第182話 きらびやかな背景がよく似合う
電車に乗って都心にやってくると、ちょうどいい時間になっていた。
おなかの減り具合を確認してくる伊玖には大丈夫だと返して、そのまま当初の目的地へ向かうことになった。小腹は方便だったので、食べられはするが急を要するということはない。
伊玖に腕を引かれ、歩くことしばし。
辿り着いたのは都内でも有名な水族館だった。
「そういえば水族館って来たことないな。伊玖は?」
「わたしは小学校の時に遠足で行ったことがあるぐらいかなー」
「ああ……僕は確か動物園だった気がする」
記憶にあまり残っていないが、パンダがゴロゴロして全然動かなかったのを眺めていたのだけ覚えている。その日も死ぬほど暑かったので、部屋でゴロゴロできるパンダが羨ましくて……。
土曜日であるからか、早速チケット売り場周辺には人が多い。
並びの最後尾に頭を並べるべくそちらに進もうとした僕を伊玖がストップした。
「ロウくん、ちゃーんと事前予約チケットを買ってあるから並ばなくても平気だよ! ……たぶん」
「たぶんなのか」
「初めて来るから……。並ばなくていいはずなんだけど」
「それじゃ、スタッフの人に聞いてみるか」
入口近くに待機しているスタッフの人に聞いたら、そこでチェックして入れるとのことだったので、待ち時間なく入れた。開場から少し経っていたのも良かったんだろう。
水族館の中は、水中をよく魅せるためにか薄暗い。
ゲームの世界……バーチャルな空間では珍しくもない水中の光景ではあるが、実際に眼球を通して観るとまた違った感動があった。
微細な感動の違い、触れる感覚の違い。どこがどう、と具体的に表現するのは難しいが、なんか良かった。
「あのおさかなの群れなんだろ? きらきらして綺麗」
「イワシみたいだな」
ホロホを起動して、オーバーレイで表示される解説を読む。大型水槽の中にいる生き物全ての解説も一緒に出てくるが、あまりオーバーレイ解説ばかり読んでも無粋な気がするので、知りたい情報だけ入手したら解説を切った。
「あっ」
伊玖が声を上げて指差す先に視線を向けると、イワシの群れのお尻が寄ってきた別の大きな魚にパクリと食べられてしまっていた。
「こういう大きい水槽にたくさんのおさかなを共存させて大丈夫なのかな、って思ってたけどやっぱり食べられちゃうんだ」
「お腹が空いてたんだろうな……。まあ、食べられてもいいように比較的補充のしやすいイワシとかを入れてあるんじゃないか?」
「非常食ってこと?」
「悪い言い方をすれば。貴重な他の魚を食べられるよりは、イワシみたいに数を用意できる魚を食べてもらった方が楽なんだろう。エサはあげてるはずだけど、魚のコントロールなんてできないもんな」
「イワシも綺麗なのに……」
「そうだな……」
水槽の中を照らすライトを跳ねるイワシは天然のミラーボールみたいだった。……と言うとアッシュを思い出してしまうので止めておこう。悪趣味なマントを翻す男を頭の中から追い払う。
と、イワシの群れがぐねりとうねった。
「……伊玖、ちょっとここに立ってて」
「えっ?」
伊玖を水槽の前に置いて、少し距離を取る。
両手の親指と人差し指で縦長のフレームを形どると、自動でホロホのカメラ機能が立ち上がった。
そこに、回遊経路を変えたイワシの群れがちょうど伊玖の前を横切った。
連写でその一瞬をデジタルに切り採る。
「いいね、綺麗だ」
薄暗い水色、銀色につぶつぶと光る水槽を背に、華やかな桜が咲いている。
素人が撮っても見栄えするのは、やはり素材が激烈に高質だからに違いない。
出来の良さに満足して戻ってきた僕に対し、伊玖は頬を膨らませた。
「ロウくんだけズルい!」
「なにが?」
「わたしもロウくんの写真撮りたいよ!」
その主張に僕は頭を掻いた。
「伊玖は可愛くて綺麗だから絵になるけど、僕の写真なんか撮っても仕方無くない?」
「仕方無くないよ! か……、可愛くて綺麗な彼女のお願い!」
耳を真っ赤にして言う伊玖。恥ずかしいなら言わなくても。
お願いされたらよっぽどのことでなければ断る気はない。写真映りの悪い僕で良ければ好きなだけどうぞ。
そう応えると、伊玖はそれから行く先々で僕の写真を撮り始めた。
ツーショットなら僕も頑張って映りを良くしようと頑張れるんだが、頭上を泳ぐラッコとのツーショットってどうすればええねん。すごい背伸びしている変な格好を撮られた。
お返しで僕も、伊玖が深海魚とお見合いして変顔しているところを撮ったが、変顔してても可愛い方がズルだろ。
出口に着く頃には水族館を満喫しすぎて、どこにいたのかも不明な謎の深海生物キーホルダーをお揃いでカバンに付けていた。
水族館を出てから改めて見ると、なぜこんなのを買ってしまったのか。もっとこうペンギンとかあったのに。
時間はお昼時。
ちょうどいいからと、近くにあったファミレスに滑り込む。
腰を下ろすと歩きっぱなしで思ったより疲れていることに気付く。
僕はデミグラスハンバーグプレートを、伊玖はアサリのボンゴレを頼んでいた。海鮮を選んだのは水族館の影響か。僕は朝からハンバーガーとか言っていたらハンバーグの口になってしまったので。イワシ料理があったら危なかった。
料理が来るまでに、僕らは撮った写真の中からコレというのを選んで交換し始めた。
何しろ一回のシャッターチャンスで連写しているから、山ほどの写真が残っている。一枚一枚を見比べながら、良い感じの写真を探す作業だが、たまに予想もしない味のある表情が映っていて楽しい。
「それにしても……どの写真を見ても伊玖は映りがいいな」
「白目になってる写真を見ながら言わないでっ! それは削除してね!?」
「もったいな……」
「消してね!?」
再三の要請に、せっかく撮れた奇跡の一枚を僕は削除した。残念だ。
そこで湯気の立つ料理がやってきたので、写真の見分け作業を中断してお腹を満たす食育作業へと移行する。
食べながら水族館の感想を述べる。
「個人的にはやっぱりイワシの水槽が良かったな」
「わたしも! 大きな水槽で色々なおさかなが泳いでるのはすごかったね!」
「それもそうだけど、あそこで撮った伊玖の写真が一番良かった気がするからさ」
僕がそう言うと、伊玖は頬を染めて、くるくると巻いたパスタを口に入れた。
伊玖はパスタをごくんと飲み込んで、それから、意を決したように言葉を発する。
「ね、ねえ。ロウくん」
「ん?」
桜色の髪先をもてあそび、少し俯きがちに問う。
「……今日のわたし、どう?」
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