第216話 フルナの思惑
選択したそのカードを直ちに使用するフルナ。
てのひらに鈍色の光から生まれ出づるのは、小さな風の渦。
それは瞬く度に径を増し、砂を巻いて暴れ始めた。
「
「飛行しているサーヴァントはともかく、大型の、か。……割とニッチな条件だな」
大型のサーヴァントはその名の通り、巨体を持つのが常であり、重量の関係でか地に足をつけているサーヴァントが多い。
宙に身を置けるのは、それこそ飛行に特化しているか、種族的な神秘の能力で不思議に浮いているか、いずれかの要素を含むことが必須だ。
レアリティはともかく、カードとしての絶対数が少ないのは確かな組み合わせである。
敵陣、フルナのフィールドにはそれを満たすカードが存在する。
「神秘力に変換せず残していた【ブレイズコンドル】……単なるダメージディーラーかと思いきや、
互いに言及せずにいた【ブレイズコンドル】の残存が、ここに来てフルナを味方する。
フィールド平面における視野からは捉えづらい、空の高みにいる巨鳥。
まとめてサーヴァントを神秘力変換したように演出を見せ、一枚だけ残しておく小細工だ。
何らかの役割を持つのは明確だったが、僕は指摘せずにいた。フルナが目的を果たす直前に処分してしまえば、手順を壊す一手になると思い泳がせていたのだ。
まさか
「神秘力を200消費して、選択した対象の1マスに1ターンだけ砂嵐を巻き起こすの。そのマスにいたサーヴァントの消費行動力は倍になる! 始まりはただの渦でも【ブレイズコンドル】が羽撃けば、簡単には乗りこなせない旋風になるわ!」
「便利な妨害だな! もちろん、僕に向かって撃つよな?」
「つまらない冗談はよしてよ。私が選択するマスは当然、【
フルナが腕を鋭く振るうと、ちょっとした家なら飲み込みそうなほどに成長した砂嵐が、滑るように【キラーラビット】を襲う!
打撃力すら持ち始めた砂に打ち付けられて、黒いうさぎは砂塵の向こうへと消えてしまった。
これでは軽快なムーブを望むべくもない。
「他に何かあるかしら?」
「うんにゃ。大人しく7点で我慢しておく」
「賢明な判断ね」
砂まみれになった【キラーラビット】が渦から飛び出して、四連撃をフルナに加える。
「ゔっ……!」
腹パンされたフルナが重いうめき声を発し、くずおれる。残りのプシュケーが7点に減少した。
追撃は、できない。
あえて引いたように言ったが、現状ではこれ以上の攻撃回数増は不可だ。
解けていく砂嵐のマスへとくるくると後ろ飛びで戻っていく【キラーラビット】に内心で礼を言う。捨て駒として使ったつもりだったのだが、十分以上の役割を果たした。
「……はぁ……っ! エルス、あなたのターンはこれで終わりかしら……?」
痛みを感じていないはずのフルナだが、まるで傷んでいるかのようにおなかを抱えたままよろよろと立ち上がる。
「いや、もう一手打たせてもらおう」
手札からサーヴァントを抜き取ると、自陣中央前列に新たなしもべを出陣させた。
「いやがらせならお手の物……
チープな出陣光から現れたのはゴブリンの色違いみたいなサーヴァントだった。
紫色の肌を持つ小柄な【グレムリン】は困り眉をさらに下げて、陰鬱さを隠そうともせず、とぼとぼとマスの中をうろつきだす。ここだけ空気に重力が掛けられたようだ。
「僕の手番はここで終わりだ。さあ、フルナ。ようやく君の切り札が見られる、そう思っていいのかな?」
勝利のためには相手にキーカードを触らせないことが重要。
だけれども純粋にカードゲームを好む者として、相手が使用する戦術の核、未知のレアカードは見てみたくて仕方がない。
僕はきっちりと可能な限りの手段を用いて勝利へ向かって歩いたが、フルナはそれをしのいでみせた。春から考えたら圧倒的な成長と言えよう。
ここまで溜め込んだ手札が宝の持ち腐れではないことをフルナは証明すべきだ。
一体何が飛び出してくるのか、好奇心がうずいてワクワクが口から飛び出しそうだった。
「私の手番、ドロー」
フルナのターンは静かに始まった。
嵐の前の静けさであることは、お互いに理解している。
彼女は手札と、フィールドを幾度か見比べた後に、小さく溜め息を吐いた。
