第130話 木漏れ日の差す街を行く

 窓際の席はなんだか落ち着かない。


「こんなとこに入るの初めてだよ」


 僕は満輝に連れられて、駅前にあるカフェにやってきていた。ちなみにリッカは寝間着のまま、玄関で見送ってくれた。あれは三度寝するな。


 コーヒーだけで五百円近くする価格設定に恐れ入りながら注文をした。ファミレスのドリンクバーなら飲み放題なのにな、と頭の端を過ぎったが口には出さない。


 お洒落でシックな雰囲気の中で自分が浮いているんじゃないかと気になってしかたがない。


「私も集中して本を読みたい時とか、落ち着きたい時ぐらいにしか来ないわ。男の子と二人でカフェに来てみたかったのよね」


 満輝がほんのり微笑みながら、くるりと周囲を見渡す。

 ゴールデンウィークだというのに仕事をしている人や、テキストを開いている人、ホロホをいじっていたり、会話に花を咲かせる集団がいたり。まだ午前中なのに、カフェは随分と盛況な様子だった。


 向かいに座る満輝はカフェの雰囲気にとても似合っている。

 掛けているオーバルメガネと相まって理知的で端正な相貌、落ち着いたお下げ髪。爽やかな青みがかったブラウスにサマーニットカーディガンで、本を持っていたならまさしく文学少女といった出で立ちだ。


 私服はノル箱のように和装かと思っていたが、洋服も死角なし。

 本の代わりにコーヒーカップを持っても写真映えするであろう姿だった。


 対して、僕はと言えば、なんか知らない内に用意されていたポロシャツとチノパンを着ている。

 似合っているのかどうかは知らないが、僕が元々着ていた服はいつの間にか洗濯されてしまっていたので他に選択肢はなかった。出された服に文句を言うほど知見があるわけでもないのでヨシ。着心地は異常に良い。


 ソワソワしている内に、店員さんがオーダーを持ってきてくれる。


 サンドイッチとコーヒーのモーニングセット。

 お得なセットらしいが、日頃ファストフードとコンビニで生きている人間からするとお高めなセットだ。

 味は果たして。


「いただきます」


 黒ぐろと澄んだコーヒーを口に含む。


「これが……コーヒー!?」


 いつも飲んでるやつとなんか違うぞ!

 具体的には……どう表現したらいいのか難しいが、なんかこう、キリッとスキッとしている気がする!


「ここのチェーンは酸味が強いのよ。日頃インスタントが多いから、たまに飲むと新鮮でいいわよ」

「なんか飲みやすい……のか? 苦いのがコーヒーだと思ってたから不思議な味だな」


 サンドイッチは美味しいけど普通のたまごサンドだった。


「ところで、今日の予定は? カフェに来て終わりじゃないんだよな?」

「もちろん。でも、もうちょっと待って」

「いいけど、何かあるのか」

「ううん」


 満輝は肘をついて、手のひらに顎を乗せる。窓から差した陽光の向こうで、表情を崩して笑った。


「もう少し、この時間を楽しみたいだけ」


 その返答に僕は首を捻った。

 カフェに飲食以外で楽しむ要素があるのかは不明だが――彼女が楽しいのなら良かろう。

 満輝が満足するまで、滞在することにしよう。


 幸い、ここには美味しいコーヒーがある。

 加えて、見ているだけで幸せ度数の上がる美麗な女性が対面に座っているのだから、僕も飽きることはないだろう。






 ホテルに泊まる、などと言っていたからどんな遠出をするのかと思いきや、カフェを出て僕らが次に向かった場所は美術館だった。


「美術館なんて、社会科見学とかでしか来たことないな」

「結構面白い展示もやることあるけれど、美術館に興味がないとそうなるわね」

「ってことは、満輝はよく来るのか?」


 チケットを購入しながら尋ねると、


「そんなには。年に二回くらいかしら。長期休みの特設展示は面白いけれど、すごい並ぶから逆に行かないのよね……」

「全く行かない僕と比べたら十分多い方だな」

「あら、今日で一回だから、私の半分は来たことになるじゃない」

「その分だけ君の回数も増えてるんじゃないか?」

「まだ今年は来てなかったから、同じ数よ。次も付き合ってくれたら、私の記録に並ぶわね」

「考えておくよ」


 さすがに興味のない美術館を付き合うのは辛いものがある。

 面白いのなら話は別だが、過去の社会科見学では申し訳ないことに面白さが分からなかった。僕でも描けそうな絵のどこに価値があるのかも分からなかったが、専門家が観ると色々と違うものがあるようだ。


「今日のはどういう展示なんだ。あまり高尚なものだと苦手だよ、僕は」


 購入したチケットには誰かしらの名前が記載されている。

 『synthesis』と銘打たれた展示名の近くにあるから、おそらくは制作者の方だろう。


「現代美術だから、感性は似てるのではないかしら」

「へえ。現代美術ってどのあたりに注目して観たらいいのかな」

「さあ?」


 僕は登っている階段を踏み外しかけた。

 誘った本人が「さあ?」ってどういうことなんだ!?


 満輝は苦笑して、パンフレットをぱたぱたと振った。


「色々な評価点はあるだろうけど、美術の勉強をしているわけでもないのよ。私にそんなの分かるわけないじゃない」

「ええ……、それじゃあ何を気にしたらいいわけ?」

「そんなに小難しいことを考える必要はなくて……ひと目見て、良かったら『イイ!』でいいのよ。有識者と違って、私たちは『イイ』物が観れたら満足でしょう? 感激して勉強するのはいいことだと思うけど、今日のところは気楽にいきましょ!」

「それでいいなら、僕にもなんとかなるか……」


 カードテキストの表側、プレイヤーの裏の裏を読み取る訓練ばかりしているが、パッと見で可愛いものを「かわいい」と言える感性はかろうじて残っている。

 その精神でいいのなら、なんとか僕にも楽しめるかもしれない。


 僕らは意気揚々と展示会場へと足を進めた。

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