第194話 目立つタイプのスニーキング

 余裕をぶっこいた爺さんだが、パッと見では強者の雰囲気とやらは感じられない。

 生活環境が場末であることを察する見た目がゆえに、鼻から舐めて掛かられるタイプ……、一昔前のおやじ狩りとかで標的になりそうなやつだ。


 だが、こんなんでも厳しい基準をくぐり抜けて参加者の一人に潜り込んでいる。最低限の実力は持っているのは間違いない。


 爺さんは鼻くそをほじりながら訊いた。


「おぬしはアレに参加せんのか? あれじゃろ、ノルニルの戦士とやらは血の気が多すぎて、常に戦っておらんと顔が赤くなるんじゃろ?」

「そんなに血の気が多すぎる人間見たことないが」


 実は裏側で馬鹿にされてんのかな、プレイヤー。


「ここであんたと話しているだけで終盤まで残れるなら、それで十分だろ」

「カカカッ! 違いない! こーんな疲れること、最初っから全力を出すなどアホウのやることよ!」


 そう言って爺さんは大声で嘲笑った。


 対峙している風で周りをやり過ごしていたが、さすがに大声で哄笑をあげれば聞き咎められる。

 対戦が繰り広げられる中央部を取り巻いて様子を窺っていたうちの数人が、こちらに気付いた。


 僕の所属チームの一人が素早くやってきて「加勢する!」と言って爺さんに交戦を仕掛ける。

 僕も爺さんもサーヴァントを出していないから、お互いに失った直後だと勘違いしたのかな?


 交戦していない状態なので交戦連携とはならず、普通に交戦状態へとなっていた。


「ほっほ、しまったしまった。つい笑ってしもうた」

「あんたのせいで僕にも来そうじゃないか、くそ」


 爺さんに仕掛けたプレイヤーに誘われて、何人かがこちらに興味を移した。

 どちらが簡単に数を減らせそうかと言えばこちらだろう。


 なにせ路上生活してそうな爺さんと、何の変哲もない戦士向け革鎧の衣装を来た僕だ。この組み合わせにヤラれると思う人はそういない。


「次の仕掛けをさせてもらおう」


 小細工はいつも着ている立派な姫様支給のローブから着替えただけでなく、もう少し。


 手札からサーヴァントを出陣させる。一枚目以降は交戦しないと出陣権が増えないので慎重になっていたが、この場面ではまだこいつが有効だ。


「行こうか、【風妖精:シルフィンド】!」

「妖精……!? おい、こいつLSだ! 妖精狂いのLS!」

「なんだそれ!? 根も葉もないデマは止めろ! あんたは味方チームのはずだろうが!」

「あっ、やべ」


 サーヴァントを出しただけで特定されるとは。

 やはり様子見していて正解だった。でも妖精狂いはやめろ。人聞きが悪い。


 ぐるんと眼を回転させてこちらに視線を向ける怖い顔がいくつか。闘争心ではなく殺気を纏っているあたり、これはシャルノワールが好きで好きで昼しか眠れないやつらだろう。


 今にも飛びかかってきそうなほどの凶暴さを滲ませる彼らと手を取り合うつもりはない。


 血の気が売るほどあるみなさんが恐ろしいので、さっさと第二の仕掛けを発動しよう。

 などと言っても、サーヴァントの特殊能力を発動するだけだが。


 僕が出陣させたサーヴァントは世間話級【風妖精:シルフィンド】。


 無味無臭の少女らしき妖精だけれども、その姿を視覚に捉えるにはコツが要る。

 なにせ彼女は風の妖精。無色透明無彩色たる風の集合体だ。

 風のうねりが砂埃を巻き上げて、その輪郭が少女のように見える時がある、といった具合だ。


 仮に草原で出陣させていたら、草木がゆらゆらと揺れていることしか分からない可能性まである。

 なおシステムは認識しているので安心だ。


 【シルフィンド】はこの予選で重要なダメージディーラー、肉壁の役目を果たすサーヴァント……ではなく、当然ながら妖精枠、搦め手の役割を与えている。


「LS……LSさえ消しちまえば……、シャルも目を覚ますはずだ……!」

「こわっ、僕に近寄るんじゃあないぞ! 【シルフィンド】、特殊能力『紅葉風ハイウインド』を使って、全員を吹き飛ばせッ!」


 目を血走らせたシャルノワールにガチ恋勢が寝言をほざいているところに、先んじて【シルフィンド】の特殊能力を発動する。


 【シルフィンド】の輪郭を象っていた砂埃がギュッと中心に集まったかと思うと、直後、爆発的に拡散する。

 風の少女がいたところを起点に、猛烈な強風が放射状に吹き荒れた。


「この『紅葉風ハイウインド』は【シルフィンド】の立ち位置を起点に、強風を発生させてフィールド全体の配置カードを1マス押し出す特殊能力……。このごちゃづく乱戦フィールドなら、嫌がらせにもってこいだ!」


 おまけに高揚と紅葉をかけるハイセンスギャグまで搭載している。誰だ名称を決めたのは。


 どこか赤みがかった強風が、何の支えも無くフィールドに棒立ちしているオブジェクトたちに襲い掛かる。

 強風に煽られたプレイヤーとNPCたちがよろめき歩いて、ギリギリの位置で交戦の是非を見極めていたやつらが次々と戦闘に入っていく。


 それから強風に巻き上げられた砂埃で、あたり一面が真っ白なもやに包まれてしまった。荒野フィールドが味方した、ラッキーだ。


「チッ! LS、そこから動くんじゃねーぞ!?」

「お断りだな」


 小声で返答し、僕はこっそりとボロっちい灰色のローブを羽織って、その場から急いで離れる。


 本戦への進出は、ここにいる百人の中から二人。

 大会に参加中は他の会場や対戦を観戦できないようになっているが、必ず一人はやり口や手札を見られてしまうということだ。


 予選を抜けた次の試合で当てる可能性は高くないと思うけれども、手管はなるべく隠し、できれば見せる手札はすでに知られているか、知られたところで対策の取りにくいものが良い。


 以前やったエドアルド・ピッカリンとの短縮決闘で、自分が動くのはともかく相手の動きをいじる手段も欲しいな、と感じたので【シルフィンド】を入れてみたが、予想以上に役に立った。かと言ってわざわざ対策をするまでのカードじゃないのもベター。


 再三の話になるが、僕の『フェアビッツ』は直接対決にはあまり向かないデッキだ。


 一部のカードが突出して一時的に高い戦闘力を得ることはあれど、諸々の条件をクリアする必要があり、素の状態で対決能力が高いカードはほとんど存在しない。


 つまり対決が連続するような乱戦は苦手中の苦手と言っても過言ではない。

 必然、戦闘を避ける行動に終始するワケだ。


 序盤、中盤、終盤とみなさんにはデスゲームを行っていただき、最後の一人と人知れず残っていた僕とでワンツーフィニッシュが最も望ましい形となる。

 さすがにそこまで上手くいくとは思っちゃいないが。


「せめて残り数人ぐらいまでは削ってもらえるとありがたいな、っと」


 フィールドは箱庭と言うだけあり、遠方まで視界は通っていれど進める距離には限りがあった。四方に見えない壁があって、進めないようになっているのだ。


 四隅でひっそりしていようかと思ったが、すでに先客がいたのでぐるりと巡回して、舞い上がる砂埃に紛れ続けることにする。

 ちょっと煙いが、少々の我慢である。


 こんなところでフルナに死ぬほどキレられて身に付けたFPSのステルス技能が活かせるとは……下手なりに頑張った甲斐があった。人生、何が役に立つか分かったもんじゃないな。

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