「ままならないわ……」
「おいおい、このまま決着、だなんてつまらない終わり方は止めてくれよ?」
「私は言ったわよね――あなたに勝つためには危機感を覚えさせず、フェイタルドローをさせないことが重要だと」
僕の軽口には付き合わず、フルナは繋がらない言葉を投げかけてきた。
「ああ、確かにそんなことを言っていたな。未だに意図の掴めない戦術と相まって、そんなオカルトを中心に据えた戦略を用いるなんてどうかしていると思っているよ」
「データで示されているのだからいい加減に認めてもいいと思うのだけれど、まあいいわ。焦点はそこではなく、私の台詞には欺罔を含んでいたということだから」
「欺罔……?」
相手に虚偽を信じさせること。
一体、何が欺罔だったというのか。
フルナは薄く笑った。
「危機感を覚えさせないなんてワンターンキルでもしない限りは難しいでしょうし、ドローの機会が一度でもあればあなたは危機を鋭敏に嗅ぎ分けて特別なドローをする」
「そう都合よく引けるものでもないぞ。否定したところでもはや意味はないんだろうが……」
もちろん引いてくる気持ち、念は込めているが、あくまでもオカルトだと伝えておく。
いずれは自由自在にカードを引き分けられる存在になれるものならなりたいが、今はまだそれを名乗るには人類史的にも早すぎる。
ところがどっこい、フルナは僕が自在にここぞというタイミングでキーカードを引いてくると信じてやまない。
彼女は「ええ、そうね」と応え、
「あなたは引いてくるものだと仮定した方が対策は練りやすいもの。私の至ったフェイタルドローの対策はたった一つ」
「そもそも引かせない、というのが対策……だったと聞いたが」
「現行のカードとルールじゃそんなの無理よ。実質ワンターンキルなら実現可能だけれども、プシュケー20点を実際に1ターンで削られない限りはあなた、諦めないでしょう」
ワンターンキルと呼ばれる速攻の幕切れは確かに存在する。
プレイヤーの四方を囲むことで取り得る手段を奪い降参へと追い込む。
それをヴェルザンディフェイズに入った直後に行うことであり、その際求められるのはプレイヤーカードよりも強いサーヴァントで囲むことだけ。実際にプシュケーを削りきってはいない。囲んで相手の心を折り、敗北を認めさせることで勝利を得るからくりだ。
プシュケーを全損するまで諦めないことは、当然可能である。
「その与えた手番一つで逆転されかねない。そんな危険を私は冒すつもりはなかったわ」
「なかった……。今はつもりがある?」
「冒さざるを得なくなったのは、あなたのせいよ。せめてあと1ターンはのんびりしていて欲しかったのに」
「悪いね、僕はどちらかと言えば、せっかちなんだ」
手を打っておいて良かった。僕は気付かれぬよう、細く安堵の息を吐いた。
フルナがそう言うのならば、あと1ターン手が遅れていたら間違いなく致命的な事態に陥っていたのだろう。
しかし、あと1ターンで何が完成する予定だったのか。
和装のフルナは長い袖をはためかせて、手札の左から順に指を当ててゆき、そして半ばにある一枚のカードを選ぶ。
「エルス――私の答えはこれよッ!」
フルナの行使したカードは、
虹色の粘体がカードからびゅるびゅると飛び出したかと思いきや、フルナの全身を覆う。
大きな卵のようになった粘体の中でフルナは眠っているかのように瞼を閉じていた。
「これは……?」
わずかな間。
それは何も起こっていないワケではなく――卵から伸びた粘体が僕の足元に忍び寄り、次の瞬間には僕をも食べようと伸び上がってきていた。
「さす、がに……気持ち悪いな!?」
とっさにバックステップを踏むと、粘体は何もない空間を食べてべちゃりと落下した。
光の加減ではなく七色を持つ粘体が蠢く様子は生理的嫌悪をもたらす。色が混ざり、濃すぎて、淀んでいるように見えたからだ。
避けたところでこのゲームにおけるカードのテキストは絶対。
再度、背後から覆いかぶさってきた粘体にあえなく僕は吞み込まれた。
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