?」
ジンの身体が、両脚の上から
薄くスライスされた太ももが雪崩を起こしたように崩れてポリゴンに消えていく。
「ああ? 脚……?」
「あら、思ったよりも上手く斬りすぎてしまったわ。失敗、失敗」
そう言ってシャルノワールは振り返ると、ジンのあまりにも綺麗すぎる切断面を剣先でくすぐった。
「なにを……っっっ!!!!!」
ジンは不意を突かれたかのようにビクンと震え、未知の体験に喉の奥の奥から声を絞り出した。
全く想像もしていなかった痛みを感じているみたいであった。
まるで、麻酔をして無痛だったはずが突然心臓が止まるほどの激痛に襲われたよう。
「痛覚を切りなさい、バカ!」
殺気に当てられたせいか、正気を取り戻していた恋々恋依が的確な対処を指示する。
痛みに苦しむ姿からすれば、痛覚設定のミスを疑うのが当然。
「……ッ、切ッテ、いる……ッッアアアァァアッ!!!」
ただ惜しむらくは、ジンは一度切ってから痛覚設定をいじってなどいないこと。前提が間違っていれば、それを想定した対処も意味のない対応となる。
痛覚は切っておくのが当然のこと。プレイした初日に痛覚を0%に制限して、以降は設定画面を開いたこともないプレイヤーがほとんどだろう。
ならば、なぜ。
プレイヤーの大半が使わない、そんな無駄な機能を搭載しているのか。
「忘れているようですけれど――私たちは戦争をする代わりにカード遊びをしているのです。勝利条件にある、プレイヤーが五分以上動けない状態、それは何を意味すると思っているのかしら」
「いささか……物理的に過ぎるだろ、その勝ち方は……」
真っ先に思い至ったのはLS。
次いで、恋々恋依が顔を青くした。
「息の根を止めれば、相手は五分以上動けなくなる……?」
「理解が早くて助かりますわ」
シャルノワールが【星剣】を払うと、まとわりついていた何らかがポリゴンとなって散っていく。
「と言っても、貴方がたの身体は特別製。壊すのも一苦労ですわ」
「け、欠損はともかく……痛覚制限してるのにどうして痛みがあるのよ……!?」
「神々の力を分け与えてもらっているからか、貴女もいささか過信をされているようですわね」
このように、と。
【星剣】を見える速度で振るい、シャルノワールはジンの両腕を消し飛ばした。
獣のような太く汚い鳴き声が湧き上がる。
「いくら神のお手製神秘的保護が掛かっているとはいえ、単なる汎用型。多人数が調整なしで利用できる方向に神秘力を割いているがゆえに、純粋な性能はさほど良いものではありません。その保護を上回る力をぶつければ破壊できるのは、論理的に考えれば当たり前のことだとご理解いただけますか?」
プレイヤーの大半が使わずにいる痛覚の機能。
明確に存在する、プレイヤーの
そこを突いてくる相手がいるから、あえて制限できる形で残されているのだと察せられるプレイヤーがどれほどいるか。
もはや地面の上でうめきながら跳ねることしかできないジンに対し、シャルノワールは彼を蹴飛ばして転がすと、背中の中心に【星剣】の先端を置いた。
「や、やめでぐれ……」
「あらやだ。命乞いというのは、私に怒りを売る前にすべきですわ。一つ、お勉強になりましたわね?」
【星剣】が沈むに任せ、ゆっくりと剣身を落としていく。
シャルノワールは微笑みを添えて言った。
「――もっとも、LSは腕と身体を斬られても、戦意を失いはしませんでしたが。ね、心の強さ、必要でしょう」
話題の俎上に乗せられたLSに視線が集まるけれども、当の本人は首を横に振っていた。
斬られたのは確かだが、こんなに痛そうなコトにはなっていない、と。太ももと二の腕の薄造りなんて寿司職人でも難しいのでは?
「ああ、そうそう……オリジナルの【星剣】は『防御破壊』できますから安心してくださいな。今はイラついたので力技で破壊しておりますけれど、対戦の時はきちんとルールに則って同じ痛みを与えられますので。ゲームですと、力を入れすぎてすぐ違反に抵触するところが難しいですわね」
「道理で痛覚五割以上カット設定にしては妙に痛いなと思ったよ!!!」
LSの感想を聞いて、視線をうろうろさせていた周囲が異常者を見る目でLSを注視した。
「妙に痛いなで済むの……?」
「ジンのヤツ、『痛いは気持ちいい』トカ言って、ジム通いする本格派だゾ」
「痛覚破壊されるんが必須なら、マゾちゃうワイは対象外でええわ……」
「偏見を作り上げるのはやめてもらっていいか。僕も痛いのは嫌いだからな!」
風説の流布!
慌てて否定するLSを誰も相手にせず、次にzenonが発した台詞について考えることになった。
「ところで、ジンさんは助けなくていいのか?」
ずぶずぶと【星剣】が身体の中に収められていく光景を指して、zenonが訊いた。
残された者の中ではトップの数字を持つ恋々恋依が代表して答えた。
「助けられるものなら助けてあげて、感謝の言葉を無限に吐かせてもよかったわね」
「手出ししたところで逆に斬られるのがオチやろな」
「自業自得」
この場にシャルノワール・アズール・スタブライトと相対してまで、ジンを助けたいと思う者はいなかった。
敵対したとて、一蹴されるに違いない実力差。
意味のない行為を進んで実行し、印象だけ悪くするのは誰も望まなかった。
「……あっ」
この公開処刑は、大きなショックが痛々しい姿を哀れに思う感情へと変わる前に終わりを迎えた。
唐突にジンの姿がかき消えたからだ。
代わりに一枚のスクリーンが遺された。
『心身に異常を感知したため、緊急
「だらしのない。私を怒らせるのなら、せめて神秘の『なんたるか』を学んでからにしてくださる?」
ジンの末路に酷評を下し、シャルノワールは【星剣】の汚れを払うと、どこかへと仕舞った。
会場中を見回して、それから問う。
「他にもチャンスが欲しい方がいらっしゃれば仰ってください。今なら、大盤振舞して差し上げますわ」
ぽつりと呟かれたコメントが結果を物語っていた。
>これで行けるヤツはマジで勇者だろ……
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