第17話 君の名前は……

「ど、どうした?」

「苑田くん、わたしの自己紹介聞いてなかったでしょ」


 どきりと心臓が跳ねる。


「ずっと君、君って呼ぶし。名前覚えてないんでしょ? あーあ、わたしは朝の人だと思って苑田くんのこと覚えたのになー」


 そ、そんなことはありませんが。


「苑田は他人に興味ない振りしがちだからな!」

「おいっ!」


 否定の台詞を口にしようとした瞬間を灰島にかっさらわれた。


「意味のわからん気を回して、いつも友達できねえんだ苑田は」

「僕の勝手だろうが! 一人が好きなんだよっ」


 一人なら思う存分に本も読めるし、デッキ構築だってじっくり楽しめる。他人がそばにいたら、そいつの都合に引っ張られる。社会の不具合だ。


「そんで無駄にこーやって意地張るんだぜ。孤独が好きなのは本当だけど、他のヤツがいたらいたで楽しめる男だから、苑田の言うことは全部無視でガンガン行っていいぞ!」

「変なことを吹き込むんじゃない!」

「だって一人が好きなヤツがカードゲームにハマるか? 対戦相手がいなきゃつまんねーだろ」

「ぐっ……」


 それは確かに、そう。

 ライバルがいてこそ血沸き熱踊るテンションマックスな最狂に面白いバトルが味わえるのだ。


「ふふ、灰島くんの言う通りなのかな? しょうがないなあ……クラスメイトの名前も覚えていない苑田くんにラストチャンス!」


 じと目をやめた少女がポケットから何かを差し出した。

 それは学生証で、ガチガチに固まっているのに映りの良い写真と、少女の名前が載っている。


仲出勢なかいせ伊玖いく……なるほどな」

「何がなるほどなの?」


 ついに判明した少女の名に頷いていると、再びじとりと見られてしまう。

 いかん、欠片も覚えていなかったことがバレてしまうではないか。


「名は体を表すというが、容姿に似合った可愛い名前をしていると思っただけだ」

「そ、そっ? ありがと……」


 とっさにごまかすべく五分も鍛えた褒め言葉を口にすると、彼女は途端に目尻を柔らかくして引き下がってくれた。

 やるじゃないか……これからも『ミスターマーリンのモテ講座』は贔屓にしていこう。スピンオフの『ミセスジュリーのおもてなし講座』も熟読しなければ。


 このやり取りで目を丸くしているのは灰島だった。


「どうしちまったんだよ、苑田……。お世辞なんか言えるやつじゃなかっただろ!?」

「言ってないが? 必要のない相手に、僕の下手なお世辞聞かせても逆効果じゃないか」


 中学の先生に内申点目的でおべっかを使ったら、死ぬほど怒られたからな。下手くそだと思い知ったので、お世辞はなるべく言わないようにしている。

 事実を並べるだけで褒められる相手のなんと楽なことか。

 素直に思ったことを口にするだけという簡単仕草。僕にヨシ、相手にヨシで素晴らしい。

 そういう意味では非の打ち所がない容姿を持つ少女に礼を言うべきかな。


「……えへ」

「それで仲出勢、君の連絡先だが……」

「あっ、わたしのことは名前で呼んで? あまり苗字は好きじゃないの」

「分かった、伊玖。それでだな、連絡先をもらえるか?」

「びっくりするほど躊躇ないね……。はい、これ。わたしのホロホID」


 受け取ったIDを連絡帳のその他に登録する。僕の連絡帳カテゴリは家族とその他しかない。登録している数が少ないから。

 僕のアカウントアドレスを乗せて伊玖にメッセージを送る。


「わ、来た。ええと……LSって名前になってるけど?」

「それが僕のプレイヤーネームなんだよ。本名とは違うものを付けるもんなんだ」

「と言っても苑田の場合はほとんど本名だけどなー」


 灰島の補足に伊玖が首を傾げる。


「単なる名前の頭文字だもん。苑田ロウだからLS。安直だよな」

「うるさいな、お前の†アッシュブレイズ†よりはマシだよ」

「はー!? オレのセンスにケチつけるつもりかっ? つーか、今回はもっとカッケェ名前だから!」

「結局は長いからって誰も正式名称で呼んでなかっただろ」


 また灰島の名前が長くなるのか……。

 僕がやるとダサく見えるのに、灰島がやるとカッコよく見える気がするのが辛すぎるから本当に止めてほしい。


「ところで今日の夜……何時頃に始まるの?」

「ん、ああ……。晩飯を食ってからになるから……九時頃でいいか、灰島」

「それぐらいがちょうどいいな! オレが苑田をボコボコにするとこ見届けてくれな、伊玖ちゃん」

「ボコボコにされちゃうんだ?」


 面白がっている伊玖の質問に僕は肩を竦めた。


 ――そんなものは始まってみなきゃ分からない。


 勝負の綾を始まる前から言葉で説明するなど無粋というもの。


「そこまで熱いバトルになるかは確約できないが、善戦するとだけは言っておこう」

「なるさ」


 僕の前置きに、灰島が被せるようにして言った。


「苑田が――エルスが出てくる対戦で熱くないバトルなんか一つもない。きっと今日もアツい夜になるぜ……!」

「灰島……お前はいつもそう言うが、僕が本当に熱くなれるバトルは数少ない。今日のお前の出来に期待しようじゃないか」

「言ったな、泡を吹かせてやるぜ」


 僕と灰島の間に再び冷たく火花が散る。この火花が発火し、ごうごうと燃え盛るほど成長するのかは……あとわずか後のお楽しみだ。


 バチバチと殺気をぶつけ合う僕ら二人の姿に、伊玖はほぅ……と息を漏らした。


「夜のこと楽しみにしてるね、ロウくん、灰島くん」

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